フォーサイト記事「有料会員アクセス」で振り返る2023年

ガザ南部ラファに向かう避難民[2023年12月27日、パレスチナ自治区ガザ地区](C)EPA=時事
イスラエル・ハマース戦争、プリゴジンの乱、戦争の「終わり方」、酒鬼薔薇聖斗ーー有料会員の関心を集めた2023年のテーマ。

 2023年もご愛読いただきありがとうございました。

 ハマスによるイスラエルへの大規模テロが発生したのは、「中東は過去20年で最も静かだ」とジェイク・サリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が語って僅か8日後のことでした。2020年以来の新型コロナウイルス禍に加え、長期化したロシア・ウクライナ戦争や米中対立といった課題を抱えて始まった2023年が、更に深い混迷の中で終わろうとしています。

 改めて実感するのは、ロシア・ウクライナ戦争で一気に露わになった国際秩序の動揺が、各地域、様々な分野で、より具体的な形をとった1年だということです。武力を使った現行秩序への挑戦のみならず、それは経済やテクノロジー分野の制度やルールめぐる、各国・地域間の鍔迫り合いにも及んでいます。対ロ経済制裁や対中国デリスキングなどを通じて分断されて行く世界では、それぞれの陣営の利益をいかに確保するかが前景化します。根底には各国・地域の安全保障問題があるだけに、このパワーポリティクス的な側面を一概に否定するわけにもいかない難しさがあります。

 コロナ禍への対応で生じたバブルが最大のリスクだった世界経済は、アメリカ景気の軟着陸が現実味を増していることを筆頭に、年初の悲観シナリオを覆す結果になりました。ただし、バイデン政経の経済政策が「イエレン=サリバン・ドクトリン」と呼ばれるように、経済と安全保障の一体化は急速に進んでいます。昨年、一昨年あたりは議論百出で焦点がバラバラな印象を禁じえなかった「経済安全保障」は、いまや確固とした国家戦略の柱となった観があります。

 テクノロジーについても、先端半導体の輸出規制のみならず、AI(人工知能)の安全性や開発・利用でのルール作りが進む過程にパワーポリティクスは影響します。AI技術について「アメリカが開発し、中国が模倣し、欧州が規制する」といったような表現がありますが、先にEU(欧州連合)が暫定合意したAI法は、規制をテコにした欧州のドミナント戦略でもあることが見逃せません。また、3月の全人代で「科学技術イノベーション能力の伸び悩み」を自国のリスクとして挙げた中国は、科学技術を米中対立の最前線に位置付けています。

 インドなどいわゆる「グローバル・サウス」諸国の台頭が、こうした国家・地域間の競争の構図を、さらに複雑化しています。1980年代から90年代にかけて世界の7割近くを占めていたG7諸国のGDP(国内総生産)シェアは、現在、4割ほどに低下しました。米中対立に象徴される「大国間競争」の時代であると同時に、国際社会における「大国」の存在感が相対的に下がって行く。この傾向は、エネルギーの「脱ロシア」を目指す欧米への影響力を増している中東各国がグローバル・サウスに連結されることによって、さらに顕著になるでしょう。23年8月のBRICS首脳会議では、エジプト、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)の新規加盟が決まっています。

 さらには、主権国家同士が秩序形成を行う国際社会の枠組みそのものが揺らいでいます。イスラエルと中東各国との間の関係改善の流れが、ハマスという非国家主体の攻撃で突き崩されたことのみならず、「国家」はいまナラティブやアイデンティティ、感情といった、国際政治の主要アクターとはみなされてこなかった要素からも揺さぶられていると言えるでしょう。米バイデン政権のイスラエル支持にZ世代が反発を強めているように、世代間の分断もここに含めるべきかもしれません。パワーが前面に押し出されながら、同時にそのパワーの相対化も進んでいる国際社会は、まさに「無極化」と呼ぶべき時代を迎えています。

 以下は本年配信した全846本の記事の中から、フォーサイト有料会員のアクセス数が多かった記事10本のリストです。

 アクセス数だけが「よく読まれた」ことを示す指標ではありません(たとえば当該記事に読者がどれだけ「滞在」したかも重要ですが、ここには反映していません)。11位~20位までには篠田英朗氏(東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授)、鶴岡路人氏(慶應義塾大学総合政策学部准教授、戦略構想センター・副センター長)、鈴木一人氏(東京大学公共政策大学院教授、国際文化会館「地経学研究所(IOG)」所長)の論稿がそれぞれ複数入っているなど、執筆者ごとの「トータル閲覧数」を出せばまた違った順番にもなってきます。そして当然ながら、年後半に公開された記事は不利になります。

 とはいえ、まさに「激動」という表現がふさわしかった2023年を振り返る手がかりに、お役立ていただければ幸いです。

フォーサイト編集長・西村博一

 

 

1位.イスタンブールからイスラエル・ガザの「戦争」を見る池内恵/10月8日)

〈イスラエルにとっては、手中にしていたと思われた湾岸産油国の支持を明確に得られず、孤立感と失望を抱えたまま、ガザへの大規模攻撃に踏み込むことになる。このような攻撃をもたらした対外関係の認識の不全と、攻撃に対する脆弱さを曝け出したイスラエル社会の側の問題に対しても、やがては「魂の問い直し」を向けざるを得ないはずだ。しかしその前に、多くの血が流れるだろう。〉

