どんぶらこ、海を渡る――外国の画家が「桃太郎」を描いてみたら|第2部・インドネシア「バトゥアン絵画」&イラン「ミニアチュール」

執筆者:徳永勇樹 2023年12月13日
エリア: アジア 中東
インドネシア(右)とイラン(左)それぞれの伝統絵画で表現された鬼との決戦シーン(C)I Made GRIYAWAN/Amir Hosein Aghamiri
日本人なら誰もが知っている桃太郎を、物語についての背景知識を持たない海外の画家が描くとどんな絵が生まれるのだろうか――? 筆者がふと思いついた疑問に自ら答えるため始めたMomotaro Project。インドネシアとイランの伝統絵画の画家たちは、見知らぬ日本のヒーローに四苦八苦しながら、それぞれの特徴を生かした新たな世界を描き出した。

 まず、インドネシアのバリ島の伝統絵画「バトゥアン絵画」をご紹介したい。バリ島は、2022年にG20サミットが開催されたことで世界的に注目を集めたが、日本人にとってはそれ以前からリゾート地として有名である。インドネシアは人口の9割近くをイスラム教徒が占める国だが、バリ島だけはヒンドゥー教徒が9割を占める。歴史を辿れば、4~5世紀にヒンドゥー教や仏教がバリ島に伝来し、その後、それらが土着の宗教と融合することで、インドとはまた違ったヒンドゥー教文化が花開いた。

 島の伝統的な絵画の一つであるバトゥアン絵画は、中部のバトゥアン村で描かれる。黒と白を基調に、岩絵具の色彩が加えられて、全体的に奥ゆかしい印象を与えるのが特徴だ。

 最古の記録は1022 年の勅令にまで遡り、芸術家たちは地元ギャニャール王国の宮廷に献上する絵画を作っていた。その後も形を変えながら伝承されていたバトゥアン絵画は、1930年代に当時の宗主国オランダ文化の影響を受けて、さらに独自のスタイルに進化を遂げた。

 今回プロジェクトに参画頂いたのは、そんなバトゥアン絵画の画家イ・マデ・グリヤワンさんだ。同氏は自ら描くだけでなく、自宅をバトゥアン絵画の学校として後進を育成するなど、伝統文化の保存に強い思いを持っている。このプロジェクトを説明したところ、真っ先に関心を寄せて下さり、参画を即諾して下さった。

きびだんごはどんな味?

 マデさんは、翻訳された桃太郎を読んでみて、すぐにインスピレーションが湧いたという。出来上がった絵は全部で7枚。1枚目はおじいさんが山へ柴刈りに、おばあさんが川に洗濯に向かうシーンである。背景に見えるのは、すべて自然の素材を使った小屋で、桃太郎の物語が過去の話であることを踏まえ、マデさんが想像して描いたという。また、マデさんは桃の木を見たことがなかったため、やはり想像で描いたそうだ。ピンク色の花は独特な形をしており、葉先もピンク色なのが特徴的だ。

 2枚目はおばあさんが川で桃を拾うシーン。マデさんによれば、水紋の表現を特に工夫したという。このスタイルは、やはり画家だった父のワヤン・タウェンさんから受け継いだものだそう。バリ島で豊饒の象徴として神聖な動物とされるカエルや鳥、蝶、咲き誇る花といった動植物に、桃を出迎えさせた、という。

 3枚目は桃を割るシーンだ。驚きに満ちたおじいさんおばあさんの表情もさることながら、生まれた桃太郎もまた幼姿ながら力強さがにじみ出ている。

 4枚目で成長した桃太郎の姿が出てきた。この時点で日本の桃太郎とは容姿が大きく異なることにお気づきであろう。髪の毛が結ばれているが、これは、マデさんの想像する桃太郎が、目標に対する強い集中力を備えた存在であり、それを表現するために髪を結んだそうだ。

 また、きびだんごもこんがり茶色で美味しそうである。実は、きびだんごとはどんな食べ物か、という部分で躓いてしまったそうで、筆者に何度か「ここはどう解釈したらいいか」という質問が届いたのだが、そこはマデさんの自主性に任せたいと思い、敢えて明確な説明を避けた。マデさんはきびだんごを、「愛情をこめて犬、猿、鳥を制御する武器」と解釈したそうだ。余談ながら、マデさんの想像するきびだんごの味は、甘み、辛味、塩辛さ、酸味などあらゆる味の組み合わせ、だという。

