行き先のない旅 (33)

共産主義に「折れない」芸術家

執筆者:大野ゆり子 2006年2月号

 上海生まれの友人は、中国人として世界でもトップ水準の腕を持つクラシック演奏家である。その垢抜けた物腰や開放的な人柄に接していると、ついつい中国が共産主義という体制を採る国家だと忘れてしまう。ある日、本人に直接、そう言ってみたことがある。 一呼吸置いてさりげなく、友人はこの話を始めた。ごく最近、中国のオーケストラでマーラーの交響曲第二番「復活」を演奏する予定があった。この曲は大編成のオーケストラのほか、合唱、オルガンなどによる約八十分の交響曲。音楽家にとっては、やりがいがあると同時に、多くの練習を必要とする大曲でもある。オーケストラは十数時間みっちりと練習し、とても良い出来で、本番前の総稽古を迎えた。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
大野ゆり子(おおのゆりこ) エッセイスト。上智大学卒業。独カールスルーエ大学で修士号取得(美術史、ドイツ現代史)。読売新聞記者、新潮社編集者として「フォーサイト」創刊に立ち会ったのち、指揮者大野和士氏と結婚。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギー、フランスの各国で生活し、現在、ブリュッセルとバルセロナに拠点を置く。
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