「ふつうの自治体」の熱意が生んだ「すごい困窮者支援」

篠原匡『誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課』(朝日新聞出版)

執筆者:白波瀬達也 2022年8月28日
カテゴリ: カルチャー
エリア: アジア
 

 本書は困窮者支援をテーマにしたルポだ。困窮者の生きづらさを取り上げた本は割と多いが、本書は支援者に肉薄している点がユニークだ。そもそも困窮者支援と聞いて、その対象者をイメージできるだろうか。「困窮者とは生活保護を利用する人々だ」と考える人が多いかもしれない。しかし、この制度に包摂されていない困窮者は少なくない。長期間引きこもっているため親亡き後の生活が見通せない者、幼い子どもを抱える一人親など、困窮の背景は様々だ。また、障がいがあっても障がい者福祉制度に包摂されないケースがある。軽度障がい者やグレーゾーンと呼ばれる人々が典型だ。このように「制度の狭間」でもがく人々は存外に多い。こうした人々に社会はどう対応すればいいのか。本書はそのヒントを座間市の取り組みに見出す。

 座間市は神奈川県の中央部に位置する。交通の便が良く、高度経済成長期に東京や横浜のベッドタウンとして発展した。同市の生活保護率は令和3年11月時点で1.8% 。全国平均とほとんど変わらない「ふつうの自治体」だ。しかし、困窮者支援の取り組みはふつうではない。困窮者の相談を退ける「水際作戦」が各地で散見されるが、座間市は「断らない相談支援」を真正面に掲げているからだ。同市では困窮者支援を展開するにあたり、役所外の組織との協働を重視する。役所が持つ資源には限りがあり、複雑な課題の解決には外部連携が不可欠だからだ。

 座間市生活援護課と連携する外部団体のネットワークは「チーム座間」と呼ばれる。チーム座間を構成する諸団体は就労支援、食糧支援、居住支援など多岐にわたる活動をすることで「制度の狭間」に対応している。例えば仕事のブランクが長く、フルタイムで働けないケースであれば、その人のできることを見極め、関係機関との連携によって雇用の場を提供する。本書にはこのような柔軟な取り組みによって困りごとが解決するエピソードがちりばめられている。

 なぜ座間市の困窮者支援がうまくいくのか。その理由の一つとして考えられるのが「水平的な公民連携」である。こんにち行政と民間団体の連携は珍しいものではないが、それらは垂直的な関係に陥りがちだ。分かりやすく言えば民間団体が「行政の下請け」かのような錯覚だ 。座間市ではこうした感覚が希薄であり、対等な関係で協働が展開されていることが推察される。真剣に困窮者に向き合おうと思った時に、行政の力だけではとても対応できない。このような行政側の無力感が民間団体に対する敬意を生み出しているのだろう。座間市生活援護課の課長が初職から役人畑を歩んできた人ではなく、民間団体でソーシャルワークを担ってきた人物だったことも「水平的な公民連携」が展開できている要因だと考えられる。

 本書を読むと困窮者支援の創造性の高さと奥深さに気付かされる。何より「役所仕事」の固定観念が揺さぶられる。座間市の困窮者支援は杓子定規の真逆だからだ。もちろん「断らない相談支援」が常に良い結果を生み出すわけではない。「三歩進んで二歩下がる」という言葉が示すように、実際の支援現場は困難や葛藤の連続だ。そんな泥臭い様子も本書は活写している。

 本書に通底するメッセージは「複雑な課題解決は単独ではできない」ということだ。組織の壁を越えて同志を募り、課題を乗り越えていく過程の記述が秀逸だ。やはりそこには少しでもマシな状況を作り出そうと奮闘する人々がいた。別の言い方をすれば、制度や仕組みだけが存在しても、それを動かす人々に熱意と創意工夫がなければ課題は置き去りにされてしまう。繰り返しになるが、座間市は「ふつうの自治体」だ。そこに希望がある。

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執筆者プロフィール
白波瀬達也(しらはせたつや) 1979年生まれ。関西学院大学人間福祉学部教授。社会学・社会福祉学の立場からホームレス支援・生活困窮者支援の研究をおこなっている。著書に『宗教の社会貢献を問い直す ーホームレス支援の現場から』(ナカニシヤ出版)、『貧困と地域 ーあいりん地区から見る高齢化と孤立死』(中央公論新社)。共著に『釜ヶ崎のススメ』(洛北出版)など。
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