出発する桃太郎を見送るおじいさんとおばあさん。よくみると近くにカエルが描かれている(C)I Made GRIYAWAN

 5枚目は、いよいよ旅のお供である猿、犬、キジが登場するシーンだ。ここでもマデさんは困ってしまう。それはキジの扱いだ。キジは日本の固有種で、国鳥にも指定されている。ユーラシア大陸にはよく似たコウライキジが生息しているものの、バリ島にはいない。Google検索禁止の約束を守っているマデさんにはキジがどんな鳥かわからない。代案として「バリ島にいる鳥でお願いします」と伝えたが、マデさんの中でしっくりとくる鳥が思いつかなかったので、結局自分の想像上の鳥を描いたそうだ。南国らしい愛らしい鳥が出来上がったのを見て、私も温かい気持ちがした。

 なお、犬が首輪をしているため、冗談で「誰かの飼い犬が参戦してくれたんですか?笑」と聞いたところ、マデさんも笑いながら「犬の首輪は支配の象徴なので、従順な部下としての犬を描きました」と回答してくれた。桃太郎を何度も読み込んで、それぞれの役どころをしっかり想像して絵を描いて下さったのがよく分かった。

 そして、いよいよ一番の見せ場である6枚目、鬼との闘いのシーンだが、私はこの絵を見て、本当に心が揺さぶられる思いがした。筆者は、今回のMomotaro Projectを始めるにあたって、「オニ」という概念をどう世界各国のアーティストたちが捉えるかに強い関心を寄せていた。一神教の宗教を信じる国々では、善悪を明確に分ける話が多く残されているが、日本の昔話での鬼は、大きな角をはやして人々を困らせる悪の象徴とされながらも、『こぶとり爺さん』に登場する鬼のように中立的な存在になることもある。こうした文化的な違いを含め、各国の画家がどう描き切るかが見ものである。

 マデさんはこの部分を非常に美しい絵で描き切った。中心に大きな鬼が描かれ、周囲に小さな鬼が浮遊している。それぞれを、猿、犬、鳥が攻撃している。桃太郎は岩を持ち上げ果敢に攻撃している。鬼ヶ島がジャングルの中にあるのも特徴的だ。

プロジェクトに参加してくれたバリ島の画家マデさん(Momotaro ProjectのHPより)

 最後の7枚目は鬼から手に入れた宝物を持ち帰る桃太郎を、おじいさんとおばあさんが出迎えるシーンだ。略奪された村に返す宝物だが、中には、知恵を意味するお金、そして、愛を意味する宝石がたくさん入っているそうだ。なお、左側中央に物語全体を目撃する神を象徴するフクロウが描かれている。

 製作を担当したマデさんは、「バトゥアン絵画の重要な要素は、知恵、倫理観、そして愛です。今回、何度も桃太郎の物語を読み込み、一番重要なモチーフは愛だと感じた。愛情に溢れるおじいさんとおばあさんのところに流れ着いた桃太郎は、愛情の象徴であるだんご(きびだんご)を持って、悪い鬼達に戦いを挑む。その一連の過程が、バトゥアン絵画のモチーフに重なりました。総じて非常に面白い取り組みだったので、ぜひまた同様のプロジェクトに参加したいです」と語ってくれた。

馬車に乗って疾走する桃太郎

 続いてご紹介するのは、イランのミニアチュールだ。イランは日本から地理的には遠く離れているが、古くから交流のある国の一つである。『続日本紀』には736年に「波斯」(ペルシャ人)が来日した記録がある。また、正倉院に遺される琵琶やガラス類などにもその足跡が残っている。現代のイランという国に馴染みがなくとも、ペルシャという地名にはペルシャ絨毯などで耳覚えがあるだろう。

 ミニアチュールは、細密画を意味するペルシャの伝統絵画で、2020年にユネスコの無形文化遺産に登録されている。その起源については諸説あるが、ペルシャのミニアチュールは13 世紀のモンゴルの進出によって中国絵画の影響を受けながら独自に発展、トルコやインド亜大陸等、他のイスラムの細密画に支配的な影響を与えたとされる。

 今回は、テヘラン大学で言語学・日本文化を教えるアヤット・ホセイニ先生の紹介で、ペルシャ帝国時代の歴代の皇帝(シャー)のためにイスラム教の宗教画を描く家系であるアガミリ家のアミール・ホセイン・アガミリさんに絵を描いていただいた。アガミリさんもバリ島のマデさんと同様、文化の保全に強い関心を持っており、自身のアトリエで数多くの生徒を教えている。

 1枚目のおじいさんが山へ柴刈りに行くシーンでは、背後の山間を見ると、岩肌がむき出しになっており、日本の山とはまた違った趣がある。また、おじいさんが背負う薪も、山全体を丸裸にしたかのような量である。おじいさんが着る服装もまた、中東らしさが出る、エキゾチックなものだ。

 2枚目はおばあさんが川で桃を拾うシーンである。マデさんと同様、アガミリさんもまた水紋に工夫を施したという。桃が流れる姿を描くか迷ったそうだが、最終的に、おばあさんが拾い上げる姿になった。イスラム教徒だからであろう、おばあさんがスカーフを着けているところにもお国柄が出ている。

