白人の被抑圧状況も見逃せない
その言動が連日メディアを賑わすドナルド・トランプ米大統領だが、中でも多くの日本人に奇異に受け止められた一件が、今年5月に行われた南アフリカのシリル・ラマポーザ大統領との会談ではないだろうか。トランプ氏はホワイトハウスでの首脳会談の途中、突如として、南アフリカで過激な白人排斥を訴える極左野党の党首が公然と白人住民の殺害を呼びかける映像を見せ、「南アフリカでは白人のアフリカーナー(※オランダ系移民の子孫を主体とする白人民族集団)がジェノサイドに遭っている」と一方的に主張し、南アフリカ政府の対応を非難したのだ。
実はトランプ氏は1期目から同様の主張を展開していて、それを知る南アフリカ政府はわざわざアフリカーナーのプロゴルフ選手を同伴させるなど十分な準備の上で会談に臨んだわけだが、いずれにせよ、外交儀礼から大きく逸脱したトランプ氏の言動はたちまちメディアの格好の批判の的となり、終始冷静に対応したラマポーザ氏への高評価とは対照的に、トランプ氏の主張した内容に関しても否定的な言説が多数を占めた。しかし、トランプ氏はその後も南アフリカ政府への攻撃姿勢を弱めることなく、今年11月に南アフリカで開催されたG20についても白人住民の人権侵害を理由にボイコットした。
私は2020年から3年半にわたり、新聞社の特派員として南アフリカに駐在し、この問題を取材してきた。南アフリカは、狩猟採集生活を送っていた先住のコイサン人の領域に、黒人と白人の諸民族が断続的に到来し、土地を巡って相争ってきた複雑な歴史を持つ。それぞれの民族や立場の人にその言い分を聞けば、それぞれに一理あると感じることが多い。その上で、現在の南アフリカの白人住民、とりわけその多数を占めるアフリカーナーが直面する状況は、彼らが「抑圧され疎外されている」と主張するのに十分に合理的な根拠があると言わざるを得ない。
そして、それはトランプ氏がこの問題に言及したことに象徴的なように、大量の非白人移民受け入れと、それに伴う将来的な人口構成の変化への不安がささやかれる現在の欧米社会の時代状況とマッチし、大陸を超えた静かな広がりを見せ始めている。南アフリカで暮らしていた時、ふと在住欧米人がこう漏らすのを聞いた。「我々も、いつか南アフリカの白人のようになってしまうのではないか」。
黒人富裕層が増加する一方で
ロシアがウクライナに全面侵攻した直後の2022年5月、ウクライナ国旗が街中に溢れるオランダのアムステルダムで、アフリカーナーの苦境をテーマにした講演会がひっそりと開催された。主催したのはオランダの極右政党で、講師役にはアフリカーナーの権利擁護団体「アフリ・フォーラム」で副CEOを務めていたアルンスト・ルート氏が招かれた。なお、ルート氏は最近、米国の保守派政治コメンテーターのタッカー・カールソン氏の番組に招かれるなどアフリカーナーの代弁者として精力的に活動しており、もしかすると見たことがある読者もいるかもしれない。
ルート氏が英語で話し始めようとすると、すぐに主催した極右政党の党首から「アフリカーンス語でやってくれ」という声が飛んだ。アフリカーンス語は、17世紀にアフリカ大陸へ移住したオランダ系移民を中心に欧州の各民族が合流して形成されたアフリカーナーの母語で、オランダ語話者とはほぼ問題なく意思疎通ができる。南アフリカで白人農家への襲撃が相次ぎ、雇用面でも「人種差別」が常態化していると訴えたルート氏の話に、会場内に少しずつ怒気が充満していくのが感じられた。参加者の多くはオランダ人の白人男性で、会場からはこの問題に関心を向けない「主流」メディアやリベラル派への不満が次々に溢れ出した。ここでも「南アフリカの現状は、大量の移民が押し寄せる欧州の未来の姿だ」という声を聞いた。
誤解のないよう断っておきたいと思うが、ルート氏の主張はアフリカーナーの中でも右派に属するものであり、英国系やポルトガル系、ユダヤ系など他の南アフリカの白人住民の一般的な思いを代弁しているわけでもない。ただ、1991年の人種隔離政策アパルトヘイトの撤廃と、それに続く1994年のネルソン・マンデラ政権の誕生で人種差別を克服した「レインボーネーション(虹の国)」であるはずの南アフリカだが、人種に基づいた法律は対象を変えた形で今も新たに生まれ続けており、同国で暮らす白人住民の多くが現状に強い不満を抱いていることもまた事実である。
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