「戦争」と「復興」が同居する日常の重力――キーウ、イルピン、ボロジャンカ、アンドリーウカ

執筆者:国末憲人 2024年6月21日
タグ: ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
アンドリイウカのアナトリー(右)。筆者の名前を覚えていた (筆者撮影、以下すべて)
第二次ハルキウ反攻の成功から間もない2022年12月から翌23年1月、ウクライナ国内には全土奪還への希望が満ちているようにも思えた。停電のキーウの街は暗闇だったが確かにそう感じられた。しかし希望は、戦局を決定づけるはずだった23年夏から秋の反転攻勢の挫折を経てなお、あの時の脈動を残すのだろうか。4月下旬、ロシア軍侵攻以来6度目のウクライナ訪問を果たした筆者は、1年3カ月の長い――戦時にあっては何かが決定的に変わってしまうのに十分に長い空白を経て街と人に再会する。【現地レポート】

 

ウクライナ讃歌

 1936~37年、人民戦線の義勇兵としてスペイン内戦に参加した英作家ジョージ・オーウェルは、その体験をまとめた『カタロニア讃歌』で、戦争を生きる庶民への深い共感を綴った。ルポルタージュの名作として知られる。

 本連載は、オーウェルの筆と勇気に遠く及ばない。にもかかわらずその書名を借りて『ウクライナ讃歌』と名付けたのは、市井の人々にまなざしを向け、その姿を記録しようとした点で重なると思うからである。

 自由と民主主義を希求する点でも、オーウェルの戦いとウクライナの戦いは共通している。ただ、異なる面も少なくない。オーウェルは、人民戦線を支配するスターリン主義を厳しく批判し、そこに戦いの限界を感じとっていた。大国ロシアと対峙するウクライナに、そのような教条主義が入り込む余地はない。また、『カタロニア讃歌』は結果的に敗北の記録となったが、『ウクライナ讃歌』はそうならないだろう。

 随時掲載する『ウクライナ讃歌』は、ウクライナ政府や軍の政策、戦いぶりを賛美するものではない。苦難を耐えつつ、新たな世界を目指すウクライナの人々への敬意を表したものである。過度に持ち上げることなく、逆に軽んじることもなく、等身大のウクライナの姿を伝えられたらと思う。

***

 ポーランドとウクライナの国境駅に停車した列車は、突然激しく揺れた。寝台車の下段でうたた寝をしていた筆者は飛び起きた。窓の外は真っ暗である。時刻は零時を回り、4月22日になっていた。

 ワルシャワ発キーウ行き寝台急行「キーウ・エクスプレス」は、線路の幅が異なる両国を直行で運行する。振動は、そのために台車を交換したからだろう。2時間ほどで作業が終わると、西ウクライナの大地を東に向かって、列車は静かにすべりはじめた。

 ウクライナを訪れるのは、2022年2月24日のロシア軍侵攻以来6度目である1。ただ、前回2022年12月から23年1月にかけて訪問して以来、空白が1年3カ月あまりに及んだ。この間、筆者は駐在していたロンドンを引き揚げ、勤務先の新聞社を退職し、大学に奉職する機会を得た。予想外の生活の変化に追われ、またこの間現地を訪れる手段も得られないでいた。

 冷戦崩壊後、恐らく最大の出来事となるだろうロシア・ウクライナ戦争の推移を、この間現地で追えなかったのは悔やまれる。一方で、しばらく現場を離れたからこそ、ウクライナの変貌ぶりをより明瞭に覚知できるかもしれない。

カテゴリ: 軍事・防衛 社会
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top