アウン・サン・スー・チーが語る“補選勝利後”の対中関係

執筆者:樋泉克夫 2012年3月21日
タグ: 中国 日本
エリア: アジア

 4月1日のミャンマー補欠選挙での勝利を目指し、NLD(国民民主連盟)を率いて精力的に選挙運動を展開しているアウン・サン・スー・チーは、3月半ば過ぎに、ミャンマー東北部のラシオ(漢字で「臘戌」と綴る)に現われ、2万人の聴衆に向かって「NLDが勝利しても、ラシオの華人の企業活動に不都合を与えるようなことはない」と訴えている。

 ミャンマー中部に位置し、ほぼ華人の街と化した百万都市のマンダレーから、ラシオは東北へ直線で300キロほど。さらに東北に道を取ると、程なく中国との国境の街であるムセー(漢字で「木姐」と綴る)に到る。ムセーから国境を越え瑞麗、保山、大理を経れば雲南省の省都である昆明に通ずる。いわばミャンマー中部と中国西南を結ぶ要衝であるラシオは、歴史的には日本との因縁は深い。というのも重慶に逃げ込んだ蒋介石軍を背後から衝くべく、日本軍はマンダレー、メーミョーを通過しラシオを経て昆明を目指した。途中の騰沖、龍陵などの一帯では、鬼神も慟くと形容された激戦が展開されたのだ。  

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
樋泉克夫(ひいずみかつお) 愛知県立大学名誉教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年から2017年4月まで愛知大学教授。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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