 3枚目の桃を割るシーンでは、日本の昔話でお馴染みの大きな包丁は出てこず、アケビのように皮をめくりながら桃太郎を取り出しているのが特徴的だ。後ろの暖炉に赤々とした炎が見えることから、季節は晩秋から初春くらいまでであろう。他にも、背景の壁の装飾、床のペルシャ絨毯が鮮やかである。なお、2枚目でスカーフを付けていたおばあさんも、家の中ではスカーフを外しているのが面白い。

 4枚目は桃太郎が成長した姿が描かれている。鬼退治に向けておばあさんがきびだんごを渡す姿だが、アガミリさんからは「きびだんごの中には何が入っているんだ」と質問があった。「岡山駅や天満屋で売っているのは、きなこ味や抹茶味だけれど」とも言えない。動物たちが命を懸ける戦いの対価として欲しがったきびだんごは何味なのか、筆者にもわからず、アガミリさんにお任せします、と伝えた。絵の完成後に「結局きびだんごはどんな味だと思いますか?」と質問したところ、アガミリさんは「イランには、シャーブレンという牛乳、砂糖、米から作るお菓子がある。これを参考にして、きびだんごは甘くて米の味がする、と想像した」と教えてくれた。

アガミリさんの描くきびだんごは甘い味がするそうだ(C)Amir Hosein Aghamiri

 5枚目は、猿、犬、キジとの出会いだ。アガミリさんはキジという鳥を知っていたようで、素直にキジを描いてこられた。個人的に面白かったのが、キジがきびだんごを食べている姿を描いている点だ。これまで様々な桃太郎の絵本を読んできたが、筆者が記憶している限り、猿も犬もキジもきびだんごをねだっても、それを食べて美味しいと言っているシーンの絵は見たことがない。

 6枚目は舟を漕ぐ姿である。後述の展覧会には「どんぶらこ、海を渡る」というキャッチコピーをつけたのだが、それにふさわしい素晴らしい絵が出来上がった(“どんぶらこ”はもともと桃が流れる時の擬声語ではあるが)。展覧会のポスターでもこの絵を使用した。船には独特な模様があしらわれており、水面に映る夕焼けも美しく描かれている。

 7枚目は鬼との闘いのシーンだが、マデさんの絵に負けず劣らず、非常に生き生きと描かれている。ここで驚いたのは、絵の中の「鬼」が日本の鬼に酷似していることだった。気になって先生に聞いてみると、日本の鬼は全く参考にはせず、普段描いているイスラム教の宗教画の悪の象徴を描いたという。鬼の根城は煉瓦造りで、やはり日本で想像される鬼ヶ島とは異なる印象を受ける。

 そして、最後の8枚目では、宝物を積んだ馬車に乗った桃太郎が鞭を片手に疾走している。移動手段に馬車を利用しているのがイランならではである。積荷の宝物も冒険ゲームに登場しそうな宝箱である。あまり目立たないが、馬の背景に描かれる風が、和柄の雲に似ていることにも筆者は大いに驚いた。

伝統的な絵画技法を受け継ぐイランのアガミリさん(Momotaro ProjectのHPより)

 アガミリさんは、「イランには桃太郎と同じ筋書きの物語はありませんが、正義と悪との戦いをテーマにした物語は数多くあります。桃太郎の物語には、正義が悪と戦う、という非常に明確かつ重要なメッセージがあると考えており、物語の展開には共感することも多かったです。中でも、正義の存在である桃太郎と、悪の存在である『オニ』が戦う場面である7枚目の絵の描き方が非常に難しかったです」と語った。

 ここでは各2枚を除いて文章のみでの紹介となってしまったが、もしすべての絵をご覧になりたいという方は、京都文化博物館で開催中の展覧会『世界の桃太郎展~どんぶらこ、海を渡る~』にぜひ足をお運びください。次回は、アフリカの伝統技法で生まれ変わった桃太郎を紹介する。

カテゴリ: カルチャー
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
徳永勇樹(とくながゆうき) 総合商社在職中。東京大学先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)連携研究員。1990年7月生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本語、英語、ロシア語に堪能。ロシア語通訳、ロシア国営ラジオ放送局「スプートニク」アナウンサーを経て総合商社に入社。在職中に担当した中東地域に魅せられ、会社を休職してイスラエル国立ヘブライ大学大学院に留学(中退)。また、G7及びG20首脳会議の公式付属会議であるY7/Y20にも参加。2016年Y7伊勢志摩サミット日本代表、2019年Y20大阪サミット議長(議題: 環境と経済)を務め、現在は運営団体G7/G20 Youth Japan共同代表。さらに、2023年、言語通訳者に留まらず、異文化間の交流を実現する「価値観の通訳者」になるべくNGO団体Culpediaを立ち上げた。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top