息子を持つ母親を振り込め詐欺防犯対策のターゲットに―犯罪インテリジェンス分析

執筆者:春名幹男 2012年2月6日
タグ: 日本
エリア: アジア

 振り込め詐欺がなかなか撲滅できない。
 3日には浅草寺の節分会で、樋口建史警視総監が豆まきに参加、「一番多いおれおれ詐欺は家族を思う親愛の情を逆手に取った卑劣な手口。週に一度は連絡を取るなど家族の絆で被害を防ぐことができます」と振り込め詐欺防止を訴えた。
 総監の問題意識は的を射ている。都内での振り込め詐欺の認知件数と被害総額が全国で最も多いことが、過密首都の東京で集中的に表れた家庭の崩壊現象を反映している。
 だが、犯罪インテリジェンス分析に基づく防犯という点では、もう少し詳細な分析が必要なのではないか。
 かれこれ9年の長期にわたる同種の事件続発が報道され始めたのは2003年のこと。最初は「おれおれ詐欺」と報道され、翌04年にはそれが「振り込め詐欺」と名前を変えた。しかし、必ずしも「振り込め」とは限らない。友人、知人が家を訪れ、現金を受け取るケースもある。初期には、必死の広報にもかかわらず、息子を装った男が「おれおれ」と言わなかったので、うっかり大金を振り込んだ親がいたかもしれない。最近では「振り込め」とは言われなかったので疑わず、ATMで現金を引き出し、受け取り役の犯人に渡してしまった被害者もいるだろう。犯人は報道の裏をかいて手口を変える。
 だが、被害者のパターンにはほとんど変化はないのではないか。報道を見る限り、「息子を持つ初老以上の母親」ないしは「男の子を孫に持つ祖母」、というケースが圧倒的に多いだろう。
 「わたし、わたし」と孫娘を装った女から中絶費用として各30万円以上をだまし取られた岐阜県の男女の老人2人のケースもあるが、統計を取れば恐らく、老いた母親が息子を装った男に騙される事件が最も多いだろう。何をしているのか分からない風来坊のような息子を持つ親が多いのに比べると、母娘の関係はそれこそ絆が強い。「一卵性母娘」のような関係を持つ母親が騙されることはまずない。
 こうした事実を積み上げて、犯罪インテリジェンス分析を行い、防犯の広報を行うことが必要ではないか。広報では特に「息子を持つ母」、「男子の孫を持つ祖母」をターゲットにしてはどうか。また、学校の同窓会名簿などが悪用されないようにすることも大事だ。うちにもその種の電話がかかってきたことがあるが、同窓会名簿から男子の名前をピックアップして実家に電話をしたのではないかと思った。
 犯罪インテリジェンスはやはり、日本より米国の方が進んでいる。米連邦捜査局(FBI)が1992年に設置した犯罪情報局(CJIS)では指紋・生物的情報など各種情報の蓄積と提供、さらに犯罪分析を行なっている。分析情報が捜査部門に流れるシステムになっているようだ。振り込め詐欺は日本社会の変化に伴う家族関係の変化を反映している。捜査および防犯の部門が犯罪インテリジェンスの分析を参考にすべきだと思われる。
 

カテゴリ: 経済・ビジネス 社会
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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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