「無謀な携帯参入」と言われて4年、それでも楽天と三木谷浩史を推す理由

執筆者:大西康之 2023年11月12日
エリア: アジア
縮み続ける日本経済が転換するには企業のリスクテイクが不可欠[国内投資拡大のための官民連携フォーラムに出席する(左から)経済同友会の新浪剛史代表幹事、新経済連盟の三木谷浩史代表理事、全国銀行協会の加藤勝彦会長=2023年10月4日、首相官邸]

 2018年の楽天モバイル設立、20年の携帯サービス本格参入から現在に至るまで、楽天グループは「無謀な携帯参入さえなければ優良企業」との評価に晒されてきた。基地局建設には膨大な設備投資が必要であり、契約件数の伸びに比して急ピッチで膨らみ続ける有利子負債は確かに懸念すべき問題だが、それでも楽天グループとその代表取締役会長兼社長・三木谷浩史氏は日本が負のスパイラルから抜け出すために不可欠なロールモデルだと、『最後の海賊 楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』(小学館)を上梓した大西康之氏は強調する。なぜか。4年以上にわたる取材をもとに、その挑戦する力の源泉に迫る。

「楽天グループ最終赤字1399億円 1~6月、携帯事業重荷」(日本経済新聞8月10日付朝刊)

「楽天解体寸前」(週刊ダイヤモンド8月5日号)

 今年の夏まで、新聞、雑誌、ネットメディアでは「楽天、経営危機説」が盛んに喧伝されてきた。増え続ける設備投資となかなか増えない契約件数。その結果としての2022年12月期まで4年連続の最終赤字と、25年までに控える8000億円規模の社債償還。株価の下落。こうした数字が「危機説」に現実味を与えた。

 筆者は23年8月末『最後の海賊 楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』(小学館)という本を出したが、多くの人々から「楽天ってヤバいんでしょ。こんな本書いて大丈夫?」と心配された。

 だが楽天モバイルを4年以上にわたって追いかけてきた筆者には「このプロジェクトはうまくいく」という確信があった。

「携帯の仮想化」を実現

 まず技術的な裏付けだ。楽天モバイルが採用している携帯ネットワークの「完全仮想化」はこれまで、ITのあらゆる分野で実現してきたことの延長線上にある。

 一番わかりやすいのはワープロである。最初に登場したワープロはキーボードで入力した文字を日本語に変換し、それを印字する「ハードウエア」だった。だがハードのワープロは絶滅し、今、我々が使っているのはマイクロソフトの「ワード」やジャストシステムの「一太郎」といったソフトウエアだ。それを動かす機器はパソコンでもスマホでも構わない。無料のワープロソフトも数多く出回っている。このような、ハードからソフトに置き換わる現象を「仮想化」と言う。

 楽天モバイルの完全仮想化は、インド最大の携帯電話会社、リライアンス・ジオ・インフォコムで仮想化に取り組んでいたタレック・アミン氏という天才エンジニアと、三木谷社長の出会いから始まった。通信業界では技術を知る人間ほど「携帯の仮想化はまだ無理」と言っていたが、楽天モバイルはこの仕組みで現実に動いている。

 筆者が楽天モバイルの成功を確信したもう一つの理由は、三木谷浩史という経営者の驚くべき「諦めの悪さ」である。三木谷氏を近くで取材するようになって10年以上になるが、これほど諦めの悪い経営者を他に知らない。座右の銘は「Get Thigs Done(やりきれ)」。かつての側近はこんなエピソードを教えてくれた。

「ある日、三木谷さんが真顔で言ったんです。『どんな事業でも俺たちは絶対に負けない』と。『なぜですか』と尋ねるとこんな答えが返ってきました。『勝つまでやめないからだ』」

 三木谷氏の経営の真骨頂は事業を細部まで理解し、どんどん口を出す超マイクロマネジメントと、何度失敗してもやり直す粘着質にある。そんな三木谷氏に携帯電話事業は「向いている」と思った。電波の繋がらない場所を見つけて一本ずつアンテナを立てていく。アンテナを立てる場所がなければビルのオーナーと粘り強く交渉する。

 ある通信の専門家は「携帯電話事業というのはつまるところ、全国で基地局を立てる土地を探す不動産業なんですよ。IT企業の経営者にできる仕事ではない」と言った。しかし四半世紀前、三木谷氏はまだ海のものとも山のものとも知れぬ楽天市場に出店してくれる中小企業を探すため、靴底を減らして全国を駆け回った。会う前に駆け足をしてワイシャツを汗びっしょりにして、相手に「大変そうだねえ」と言わせるようなベタな商売から楽天は始まった。楽天という会社の本来の気質は、ITより不動産の方が向いているくらいだ。

「KDDIとの新ローミング契約」と「プラチナバンド」の追い風

 そして秋の訪れとともに楽天モバイルを取り巻く風向きが変わり始めた。

 節目となったファクトは二つだ。一つ目は8月末に公表された楽天モバイルの契約数「500万件」突破。もう一つは10月23日に発表された「プラチナバンド」の獲得だ。

「プラチナバンド」とは700MHzから900MHzを中心とする電波帯域の通称だ。この帯域の電波は障害物を回折(回り込むこと)する性質があり、地下の奥まった場所にも到達しやすい。NTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクの3社はすでにこのプラチナバンドを持っているが、楽天モバイルに割り当てられたのは1.7GHz帯という高い周波数帯だけであり、これが「楽天モバイルはつながりにくい」と言われる原因だった。

