フィリピン人質事件が見せた香港「一国両制」の本質(上)

執筆者:野嶋剛 2010年9月8日

 想定を超えた突発的な事件や災害は、ときに、政治や外交の「真実の姿」を浮き彫りにするので、目が離せません。

 フィリピンのマニラで先月、バスジャックされた香港人観光客8人が銃撃戦に巻き込まれて死亡しました。日本のメディアでは主に、①フィリピン警察の対応のまずさ②中国・フィリピン関係の冷却化、という2つの角度から、取り上げられました。
しかし、この問題で私が最も関心を持ったのは、事件のさなかの一本の電話によって、「一国両制(一国二制度)」下における香港の主権問題が、活発な議論にさらされたことでした。
 
 8月23日の事件発生後、香港の曽蔭権(ドナルド・ツァン)行政長官は、旧知であるフィリピンのアキノ大統領に直接、電話をかけました。人質の生命を最優先するよう伝えるためです。アキノ大統領は事件対応のため大統領府におらず、電話には出られなかったのですが、曽行政長官はその日の記者会見で電話の件を公表しました。 
 ここで大騒ぎになったのが、中国の一地方政府である香港のトップが、フィリピンの国家元首と直接コンタクトを取ったことが、適切であったのかという問題です。いわば、東京都の石原慎太郎都知事が、北京の胡錦濤・国家主席に電話をかけたようなもので、本来なら外交儀礼として許されない行為です。
 しかし、香港には、一国二制度を定めた香港基本法にによって保障された「高度の自治」があるのです。=つづく
                             (野嶋剛)
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執筆者プロフィール
野嶋剛(のじまつよし) 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)、『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『香港とは何か』(ちくま新書)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com
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