ウクライナ讃歌
ウクライナ讃歌 (20)

第4部 ヴィクトリヤの軌跡(4) 「拷問部屋」の実態

執筆者:国末憲人 2025年9月26日
エリア: ヨーロッパ
ヴィクトリヤはザポリージャ原発の職員らがどのような扱いを受けているかに関心を抱いていたという[追悼集会に集まった人々=2024年10月11日、ウクライナ・キーウ](C)EPA=時事
ヴィクトリヤの死が伝わった2024年10月、ウクライナのメディア関係者を主体とする調査報道チームが結成された。彼女は捕虜交換で戻る可能性が高いと見られたにもかかわらず、その期日の直後に死亡している。不審な背景を明らかにするには急がねばならない。翌11月には、欧米を中心に世界13社50人のジャーナリストが集まった大型企画、「ヴィクトリヤ・プロジェクト」も立ち上げられた。拘束前後のヴィクトリヤの足取りが少しずつ輪郭を持ち始めた。

 

 パリに本部を置くNGO「国境なき記者団」のウクライナ地域マネジャー、ポリーヌ・モフレ(30)は、パリとキーウを行き来する日々を送っている。2024年10月、モフレがキーウに到着したのは、『ウクラインスカ・プラウダ』の契約ジャーナリスト、ヴィクトリヤ・ロシナ(1996-2024)死去の情報が流れて数日後のことだった。その死因と死に至る軌跡について、早急に調査しなければならない。そのためには、チーム取材で臨む必要があると、モフレは考えた。

「国境なき記者団」のウクライナ地域マネジャー、ポリーヌ・モフレ(筆者撮影)

「『国境なき記者団』の使命はジャーナリストを守ることにあり、ウクライナではすでに、特に東部でロシア軍に拘束されているジャーナリストたちに関する調査も続けていました。ただ、今回の調査は特に大きな困難が伴いそうでした。ロシアは全く説明をしない。占領地であれロシアであれ現地へのアクセスは不可能。証人もなかなか得られそうにない。だから、協力し合う態勢をつくるべきだと思ったのです」

 調査報道専門ニュースサイト『スリツトヴォ・インフォ(調査情報)』の記者ヤニナ・コルニイェンコ(29)がすでに取材を始めていると知ったモフレは、コルニイェンコのもとに、ウクライナ公共放送『ススピリネ』の会長顧問アンゲリーナ・カリャキナ(40)、ウクライナの司法専門メディアサイト『グラティ』と「国境なき記者団」が集まる連合体を結成した。ウクライナ側で取材した内容を、「国境なき記者団」がロシアに置く拠点を通じて、ロシア側の情報と付き合わせて確認する手法を採った1
半年に及ぶ調査がこうして始まった。

調査報道専門ニュースサイト『スリドストヴォ・インフォ』のヤニナ・コルニイェンコ(筆者撮影)
『ススピリネ』前報道局長の.アンゲリーナ・カリャキナ

ラトビア経由でロシアへ

 ヤニナ・コルニイェンコは、汚職や腐敗に関する調査報道を手がけていたジャーナリストである。米NGO「組織犯罪・腐敗報道プロジェクト(OCCRP)」の様々な企画に参加し、2020年のベイルート港爆発事故や2022年のクレディ・スイス口座情報流出事件など国際的な案件の原因や背景の究明にもかかわった。ロシア軍全面侵攻以降は、占領下でのジャーナリストの被害に焦点を移し、活動を続けている。

 同様に調査報道に取り組んできたヴィクトリヤとは知り合いで、2017年から18年にかけては『スリツトヴォ・インフォ』の企画で一緒に仕事をしたという。

「ジャーナリスト仲間としても、ヴィカが拘束されたと聞いて心配していました。取材を始めたのは、彼女の死を知った翌日です。今ならまだ様々な証拠が見つかるかもしれない。しばらくすると失われてしまう。だから早く取り組まないと、と考えたのです」

 コルニイェンコの目に、ヴィクトリヤの死は疑問だらけに映った。9月13日または14日に捕虜交換で戻るはずだったのに、なぜ帰ってこなかったのか。その後なぜ突然19日に亡くなったのか。亡くなるまで何をしていたのか。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授、本誌特別編集委員 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
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