 今回、楽天モバイルに割り当てられたプラチナバンドは上り3MHz、下り3MHzの計6MHz。先行3社がそれぞれ保有する計20MHzに比べると帯域が狭い。このため「楽天モバイルのプラチナバンドは使い物にならない」と言われることもあるが、帯域の広い狭いは通信容量の問題であり、つながりやすさの問題ではない。

「6MHzあれば1300万件まではカバーできる」(楽天モバイル関係者)としており、契約件数がさらに増えた場合には「新たなプラチナバンドの利用を総務省に申請する」と言う。

 プラチナバンド獲得の際、楽天モバイルは設備投資を終えてプラチナバンドのサービスを始める時期を「2026年」としたが、これはかなり保守的な見積もりで「実際には24年中に一部で利用可能になる」(同)と言う。

 電波に関してはもう一つ、大きな進展がある。楽天モバイルが4月にKDDIと結んだ「新ローミング契約」だ。20年に携帯電話事業に本格参入した時、基地局の建設が間に合わないので、自前の電波が届かないところではKDDIの回線を使わせてもらうローミング契約を結んだ。

 この時はKDDIの回線に頼らないと日本全国をカバーできない状態だったので、ローミング料はKDDI側の言い値、相場よりかなり割高に設定された。しかも楽天モバイルの売りは「データ使い放題」だったのに、KDDIの電波については上限規制が設けられ、楽天の電波が届かないところでしばらく使っていると、すぐギガが天井に当たってしまった。おまけに東京、名古屋、大阪というトラフィックが多い地域は対象外とされ、「つながりにくい問題」の原因になった。

 新ローミング契約を結んだ23年6月時点では、自前回線の人口カバー率が98%を超えた楽天モバイルが優位に立ち、ローミング料金は大幅に下がった。しかも東名阪のKDDI回線(プラチナバンドを含む)が使えるようになり、上限規制もなくなった。

 KDDI側の準備の問題で東名阪の全ての場所でKDDIのプラチナバンドが使える状況には至っていないが、「すでに一部は開通しており、年明けには利用者につながりやすくなったと実感してもらえるはず」(楽天モバイル関係者)という。

 つまり楽天モバイルの「つながりにくい問題」は自前のプラチナバンドがオン・サービスになる24年末を待たず、24年のアタマからKDDIとの新ローミング契約が実行されることにより、ほぼ解決する見通しなのだ。

 するとどうなるか。楽天モバイルのつながりやすさは先行3社と「ほぼ同等」になり、データ使い放題プランの料金は月々3278円(税込)。先行3社の「使い放題プラン」は月々7000円台前半。通信品質が同じなら、利用者は料金半分の楽天モバイルに流れると見るべきだろう。

資産を溜め込むことは「面白くない」

 楽天モバイルがここまで来る道のりは平坦ではなかった。9万局からの基地局で全国を網羅する自前の通信ネットワークを構築しようというのだから、当然、最初は巨額の赤字を垂れ流すことになる。

 参入以来、毎年の設備投資は3000億円を超え、4年連続で最終赤字に沈んだ。2022年12月期の連結決算は、最終損益で3728億円の赤字と過去最悪だった。

 有利子負債は1兆8000億円まで膨れ上がり、2024年、25年の2年間に控える社債の償還額は8000億円を超える。参入前1200円をつけていた株価は600円を割り込むところまで下落した。

 しかし12月期決算がまとまった2月頃、三木谷氏は筆者との単独インタビューでふとこう漏らした。

「一番きついところは乗り切ったかな」

 株式時価総額がピークの半分の1兆2000億円まで目減りしたことの感想を尋ねると、三木谷氏はこう言った。

「確かに、株主さんには申し訳ないと思っている。でも信じて待ってくれれば、必ず上がる自信はあるし、個人的にITバブル崩壊の時に(時価総額)500億円を経験しているから、それほどの悲愴感はない」

 それでも市場関係者や通信業界からは「楽天は携帯に参入すべきではなかった」という声が根強くある。

 論拠の一つは「無謀な携帯参入さえなければ、楽天は優良企業だった」というものだ。

 確かに国内流通総額6兆円に迫る「楽天市場」に代表されるインターネットサービス部門は年間800億円近く、発行枚数3000万枚に迫る「楽天カード」を筆頭にしたフィンテック部門は年間1000億円近くの営業利益を叩き出し、しかもほとんどのサービスが年率10〜30%という凄まじい勢いで成長している。

 余計なことをせず、じっくり腰を据えていれば楽天グループは間違いなく優良企業であり、株価も上昇していたことだろう。

 だがそういう類の質問をすると三木谷氏は真顔で言う。

「それの何が面白いの?」

 資産を溜め込み、子供世代に財産を残そうなどとは微塵も考えていない。三木谷氏は筆者と同じ1965年生まれの58歳だが、考えているのは「リタイアするまでにあといくつ事業を立ち上げ、どれだけ世界を変えられるか」だ。

