携帯大手に激震必至:2400億円調達した楽天の「歴史的提携」

日本郵政、ウォルマート、テンセントと日米中プラットフォーム構築か

執筆者:大西康之 2021年3月12日
タグ: 5G 日本
エリア: アジア 北米
会見では「この5年で世の中は根本的に変わるだろう」と語った三木谷氏

「最も古いビジネスの一つである日本郵政と、1997年に生まれたネット・ベンチャーの歴史的な提携」――。3月12日に発表された楽天グループの2400億円増資は、楽天モバイルを5G時代のフロントランナーへと一気に押し出す可能性がある。ネットとリアルのビジネスが国境を越え融合する新たなフェーズが始まった。

 想像してみてほしい。全国津々浦々、2万4000局の郵便局にスマホを持った米倉涼子が微笑む「楽天モバイル」のショッキング・ピンクの、のぼりがはためく様子を。NTTドコモ、au(KDDI)、ソフトバンクの首脳陣は、恐らく眩暈を覚えることだろう。

 のぼりがはためくかどうかは定かでないが、全国の郵便局で楽天モバイルの加入手続きができるようになるのは間違いなさそうだ。料金値下げで楽天モバイルに煽られている携帯電話大手3社にとっては「悪夢」としか言いようのない組み合わせである。

 3月12日、楽天グループは「第三者割当増資で約2400億円を調達する」と発表した。出資するのは日本郵政グループ、中国ネット大手のテンセント・ホールディングス、米小売大手のウォルマートと、個人としての三木谷浩史楽天グループ会長兼社長。最大の引き受け先は1500億円を出資する日本郵政だ。

 楽天と日本郵政は2020年12月に物流分野で協業を進める業務提携を結んだが、今回、協業の範囲を携帯電話事業やDX(デジタルトランスフォーメーション)などに広げ、楽天からの申し出により、日本郵政が楽天の発行済株式の約8%を保有する大株主になることで、両社の関係をより強固にすることでも合意した。

販売拠点は大手3社の10倍に

 この日、東京・大手町で開かれた記者会見には三木谷、日本郵政グループ社長の増田寛也らが出席した。全国に2万4000局の郵便局を持ち、ゆうちょ銀行には1億2000万の口座を持つ――リアルの世界では強固なビジネス基盤を持つ日本郵政だが、デジタル化の進展で年賀状など郵便の配達件数が激減し、リアルの資産は重荷にすらなっていた。楽天との提携は価値を喪失しつつあるこれらリアルの資産をDXで蘇らせる可能性がある。増田は記者会見で楽天を「最高のパートナー」と呼んだ。

 しかし、この提携でより大きなメリットを手にするのは楽天だ。2020年春に自前の通信回線を持つMNO(移動体通信事業者)として携帯電話に参入した楽天は、参入から1年で当面の目標である300万件加入を達成した。5G(第5世代移動通信システム)時代の挑戦者として注目を集める一方で、その大半はインターネットを介した契約であり、実店舗での手続きは極めて少ない。なぜなら楽天モバイルの実店舗は全国に約600店しかないからだ。大手3社の実店舗はそれぞれ2000店舗を超えている。

 だが冒頭に書いたように、今後は資本業務提携を結んだ日本郵政傘下の全国2万4000店舗で販促ができるようになる。三木谷が「最も古いビジネスの一つである日本郵政と、1997年に生まれたネット・ベンチャーの歴史的な提携」と呼ぶ今回の組み合わせによって、楽天モバイルは大手3社の10倍のリアルな販売拠点を手に入れた。

 日本郵政の資産は郵便局だけではない。全国に張り巡らせた強固な物流網も、数年前の「宅配クライシス」で苦労した楽天にとっては大きな魅力だ。流通総額4兆5000億円超の大半を占める楽天市場の巨大な物流を支えるため、三木谷は2018年に「ワンデリバリー構想」をぶち上げ、約2000億円をかけて宅配大手だけに依存しない自前の物流網の構築に乗り出した。日本郵政の物流網はAI(人工知能)を活用した自動化などの面では立ち遅れているかもしれないが、物流ではまず「実際に荷物を置くスペースがあること」が大事だ。リアルなスペースさえあれば、そこにロボットを持ち込んで効率を上げていくのはそれほど難しいことでない。アマゾン・ドット・コムとの激烈な物流競争においても日本郵政との提携は大きな意味を持つ。

 楽天は2020年12月期決算で1142億円の最終赤字を計上した。コロナ禍の巣ごもり消費で主力の楽天市場は絶好調で、モバイルと物流への巨額投資を敢行したことによる「健全な赤字」だが、財務にこれまで以上の負荷がかかっている面は否めない。第三者割当増資で2400億円の資金を調達できたことは、財務面の不安材料を消す意味もある。

 2400億円の使い道について、三木谷は会見でこう語った。

「今、世界はトランスフォーメーションの真っ只中にあり、この5年で世の中は根本的に変わるだろう。(その変化の波をとらえるため)物流、モバイル、AIなどに積極的に投資していく。物流へのAI導入などでは(出資した)日本郵政さんにかなり貢献できると思う」

ウォルマートとのタッグの狙いはアマゾンか?

 国内では日本郵政との提携に注目が集まりがちだが、見逃せないのが、テンセントとウォルマートによる出資である。出資額はテンセントが約657億円、ウォルマートが約166億円。

 テンセントは中国最大のSNS「ウィー・チャット」を運営し、ゲームソフトやフィンテックでも世界有数の規模を持つ。ウォルマートは言わずと知れた世界最大の小売会社であり、ネットスーパーなど「小売のDX」で、あのアマゾンと互角の戦いを繰り広げている。株式時価総額で言えば世界6位(テンセント)と世界17位(ウォルマート)が楽天をパートナーに選んだことになる。

 楽天はすでにウォルマート傘下の西友とネットスーパーを展開しており、2020年12月には米投資ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)と組んで西友を事実上、買収した。今回、ウォルマート本体が楽天に出資したことにより、両社が米国でタッグを組み、アマゾンに対抗していく道筋も見えてきた。

「プラットフォーマー」と呼ばれるGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)のビジネスが強大だが、原則としてはネットの中に閉じていた。これからは、ネットスーパーや車の自動運転のように、ネットとリアルが融合して新しい価値を生み出していくフェーズに入る。その意味では日本郵政のようにリアルの資産を持つ古い企業にもデジタルに飛び移る「ワン・チャンス」が巡ってきた。放っておけばハガキ消滅とともに役割を失うはずの日本郵政は、ギリギリのタイミングで次世代プラットフォームの一角にしがみつく可能性を手に入れたのかもしれない。

 今回の資本業務提携は楽天を軸に、日米中の巨大企業がネットとリアルを融合した新しいプラットフォームの構築に動き出した第一歩と見ることもできる。(文中敬称略)

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執筆者プロフィール
大西康之(おおにしやすゆき) 経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に『GAFAMvs.中国Big4 デジタルキングダムを制するのは誰か?』(文藝春秋)、『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)、『東芝解体 電機メーカーが消える日』 (講談社現代新書)、『稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生』(日本経済新聞社)、『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』(新潮文庫) 、『流山がすごい』(新潮新書)などがある。
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