寒い年末、足腰が弱った元公安捜査官は面会を丁重に断り、電話ならと相手してくれた。 老人は、肝心の話は「ハッハッハ」と笑ってごまかした。「二十年前、辛光洙容疑者を立件しないと決まった時、泣いて抗議したんですって?」と聞いた時だ。 辛容疑者が韓国国家安全企画部(安企部=当時)に捕まったのは一九八五年春。取り調べで、八〇年に大阪の中華料理店コック、原敕晁さんを拉致したことを自供。その年の十一月末、ソウル地裁は死刑判決を言い渡した(後に無期懲役に減刑)。 自供内容は日本の警察庁にも伝えられたが、その際日本の警察は立件しないと決めた。元捜査官の涙の理由はそこにある。

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