 

2位.「プリゴジンの乱」は「プーチンの終わりの始まり」のようには見えない小泉悠/6月30日)

〈ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創設者プリゴジンが起こした反乱は、1日で終結したものの、世界に大きな衝撃を与えた。プリゴジンの乱とは何だったのか。〉

 

3位.嵐の前の静けさ?:終結の見通しの見えないロシア・ウクライナ戦争高橋杉雄/1月2日)

〈ウクライナの反攻が秋以降の大地の泥濘化で中断される一方、ロシアは動員兵の訓練と戦力化を進めつつ、電力施設への空爆でウクライナにダメージを与えている。現在の戦況はウクライナにとって必ずしも好ましいとは言えない均衡にある。泥濘が終わる春季、両国の攻勢はどのような形になると想定できるか。そして2023年の展望は――。〉

 

4位.「ワグネル」と「カディロフツィ」――誇張されたロシア異形の戦闘部隊真野森作/2月20日)

〈ロシア・ウクライナ戦争から1年、想定外の苦戦が続くロシア側では、正規のロシア軍とは一線を画す異形の戦闘部隊の存在感が増している。オリガルヒのプリゴジンが創設した民間軍事会社「ワグネル」とチェチェン共和国のカディロフ首長率いる私兵軍団「カディロフツィ」だ。プーチン大統領に近いプリゴジンとカディロフは公然とロシア軍の戦略を批判し、自らの戦果をアピールするが、その実像は——。『ルポ プーチンの破滅戦争――ロシアによるウクライナ侵略の記録』(ちくま新書)を1月に刊行した筆者が考察する。〉

 

5位.歴史に学ぶ「有事の出口戦略」の論じ方(上)――戦争の「終わり方」から目を逸らした日本千々和泰明/8月15日)

〈太平洋戦争は、そもそも起こしたこと自体がまちがいであったと同時に、その「終わり方」においても迷走し、失敗した。敗戦後も戦争終結に関する議論は深まらず、日本は有事に対して出口戦略を持たない状態が続いている。戦争終結の二つのかたちとして挙げるべき「紛争原因の根本的解決」「妥協的和平」という視座から、不幸にも戦争抑止が破れた後の日本の課題を展望する。〉

 

6位.はたして少年A=酒鬼薔薇聖斗は、更生しているのか川名壮志/7月22日)

〈残虐な殺人事件を起こし世間を震撼させた一人の少年が、更生保護委員会による「社会復帰に問題なし」との判断を得て医療少年院を出てから、来年で20年となる。社会復帰後も遺族の意向を無視して手記を出版するなど、彼の「更生」に疑問を抱く人は多いだろう。「元少年A」は本当に更生したのか。そもそも更生とは何なのか。数々の少年事件を取材してきた記者が考察する。〉

 

7位.融解しつつある世界秩序の中の日本の戦略細谷雄一/10月13日)

〈世界は米中対立の時代から、多極化と無極化の時代へと推移している。米国・ロシア・中国のプレゼンスが後退しつつ、「グローバル・サウス」および地域的な大国の台頭という新たな動きが加わりながら、国際政治の力学はいま大きな変化を見せている。紛争や対立がより顕著となる過酷な時代に、日本はどのような「生存戦略」を描けるか。それは世界秩序の再建と復興という、日本が国際社会において果たし得る重要な役割ともなるのではないか。慶應義塾大学が今年3月に設立した「戦略構想センター(Keio Centre for Strategy)」による特別企画で新たなビジョンを提示する。〉

 

8位.強化される「オホーツクの要塞」――極東ロシア軍の実像と日本の安全保障小泉悠/5月19日)

〈ロシア・ウクライナ戦争がロシアとNATOの全面戦争にエスカレートする可能性が依然排除できない中、極東ロシア軍の太平洋艦隊が担う戦略的意義はこれまでより格段に高まった。実際、開戦後も弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の近代化など戦力拡充は滞りなく進められ、米露が衝突すればロシアがアラスカや日本の米軍基地を先制的に攻撃することも想定される。南西正面に対中国抑止という課題を抱える日本は、この北方のリスクにどう対応すべきか。〉

 

9位.中国嫌悪」に熱中するより世界の課題は「脱中国(デチャイナイゼーション)」滝田洋一/4月22日)

〈ALPS処理水放出をめぐり日中の世論が熱を帯びるが、元来が政治的目論見による中国の言論戦術に過度にとらわれるべきではない。不動産バブル崩壊で中国経済が受けるダメージは、まさに「戦狼」の咆哮で隠さなければ社会不安を呼ぶ危うさだ。中国が世界経済を牽引する構図は様変わりした。いま日本が集中すべきは、経済安保の観点から「脱中国(De-Chinazation)」を着実に進めることではないのだろうか。〉

 

10位.戦況の転換? ウクライナ供与「欧米製戦車」が「ゲームチェンジャー」になる条件高橋杉雄/2月2日)

〈重火力戦闘を特徴とするロシア・ウクライナ戦争において、英チャレンジャー2、独レオパルト2、米エイブラムスの投入は戦局の大きな転換を可能にする。ただし、兵器の現実の力はスペックだけでは測れない。訓練、部隊編成、戦略的有効性などの観点から、「ゲームチェンジャー論」で見落とされがちなポイントを確認する。〉

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