「ゴーン・マジック」のタネ明かし

執筆者:加納修 2001年6月号
カテゴリ: 経済・ビジネス

鍵は「税効果会計の導入」。真の勝負は秋からの新型車の売れ行きにかかる

 文字通りの大逆転だった。日産自動車の財務体質である。約七千億円にものぼる過去最悪の赤字決算を発表したのが昨年のこと。それからわずか一年で過去最高の利益へと“大変身”。野球に例えるなら、九回裏二アウト、フルカウントからの代打満塁ホームランといったところか。その代打の打席に立っていたのがカルロス・ゴーン社長だった。この奇蹟の満塁ホームラン、何が最も観衆の目を惹いたかというと、「予告された逆転」だったことである。綿密に計算された復活劇――「ゴーン・マジック」とも呼ばれるその経営手腕を検証してみた。
 五月十七日、日産の決算発表会場には、早くからジャーナリスト、経営評論家、アナリストが集まっていた。その数、ざっと三百人以上。すでに予想されていた日産の復活に関する「具体的な数字」を見ようと、国内外から集まった人たちだ。そして誰もが、ゴーン社長の“勝利宣言”の根拠、具体的な理由を聞きたいと願っていた。
 ゆっくりと登壇したゴーン社長は、睨みつけるように会場を見渡してから口火を切った。「発表当初は日産の再建策NRP(日産リバイバルプラン)について、(周囲は)批判的だった。あまりに大胆で劇的な内容だったからです。しかし、初年度の計画は達成された。そのうち、一部については、計画以上の、希望に近かった目標をも超えることができた」。背後のスクリーンには、ここ数年、日産の決算の発表では見ることができなかった右肩上がりの折れ線グラフが示されている。
 披露されたゴーン・マジックのタイトルは「連結決算」。売上高は前期比一・九%増の六兆八百九十六億円と、日産ほどの企業規模でいえば、事実上横ばいだったのに対し、本業の儲けを示す営業利益は、二千九百三億円と実に前期の三・五倍。最終利益は、前期の六千八百四十四億円という過去最悪の赤字から一転、一気に三千三百十億円と過去最高の黒字に大転換していた。数字上は、誰も異論を挟む余地のない、文字通りの「V字型」の業績回復だった。

