注意すべき歴史論議の「底流」と「タイム・ラグ」

執筆者:田中明彦 2008年1月号
タグ: 日本 中国 韓国
エリア: アジア

 前回のこの欄で、東南アジアにおける日本の評価が極めて高いということを述べた。一九七四年に反日デモがあった時代と比べて隔世の感がするということである。こうした東南アジアにおける高い評価を作り出したのが、三十年前の福田ドクトリン以来の地道な活動であった。 この見解を変える必要はないと思っているのだが、今回は、このような見方に対して少しだけ留保をつけてみたい。高い評価を当然視したり、悪のりしてはいけないということを言いたいのである。 なぜこのようなことを書くかというと、最近、東南アジアのある国で参加した国際会議において、日本の歴史認識についての議論に遭遇したからである。この国は東南アジアのなかでもかなり親日的であり、しかもこの国の指導者は、かつて、日本人が過去についてあまりこだわる必要はないと語ったこともある。参加者は、この国の人ばかりではなく、東南アジア各国の専門家にくわえ、欧米の専門家もいた。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
田中明彦(たなかあきひこ) 1954年、埼玉県生まれ。東京大学教養学部卒業。マサチューセッツ工科大学大学院博士課程修了(Ph.D. 政治学)。東京大学東洋文化研究所教授、東京大学副学長、国際協力機構(JICA)理事長、政策研究大学院大学学長、三極委員会アジア太平洋地域議長などを経て、2022年4月より再び国際協力機構(JICA)理事長に就任。著書に『新しい「中世」―21世紀の世界システム』(サントリー学芸賞受賞)、『ワード・ポリティクス―グローバリゼーションの中の日本外交』(読売・吉野作造賞)、『アジアのなかの日本』、『ポスト・クライシスの世界―新多極時代を動かすパワー原理』など。
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