【再掲】低迷する「カマラ・ハリス」はバイデン「アイデンティティ政治」失敗の象徴か

執筆者:三牧聖子 2024年7月22日
エリア: 北米
カマラ・ハリス副大統領“低迷”の責は、本人のみならずバイデン政権も負うべきなのかもしれない (C)EPA=時事
バイデン大統領が秋の大統領選挙での再選を断念し、後継候補としてカマラ・ハリス副大統領が有力視される。しかし、副大統領就任時こそ熱い注目を浴びながら、ハリス批判は社会変革に期待していたリベラル層や若い世代にも広がった。その背景を多角的に読み解く。【この記事は2022年2月9日付の再掲載です】

 

※この記事は2022年2月9日付の再掲載です

 米連邦最高裁判所スティーブン・ブライヤー判事(83)が今夏に引退する意向を固めた。ジョー・バイデン米大統領は、後任に黒人女性を指名する意向を示している。

 米国憲法は、連邦最高裁の判事は大統領が指名し、上院が承認すると定める。ブライヤーは最高裁判事9人のうち、3人いるリベラル派判事のひとりだが、今年11月の中間選挙で共和党が上院の多数派を奪還する可能性もささやかれており、その前の引退を求める声が高まっていた。バイデンにとっては、政権の支持率が低迷する中、中間選挙に向けてリベラル層の支持を取り戻すねらいもある。

黒人女性判事指名は「アイデンティティ政治」か

 黒人女性の最高裁判事の指名は、2020年大統領選のときからバイデンが公約にしてきたことだ。大統領予備選でバイデンは、

「自分が大統領になったら黒人女性を初めて最高裁判事に指名する」

「女性の副大統領を指名する」

 と約束し、まずはカマラ・ハリスを黒人女性として初めての副大統領候補に指名した。

 これまで最高裁判事を務めた115人のうち、7人を除いてすべて白人男性である。有色人種の女性最高裁判事には現役でヒスパニック系のソニア・ソトマイヨール判事がおり、黒人男性判事としてはやはり現役のクラレンス・トマス判事を含む2名がいるが、黒人女性の最高裁判事はこれまで1人もいない。

 進歩主義的な団体は、黒人女性の最高裁判事の誕生は、アメリカの民主主義を前進させることだとして、バイデンの意向を歓迎している。進歩的な裁判所改革団体「Demand Justice」は、連邦最高裁への黒人女性の任用を目指す「She Will Rise」キャンペーンを推進してきた。「She Will Rise」というキャンペーン名は、アメリカの黒人女性作家、詩人、公民権活動家で、このたび25セント硬貨の新しい顔となったマヤ・アンジェロウの詩にちなんだ名前である。キャンペーンの意義について、同団体は次のように語る。これまで連邦最高裁判事のほとんどを白人男性が占め、彼らの経験や視点が、法律や政策を基礎づける道徳心を独占的に決定づけてきたが、今後は、黒人女性のユニークな経験や視点が代表される必要があるのだ、と1

 しかし、バイデンの指名方針は、共和党議員や保守系メディアからは猛反発を受けている。テッド・クルーズ上院議員は、黒人女性は人口の数%ほどであることを考えると、バイデンの方針は、9割以上の米国民に予め「不適格」の烙印を押すものであり、黒人女性に対しても、あなたたちが有能であるからではなく、人種と性別を理由に選ぶのだと侮辱するものだと不快感を露わにした2

『FOXニュース』の人気司会者タッカー・カールソンも、バイデンは最高裁判事候補としての資格やその司法哲学については言及せず、黒人で女性であるということにしか関心を寄せていない、「彼にとってはそれがすべてなのだから」と痛烈に批判した。そして、黒人女性が最高裁で代表されるべきだというのなら、アジア・太平洋諸島系アメリカ人や先住民はどうなのか、クイア(セクシャル・マイノリティ)の判事も必要ではないかと揶揄し、多様な属性を持つはずの人間を、人種やジェンダーなどの1つの属性に還元し、そうした属性を共有する人々の集団的利益を追求する「アイデンティティ政治」は、「部族間の戦争」に終わるのみだと糾弾した3

 民主党はバイデンの指名方針に概ね賛同しているが、異論がないわけではない。2020年の大統領選で民主党の候補者指名レースにも参戦したトゥルシー・ギャバード前下院議員は、資質ではなく、人種やジェンダーに基づいて高官を登用するバイデンのやり方は、有害な「アイデンティティ政治」に他ならず、「国家を破壊するものだ」と公然と批判している4

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
三牧聖子(みまきせいこ) 同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科准教授。国際関係論、外交史、平和研究、アメリカ研究。東京大学教養学部卒、同大大学院総合文化研究科で博士号取得(学術)。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学助手、米国ハーバード大学、ジョンズホプキンズ大学研究員、高崎経済大学准教授等を経て2022年より現職。2019年より『朝日新聞』論壇委員も務める。著書に『戦争違法化運動の時代-「危機の20年」のアメリカ国際関係思想』(名古屋大学出版会、2014年、アメリカ学会清水博賞)、『私たちが声を上げるとき アメリカを変えた10の問い』(集英社新書)、『日本は本当に戦争に備えるのですか?:虚構の「有事」と真のリスク』(大月書店)、『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書) など、共訳・解説に『リベラリズムー失われた歴史と現在』(ヘレナ・ローゼンブラット著、青土社)。
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