 取材というかプライベートに近い場面でこんなつぶやきも聞いたことがある。

「ジェフ(・ベゾス=アマゾン・ドットコム創業者)もラリー(・ペイジ=グーグル共同創業者)もみんな一線から引いちゃった。残ったのは俺とイーロン(・マスク=テスラ、スペースXの実質的創業者で、X=旧ツイッターのオーナー)くらいか」

 マスク氏の評伝は日本でも売れているらしいが、これを読むと、三木谷氏とマスク氏が同じタイプの経営者であることがわかる。一つの事業が成功してもそこで満足できない。次の課題を見つけ、そこに全財産を注ぎ込んで新しい事業を立ち上げる。いわゆる「リスク中毒」である。

「人類を火星に送る」宇宙開発と、「脱化石燃料」を一気に進めるエネルギー産業の革新と、「民主主義を守る」ためのネット上の自由な言論空間の確保。マスク氏はそんな途方もない使命感に駆られてリスクを取り続けている。

 三木谷氏の使命感は「ネットの力で地域経済を活性化する」ことであり、通信産業の創造的破壊により「携帯電話を民主化する」ことである。

 リスク中毒の二人に対する、それぞれの国の反応は対照的だ。マスク氏の経営する会社で上場企業はテスラだけだが、それだけで株式時価総額は100兆円を超えている。スペースXが3度の爆発事故を経て4度目で打ち上げに成功した2008年、米航空宇宙局(NASA)は即座に1600億円のロケット打ち上げ契約を結んだ。

 米国社会においてマスク氏は間違いなく「ヒーロー」である。

 三木谷氏は日本でそこまで評価されていない。むしろ「なんかエリートっぽくて嫌い」といった「アンチ三木谷」の論調が根強く残っている。だが、自らが一代で築いた富のほとんどを注ぎ込み、1兆円ものリスクをとって新規事業(携帯電話)に打って出るような経営者が、この国の中で他にいるだろうか。

企業が動かなければ国が縮む

 日本経済が縮んでいる。

 岸田政権は口を開けば「賃上げ」と大企業を煽り、業績が回復してきた企業も一定の賃上げには応じる構えだ。再分配が広がれば消費の刺激が期待できる。だが、それも長続きはしないだろう。何せ、資本主義経済の中で唯一のプロフィットセンター(利益を生み出す部門)である企業の経営がすっかり縮こまっているからだ。

 財務省が9月に発表した4〜6月期の法人企業統計によると、全産業の経常利益は前年同期比11.6%増の31兆6061億円だった。統計上、さかのぼることができる1954年4〜6月以降で過去最高だ。

 ところが、である。全産業(金融・保険業を除く)の季節調整済みの設備投資は前期比で1.2%減だった。特に非製造業の減少が目立つ。儲かっているのに使わないのだから、お金は貯まる。

 2022年度の大企業(資本金10億円以上、金融・保険業含む)の内部留保は511.4兆円と年度調査としては過去最高を更新した。前年度の484.3兆円から27.1兆円(5.6%)のジャンプアップである。内部留保とは勘定科目の「利益剰余金」のことである。「いざという時のため」に過去の利益をがっちり溜め込んでいるのだ。

「儲かるけれど、使わない」

 唯一のプロフィットセンターである企業がこれでは、日本経済は縮む一方である。研究開発や新規事業への挑戦を諦め、同業種間での競争を避け、巣穴にこもってひたすらじっとしている。企業がこうした行動を続ける限り、その国の経済は成長しない。2023年の日本の名目GDP(国内総生産)は4.2兆ドルで、4.4兆ドルのドイツに抜かれ世界4位に転落する見通しだ。26年にはインドにも抜かれ5位転落が危ぶまれている。

 局面を変えられるのは、恐れずリスクを取る三木谷氏のような経営者だ。数年後、楽天モバイルの契約が1000万件を超えてくれば、世間の三木谷氏を見る目も変わってくるだろう。その三木谷氏がロールモデルとなり、次の世代から新たなリスクテイカーが続々と現れる。そんな循環を作り、日本を「官僚国家」から荒々しい「海賊国家」に変えない限り、この国は衰退のスパイラルから抜け出せそうにない。

◎大西康之(おおにし・やすゆき)

経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に『GAFAMvs.中国Big4 デジタルキングダムを制するのは誰か?』(文藝春秋)、『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)、『東芝解体 電機メーカーが消える日』 (講談社現代新書)、『稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生』(日本経済新聞社)、『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』(新潮文庫) 、『流山がすごい』(新潮新書)、『最後の海賊 楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』(小学館)などがある。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
大西康之(おおにしやすゆき) 経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に『GAFAMvs.中国Big4 デジタルキングダムを制するのは誰か?』(文藝春秋)、『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)、『東芝解体 電機メーカーが消える日』 (講談社現代新書)、『稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生』(日本経済新聞社)、『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』(新潮文庫) 、『流山がすごい』(新潮新書)などがある。
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