サンパウロを訪れたのは数年前の十一月の末だった。南半球では夏が始まり、熱帯特有の空気が、薄いヴェールのように肌にねっとりとまつわりついてきた。日本人街を通りかかったのは、ちょうど昼時を回っていた。 街はどこか昭和三十年代を思わせた。横文字が主流になった今の日本では見られない「○○旅行社」「××荘」といった漢字の看板が、いくつも並んでいる。私は「○○定食屋」の暖簾をくぐって天ぷらうどんを注文した。扇風機が左右に首を振りながら揚げ物の匂いを運んでくる。畳に座った多くの客は、日本からの衛星放送のテレビを見ながら、黙ってそばをすすっていた。畳の床には、日本語の雑誌や新聞が手持ち無沙汰な客用に、乱雑に置かれている。
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