※この記事は2022年2月9日付の再掲載です
米連邦最高裁判所スティーブン・ブライヤー判事(83)が今夏に引退する意向を固めた。ジョー・バイデン米大統領は、後任に黒人女性を指名する意向を示している。
米国憲法は、連邦最高裁の判事は大統領が指名し、上院が承認すると定める。ブライヤーは最高裁判事9人のうち、3人いるリベラル派判事のひとりだが、今年11月の中間選挙で共和党が上院の多数派を奪還する可能性もささやかれており、その前の引退を求める声が高まっていた。バイデンにとっては、政権の支持率が低迷する中、中間選挙に向けてリベラル層の支持を取り戻すねらいもある。
黒人女性判事指名は「アイデンティティ政治」か
黒人女性の最高裁判事の指名は、2020年大統領選のときからバイデンが公約にしてきたことだ。大統領予備選でバイデンは、
「自分が大統領になったら黒人女性を初めて最高裁判事に指名する」
「女性の副大統領を指名する」
と約束し、まずはカマラ・ハリスを黒人女性として初めての副大統領候補に指名した。
これまで最高裁判事を務めた115人のうち、7人を除いてすべて白人男性である。有色人種の女性最高裁判事には現役でヒスパニック系のソニア・ソトマイヨール判事がおり、黒人男性判事としてはやはり現役のクラレンス・トマス判事を含む2名がいるが、黒人女性の最高裁判事はこれまで1人もいない。
進歩主義的な団体は、黒人女性の最高裁判事の誕生は、アメリカの民主主義を前進させることだとして、バイデンの意向を歓迎している。進歩的な裁判所改革団体「Demand Justice」は、連邦最高裁への黒人女性の任用を目指す「She Will Rise」キャンペーンを推進してきた。「She Will Rise」というキャンペーン名は、アメリカの黒人女性作家、詩人、公民権活動家で、このたび25セント硬貨の新しい顔となったマヤ・アンジェロウの詩にちなんだ名前である。キャンペーンの意義について、同団体は次のように語る。これまで連邦最高裁判事のほとんどを白人男性が占め、彼らの経験や視点が、法律や政策を基礎づける道徳心を独占的に決定づけてきたが、今後は、黒人女性のユニークな経験や視点が代表される必要があるのだ、と1。
しかし、バイデンの指名方針は、共和党議員や保守系メディアからは猛反発を受けている。テッド・クルーズ上院議員は、黒人女性は人口の数%ほどであることを考えると、バイデンの方針は、9割以上の米国民に予め「不適格」の烙印を押すものであり、黒人女性に対しても、あなたたちが有能であるからではなく、人種と性別を理由に選ぶのだと侮辱するものだと不快感を露わにした2。
『FOXニュース』の人気司会者タッカー・カールソンも、バイデンは最高裁判事候補としての資格やその司法哲学については言及せず、黒人で女性であるということにしか関心を寄せていない、「彼にとってはそれがすべてなのだから」と痛烈に批判した。そして、黒人女性が最高裁で代表されるべきだというのなら、アジア・太平洋諸島系アメリカ人や先住民はどうなのか、クイア(セクシャル・マイノリティ)の判事も必要ではないかと揶揄し、多様な属性を持つはずの人間を、人種やジェンダーなどの1つの属性に還元し、そうした属性を共有する人々の集団的利益を追求する「アイデンティティ政治」は、「部族間の戦争」に終わるのみだと糾弾した3。
民主党はバイデンの指名方針に概ね賛同しているが、異論がないわけではない。2020年の大統領選で民主党の候補者指名レースにも参戦したトゥルシー・ギャバード前下院議員は、資質ではなく、人種やジェンダーに基づいて高官を登用するバイデンのやり方は、有害な「アイデンティティ政治」に他ならず、「国家を破壊するものだ」と公然と批判している4。
「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。