ソウル打令2021
ソウル打令2021 (3)

抜け出せなくなる「ロケット配送」

執筆者:平井久志 2021年6月13日
タグ: 韓国
エリア: アジア
ゴミ収集の日、アパートの各家庭から出された段ボールの山。箱の中には折りたたんだ段ボールがぎっしりと詰まっている(筆者撮影)

 

 韓国で14年ぶりに生活をしてみると、いろいろな変化を感じます。

 その1つが宅配の発達です。とにかく速いのです。急成長しているEコマース「クーパン」の「ロケット配送」の場合、ホームページには夜の12時までに注文すれば、次の日に届くとなっていますが、実際は、夜に注文をすると次の日の朝には届いていることが多いのです。

 速いから生鮮食料品の配達もOKです。深夜の交通量の少ない時間帯に配達してしまうというやり方なのですが、寝る前に注文しておくと出勤する前に届くというサービスは、慣れてしまうと抜け出せなくなってしまいます。

ソフトバンクの黒字も「ロケット配送」で

 韓国では「クーパン」、「SSG」、「マーケットカーリー」といった各Eコマースが、この「ロケット配送」で激しい生存競争を繰り広げています。

 電子取引で世界トップの米「アマゾン」はこの熾烈な競争に基盤なしで飛び込んでは勝てないと判断したのか、SKグループ系列の電子商取引企業「11番地」の株式30%を取得して韓国市場に参入しようとしていますが、成功するでしょうか。

 韓国の昨年のオンラインショッピング取引額は約161兆ウォン(約16兆1000億円)でしたが、2025年には270兆ウォン(約27兆円)に成長するとみられています。

 ソフトバンクグループは2021年3月期の決算で、トヨタの2倍を超す4兆9879億円の黒字を出し、話題になりました。ところが実は、この黒字のうちのかなりの額が、「クーパン」がはじき出したものなのです。

 ソフトバンクグループの投資ファンド「ソフトバンク・ビジョン・ファンド・エルピー」は、2015年と2018年に計30億ドルを「クーパン」に投資し、株式の38%を獲得しました。その「クーパン」は、今年3月にニューヨーク証券取引場に上場、ソフトバンクの持ち株の時価は約2兆6000億円になりました。株価はその後下げましたが、大化けしたことに変わりはありません。「クーパン」は韓国では毎年大赤字を出しながらも、次第に流通企業としての基盤を築きつつあるのです。

 日本では我が家は、自転車で近くのスーパーに出向いて買い物という、何とも旧式のスタイルでした。ビールや飲料水のような日持ちのする重いものだけは、持ち帰りが大変なのでネットショッピングを利用していました。

 だが韓国では、生鮮食料品を含んだほとんどのものがネット通販で買えるのです。まあ、ネギとかほうれん草までネットというわけにはいかないですが、果物などはネットで注文です。特にスイカなどは重いので、ネット購入がありがたい。

「楽」ではあるけれどトラブルも

 生鮮食料品までネット通販で買えるとなると、スーパーもこれに対抗しなくてはなりません。現在住んでいるアパートから歩いて5、6分のところにある「ロッテマート」では、3万ウォン(約3000円)以上の買い物をすると宅配してくれます。会計を済ませた後で、スーパーに用意してある段ボールに買った品物を自分で箱詰めして渡すと、少し後で自宅まで届けてくれるのです。

 韓国は「アパート共和国」と言われるほど、アパート(日本のマンション)居住者が多くいます。そのアパートの構造が日本と少し違う点も、宅配に影響を与えています。日本のマンションは部屋の前に共通の廊下がある構造が一般的ですが、韓国では、各階の1号室と2号室が1つのエレベーターを、3号室と4号室が1つのエレベーターを使うという構造なのです。注文の時に「玄関前」と指定すると、ドアの前に荷物を置いてくれますが、部屋の前まで不審者が入ってくる可能性は低く、あまり問題が生じることはありません。 

 しかし、問題がないわけではありません。それは宅配労働者の労働過重です。新型コロナウイルスの影響で通販利用者が増えている上に、夜中まで配達をする宅配労働者の負担は凄まじいものがあります。

 そのせいか、韓国メディアでは、宅配労働者の過労死や突然死がよく報じられています。今後は労働条件などの整備が問題になってくるでしょう。消費者の「楽」の背後には、宅配労働者の「地獄」がへばりついているのが現実ですが、消費者は「楽」を覚えて離れられなくなっているのです。

 また、トラブルも生まれています。ある大規模アパートで、子供たちの安全のためにと宅配車両の敷地内乗り入れを禁止したのです。宅配労働者側はこれに抗議して、大型アパートの入口に荷物を置き、住民が自分で勝手に持って行ってくれ、という対抗策に出て、アパートの入口は段ボ-ルの山と化してしまいました。

 韓国では最近「車のないアパート団地」を売り物に、敷地内を公園のようにする団地が生まれていますが、こういうところでこうしたトラブルが多いようです。

 もう1つは、段ボ-ルなどゴミの大量発生です。宅配では商品が傷ついてはいけないと段ボ-ルや発泡スチロールを大量に使うため、ゴミが増えます。筆者のアパートでも、週に1回のゴミ収集日は使用済み段ボ-ルの山になっています。

「クーパン」は、同社のアプリを使った配達サービスの実験を、6月から東京都品川区で始めたとのことです。同社の「ロケット配送」とデリバリーサービスの「クーパン・イーツ」を組み合わせたサービスのようですが、実際にどういうサービスになるのかはまだよく分かっていません。

 わが家は日本に帰国後、自転車でスーパーに行けるのでしょうか? 「楽」を覚えた妻のネット通販依存度は高まりそうですが、日本社会で、生鮮食料品まで含んだネット通販が根を下ろすのでしょうか。韓国は良しにつけ悪しきにつけ、変化の早い“ダイナミック・コリア”なのです。

 

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執筆者プロフィール
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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