台湾有事が集団的自衛権を行使可能な「存立危機事態」になり得るとした高市早苗首相の国会答弁をめぐり、中国政府が対日批判をエスカレートさせている背景には、習近平国家主席による「闘争指示」があった。「主席にならえ」が最優先される中国官僚システムのなかで、日中関係悪化の長期化はもはや不可避である。
台湾問題など、いかなる犠牲を払ってでも譲らない「核心的利益」に関して日本側が「仕掛けてきた」ととらえれば、それを口実にして「倍返し」的に報復して日本を追い込み、対中国通商交渉を重視するドナルド・トランプ米大統領も巻き込みながら、自分たちにとって有利な状況を新たに生み出そうとする戦略を強化している。われわれが注視しなければならないのは、共産党の真の狙いは何なのかを見極め、冷静に対応することだ。
中国が注視した高市内閣からの「前向きなシグナル」
「高市発言」が直接の発端となった今回の日中対立劇の根源は、中国共産党がもとから「右翼・タカ派・親台湾」と警戒した高市との向き合い方を内部でどう認識したか、という点に行き着く。まずは、10月4日に高市が自民党総裁に就任してからの中国側の動きを時系列的に検証してみたい。
習近平は、2013年3月の国家主席就任以降、日本に新たな首相が誕生するたびに就任当日に祝電を送り、それを公表してきた。しかし高市首相に対して祝電を送ったという発表はなかった。つまり祝電送付が明らかになった後で、高市が靖国神社参拝や台湾問題などで「反中」的姿勢を示すことに神経をとがらせていたのだ。
とくに外交政策を統括する日本通の王毅外交部長(共産党中央政治局委員)にとって、すでに神格化されている習近平のメンツが潰れるようなことがあっては、自身の政治的保身にも影響をしかねない。このため高市の言動を慎重に見極めただろう。
具体的には▽10月8日に都内で開かれた台湾「双十節」(建国記念日)記念行事に出席しなかった、▽同17日からの靖国神社秋季例大祭に参拝しなかった、▽首相就任後の同24日、所信表明演説で「日中首脳同士で対話を重ね、『戦略的互恵関係』を包括的に推進する」と前向きな対中姿勢を示した、▽同28日午前のトランプ大統領との会談で強い対中批判を展開しなかった――ことを注視したとみられる。こうして王毅は28日午後、茂木敏充外相との電話会談に臨み、こう述べた。
「中国側は日本の新内閣から発せられたいくつかの前向きなシグナルに注目している。日本の新内閣が対中交流の『第一歩』をしっかりと踏み出し、『最初のボタン』を正しく留めてほしい」
10月末に韓国で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で習近平が高市との会談に応じることをOKしたのだ。
途切れた「国家安全保障局長ルート」
APECまでの時間が迫っていたこともあったが、「意外にあっさり決まった」というのが筆者の感想だ。
岸田文雄元首相、石破茂前首相とそれぞれ2023年11月と24年11月に国際会議を利用して習近平と会談したが、いずれも秋葉剛男国家安全保障局長(当時)が北京に飛び、数時間にわたる協議を行い、丁寧に調整を重ねた。王毅は外交部長と同時に共産党中央外事工作委員会弁公室主任を兼務しており、後者のカウンターパートが秋葉だった。王毅と秋葉は、一定の信頼関係で結ばれている。2006年、駐日大使の王毅は外務省中国課長の秋葉と、安倍晋三首相の電撃訪中を実現させ、日中関係改善の道筋をつくったからだ。
中国側は、両国のトップに直結する国家安全保障局長とのルートを「中日ハイレベル政治対話」と呼び重視していた。しかし王毅は、新たに国家安全保障局長に就いた市川恵一と直接の接点はなく、ましてや信頼関係はない。このためかつての交渉相手だった茂木との外相ルートを使って電話で首脳会談を「即決」した。
これは何を意味するのか。
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