2024年5月15日、スロヴァキアのロベルト・フィツォ首相が銃撃されるという衝撃的なニュースが飛び込んできた。一時は生死の境を彷徨ったフィツォ首相であるが、現在は自宅療養に移り、順調にいけば7月上旬から徐々に職務に復帰する予定である。事件については警察の捜査が続いている段階であるが、現場で逮捕された男は、現政権が進めている政策(汚職事件等を担当していた特別検察局の廃止、メディアの統制)や、ウクライナへの軍事支援の停止に不満を抱いていたと報じられている。中道左派政党「方向-社会民主主義(Smer-SD)」を率いるフィツォ氏は、2023年9月末に行われた総選挙で勝利し、首相の座に返り咲いた。フィツォ氏はこれまでに、2006~2010年、2012~2018年にも首相を務めている。
国内向けとEU向けで使い分けるレトリック
時計の針を2年前に戻すと、スロヴァキアはヨーロッパの中で最も積極的にウクライナ支援を行う国の一つであった。当時のエドゥアルド・ヘゲル政権は、世界で最初に防空ミサイル(S300)や戦闘機(ミグ29)をウクライナに引き渡し、自国に配備する予定であった最新型の国産自走式榴弾砲ズザナ2をウクライナに優先的に売却した。一方で、フィツォ氏は、野党時代から、ウクライナへの武器供与は戦争を長引かせるだけであると批判し、ウクライナ支援よりもスロヴァキア国民の生活支援を優先すべきだと主張していた。そして、首相に復帰してすぐに、前政権が策定していたウクライナへの砲弾供与計画を承認しないことを決定した。
スロヴァキアとは対照的に、かつて一緒に連邦国家を形成していたチェコは、積極的にウクライナへの軍事支援を主導している。今年2月、チェコは、有志国から資金提供を募り、世界各国から80万発の砲弾を集めて、ウクライナに供与するプロジェクトを立ち上げた。スロヴァキア政府は、チェコのプロジェクトに参加しておらず、ウクライナ支援を巡る両国の意見の相違が顕在化している(ただし、スロヴァキアのNGOが、砲弾供与のための資金集めを独自に実施した)。両国政府の関係は、今年3月にトルコで行われたアンタルヤ外交フォーラムで、スロヴァキアのユライ・ブラナール外相がロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と会談を行ったことにより、決定的に悪化した。チェコのペトル・フィアラ政権は、外交政策に関する見解の違いを理由に、毎年定期的に行われていたスロヴァキアとの政府間閣議を中止すると発表した。
一見すると正反対に思われる両国の対ウクライナ政策であるが、フィツォ首相が国内向けと国外向けでレトリックを使い分けていることには留意する必要があるだろう。国内での記者会見の際には、軍事支援を批判する言動の他にも、戦争終結のためにはウクライナがロシアに領土を割譲する必要があると述べ、ウクライナの領土の一体性を否定するような発言を行った。一方で、今年4月に、スロヴァキア東部のミハロウツェでウクライナのデニス・シュミハリ首相と会談を行った際には、ウクライナ支援のためのロードマップ(成果文書)に署名し、同国の領土保全やEU(欧州連合)への早期加盟に対する支持を改めて表明した。同文書では、地雷撤去活動を含む人道支援や、商業ベースでの軍事支援の継続についても言及されている。
フィツォ首相のウクライナについての相反する発言をどのように捉えるべきだろうか。誤解を恐れずに言えば、国内での有権者向けの発言と、EU向けの発言を使い分けているのだろう。フィツォ氏は、ウクライナ支援に反対してスロヴァキア国民の生活を優先する姿勢を示すことで、支持率を伸ばしてきた。一方で、スロヴァキアは、経済面でEU加盟による恩恵を受けており、フィツォ政権の外交政策もEUとの協調路線を基本方針としている。
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