系列取引メーカーは激減

 当初、NRPの回復劇のシナリオには無理があるとされた。というのも、日産は新車投入の端境期にあり、「売るものがない」(業界首脳)といわれていたからだ。収益を上げるものがない中で、どうすれば財務体質を改善することができるのか。「大胆すぎる」という大方の見方に対し、NRP初年度に当たってゴーン社長が見せたのは、実は「出るを制す」という、極々オーソドックスな手法だった。
 この一年でゴーン社長は、「核となる中心事業以外はすべて売却対象」として、非自動車事業部門や持ち合い株などを対象に、積極的な資産売却を図った。直接的な収益向上につながらない自動車以外の分野は、「社長にとっては無駄なコスト要因でしかなかった」(日産首脳)からだ。旧体制がしてきたグループ間の株の持ち合いなどの構造は、「バブル崩壊後は、単なる傷の嘗めあいにしか見えなかった」(同)ようだ。
 系列取引メーカーとの“もたれあい”にメスを入れたのも、その表れだ。発注する側と、それを受ける側が同じグループ企業として依存しあっていては、外部との競争に勝つことはできない。非情ともいえる、系列取引部品メーカーの削減策で、約千百五十社あった取引メーカーは、八百社程度へと激減した。
 成果は早々に出た。コスト削減は「初年度八%だった削減計画を大きく上回り、あくまで目標だった一〇%をも超え、一一%を達成した」ことが、連結での収益環境の向上に大きく寄与した。その合理化による効果は約二千八百七十億円。メーカー各社が、円高、ユーロ安など、為替変動に伴う差損に苦しんだ中、八百三十六億円の差損を楽々と補うことができた。日産が最終的にルノー傘下に入る理由ともなった一兆四千五百億円の実質有利子負債も、約四千億円削減された。
 NRP自体は、平成十四年度末までの三年計画。ゴーン社長が「達成できなければ社長を辞める」とまで豪語した計画は、「どうなるか先は読めないが、初年度分については大成功」(トヨタ首脳)を収めた格好だ。ゴーン社長自身「予想以上の出来栄え」と語る。辞めなくて済んだばかりでなく、ミシュランタイヤ、ルノーと、立て続けに再建を請け負い、成功に導いてきたゴーン社長自身の「市場価値」は、ますます上昇する気配を見せている。
 こうした結果生み出された利益が、前述した最終利益三千三百十億円ということになったのだが、果たして、その結果を手放しで評価できるのか。
 会計上のマジックの鍵を握るのが、税効果会計の導入だ。日産は、前々期に、約七千億円の赤字を計上しているが、それは、積立不足だった年金給付債務を一括処理したり、工場閉鎖のための特別損失を引き当てたりした結果である。例えば、村山工場を閉鎖したことによる費用は七百億円。工場の完全閉鎖にはまだ時間があるのだが、そうした費用、税金がすべて前倒しで処理されている。これがゴーン社長のいうところの「負の遺産の清算」だ。
 前々期には税効果会計処理をしていなかったため、そうした前倒しで処理した費用にかかる税金も計上されている。そのために前々期の最終損益は過去最悪の大幅赤字になったが、今年は、新たに税効果会計を導入したことで、前倒しして払った税金を、還付されるものとして計算、帳簿上の最終利益は税金の還付金で大幅に上昇することになったというわけだ。
 いわば、「前倒しした負の遺産の処理」のために支払った税金の還付を計上したことによって、過去最高の最終利益の約半分が構成されている点が、マジックの最大の“タネ”であり、最終損益で約一兆円の改善の中身の半分は、そこに根拠を見ることができる。
 会計処理という素人には見えにくい世界で、ゴーン社長は成果を挙げたわけだ。とはいえ、「水戸黄門」の“印籠”のように、タネはわかっていても、人々は土壇場での失地回復劇に胸のすく思いを味わうのである。
 日産の場合「大方の資産売却は終わり、売るものは自動車以外なくなった」(日産幹部)。しかしゴーン社長が「業績を回復して社員に自信を取り戻させるのが先決」というように、大規模な人員削減と工場閉鎖で疲れきった社員の多くは、タネがあるとはいえ、目の前で展開された回復劇に、自信を取り戻しつつある。今やゴーン礼賛の雰囲気も広く醸成されている。

販売状況の改善はまだない

 再建請け負いから一年。「五分の立ち話も含めると数千人の社員とコミュニケーションをとった」というゴーン社長は、業績低迷について何ら社員に説明してこなかった旧経営陣と違い、人心掌握にも成功している。「とにかくついて行けば安心」(日産幹部)という空気を作った功績は大きい。
 ただし、日産のこの先の展開について不透明感は拭えない。売るものが自動車以外に無くなったことで、販売の行方が収益に直接影響する度合いが格段に強くなったが、未だ販売状況が大幅に改善されたという事実は見当たらない。「二十年以上落としてきたシェアに歯止めをかけるのは容易ではない」とゴーン社長自身認めるが、もはや言い訳は通用しない。削減した部品コストも、「もともと甘かった日産の取引形態の贅肉分を削ぎ落としただけ」(トヨタ、ホンダの首脳)という批判もあり、今後も計画通りの達成度が得られるかどうかは未知数だ。
 秋にも市場に投入される新型マーチとスカイライン、そして開発が凍結されてきた新型フェアレディZが復活のシンボルとして登場する。これら新型車の売れ行きが、日産の今後を左右するといっていいだろう。
 今日の試合は代打ホームランで逆転勝利となったものの、明日以降の試合での勝利には全員野球が不可欠。「大規模リストラによってもたらされたボーナス満額回答」(日産組合幹部)などという、アメに踊らされて社員が浮き足立つと、所詮、回復の第一ラウンドはマジック、市場の飽きも早い。全員野球ができるかどうか。真の回復劇のシナリオは社員すべての働きにかかっている。そして、それが果たせなかった場合、ゴーン社長同様、さらに大規模な社員が「去るしかない」ケースも出てくるのである。

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