なぜ郭鶴年はマレーシアに“回帰”するのか

執筆者:樋泉克夫 2012年5月22日
タグ: 中国 香港 タイ
エリア: アジア

 マレーシアから伝えられるところによれば、1970年代から香港に拠点を移していた郭鶴年(ロバート・クオック/1923年生まれ)がマレーシアへのUターンに動き始めたようだ。

 というのも目的を明らかにしないままに、生まれ故郷のジョホール州に400-800ヘクタールあまりの土地を購入したからである。そこで、彼が傘下に置くホテルチェーンでアジアを中心に世界展開しているシャングリラ・ホテル(漢字名で香格里拉酒店)をそこに建設するのではないかという憶測が流れているわけだ。

 郭鶴年は福建省福州からジョホールに渡った父親のもとで英才教育を受け、第2次大戦中にはシンガポール三菱商事の米穀部門で働いたことがある。戦後は兄弟で貿易会社を設立。50年代末から60年代初頭にかけて独立マラヤ政府が推進した工業化促進政策に沿って製糖、製粉部門に進出し「世界の砂糖王」と呼ばれた。中国を軸とした世界展開を目指して74年に香港に進出し、ホテル、メディア、物流などを核とする嘉里(Kerry)集団を率いて強い影響力を発揮する一方、鄧小平、江沢民などの北京中枢とも太いパイプを持つなど政商としても知られ、中国では北京、上海などを中心にホテル、工業団地、製油・飼料工場、ショッピングモールなどを経営している。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫(ひいずみかつお) 愛知県立大学名誉教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年から2017年4月まで愛知大学教授。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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