今回ほど全貌の見えにくい人事劇はなかった。筆者の予測も、曾慶紅“引退”は的中したが、「六退四進」は外れ。そこにこそ真相が隠れている。 河北省北戴河。渤海湾に面した風光明媚なリゾート地でもとりわけ静かな入り江を囲む一帯が、五年ぶりに賑わった。ものものしい警備の中、遮光フィルムを貼り軍・武装警察のナンバーをつけた高級車の車列が次次と滑り込む。秋に開かれる中国共産党第十七回大会に先立ち、新旧指導者が集ったのだ。八月一日、北京での仕事を終えた胡錦濤総書記が到着し、政治決戦の火蓋が切られた。 毛沢東、トウ小平、江沢民という三代の最高指導者が毎年のように避暑に訪れた北戴河は、「夏の中南海」と呼ばれた。党中央、党中央軍事委員会、国務院に加え全国人民代表大会(全人代)、全国政治協商会議(政協)という、権力の頂点のいわゆる「五大院」の幹部別荘が軒を連ねており、夏季には政治局会議など重要会議の舞台となったからだ。だが「親民政策」「幹部の浪費追放」を掲げる胡指導部発足後の二〇〇三年夏から、現役指導者の北戴河入りはなくなっていた。なぜ胡は今年、「北戴河会議」を五年ぶりに復活させたのか。「北戴河を舞台に(党大会人事の)優勢を固めるのが胡の狙いだった」と、党中央の中堅幹部らは振り返る。
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