南海トラフ地震の想定死者数32万人とは、東日本大震災の実に16倍である。被害範囲もより広大となるが、2011年よりさらに厳しさを増した安全保障環境の中、自衛隊が災害派遣に割ける人員は東日本大震災より少なくなることが予想される。また、首都直下地震では、環状7号線の内側に暮らす600万人以上が、水と食料の入手さえ困難な状況に陥る可能性が高い。元陸上自衛官で、日本フランチャイズチェーン協会主催の「大規模災害対応共同研究会」で座長を務める中澤剛氏は、巨大地震に際して自分の命を守るには、「公助」の限界を正しく認識し、少なくとも被災後3日間を生き延びるための水・食料等を効率的に備蓄する必要があると訴える。
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2024年8月8日、宮崎県沖で発生し、同県南部で震度6弱を観測したM7.1の地震に際し、気象庁の発表した「巨大地震注意」という言葉に多くの日本人が驚愕した。今後30年以内に70~80%の確率で起こると言われながら、なんとなく先のことと思っていた「南海トラフ地震」を、間近に起きるかもしれない問題として人々が意識した。スーパーや小売店では水や災害グッズが品薄になり、国は「日頃の備えを再確認してください」と注意喚起しながら、実はその言葉が消費者心理を備蓄品の買い急ぎに導くことを痛感した。
幸いなことに、8月17日現在、まだ“その日”は来ていない。人々の気持ちも徐々に落ち着いてきたように見える。しかし、そんなときこそ油断禁物。今のうちに被災後の困難な日々に思いをいたして、十分な備えをしておきたい。
環七の内側では3日間コンビニから商品が消える
今年元日に発生した能登半島地震では道路が寸断され、発災当初、能登半島北部まで十分な物資を届けられなかった。関係者の懸命な努力により、なんとか道を啓き電力を供給しても、なお水道の復旧が遅れ不自由な生活が続いている地域もある。ヘリが着陸できない孤立した集落のために、陸上自衛官が水や食料を大量に背嚢に詰め込み、崩落して車の通れなくなった山道を徒歩で登り下りして届けたことさえあった。
南海トラフ地震が起きるとさらに広範囲、具体的には伊豆半島、紀伊半島、四国のいたる所で、同じように道路寸断が起きると考えて間違いない。能登半島地震よりはるかに多くの集落が、水や食料、電気が届かないまま孤立する。
都会は大丈夫かと言えば、全くそんなことはない。首都直下地震が起きれば、東京の環状7号線(環七)から都心に向かう車両は規制され、おそらくコンビニ・スーパーの配送車両は環七の内側には入れない。発災から3日間は救命救助活動や消火活動が優先されるからである。ビールも惣菜も弁当も近くのコンビニで買えばこと足りると、コンビニを冷蔵庫代わりにしている都会の人は、備蓄をしていなければ真っ先に水不足と食糧難に直面する。環七の内側には、千代田区、中央区、新宿区、文京区、渋谷区、港区、台東区、墨田区、江東区、豊島区、荒川区、世田谷区、目黒区などに600万~700万人(昼間人口)が生活しているが、彼らが利用するスーパーやコンビニに配送車両がものを届けられるのは、救命救助活動の区切りとなる発災72時間後以降となるかもしれない。
停電が続けば、エレベーターが動かない高層マンションの上層階は山奥の一軒家と同じ状況になる。一度階段を下りて水や食料を買い出しに行き、運よく手に入れることができても、重荷を背負ってまた数十階の階段を上ることとなる。
首都直下地震や南海トラフ地震が起きた場合には、広い範囲で交通機関が運行停止となる。国や自治体は各事業所に帰宅制限を呼びかけているが、平日昼間であれば、それでも多くの人々がその日のうちに家路に向かい、幹線道路は人の波で大混雑となるだろう。群衆雪崩により転倒して亡くなったり、落ちてくるガラス片で大怪我を負ったり、火災に巻き込まれて亡くなったりする可能性もある。さらには、群衆が道を塞ぐことによる消防車や救急車の通行妨害も発生しうる。だからこそ、本来は帰宅制限がかかれば職場に留まるのが原則なのだが、守るべき家族への対応を事前に考えていなければ、命の危険を冒して帰路に向かうことになりかねない。
さて、皆さんは、こんな状態でも「きっと誰かが助けてくれる」と思ってはいないだろうか?
「公助」には限界がある
2011年3月11日に発生した東日本大震災は、激震と巨大津波に加え、原子力災害も併発する複合災害だった。
防衛大臣からの災害派遣命令を受けた自衛隊は、総理大臣より10 万人態勢をとれとの指示もあり、陸海空あわせて約10万7000人を被災地に派遣した。自衛隊は爆発後の福島第一原発に、できうる限りの放射能防護処置を施した上でヘリからの空中注水任務に従事した。水素爆発が起こった際は原発に一番近い場所で任務に当たり、その後も長期にわたって被災者の救助捜索や、給水、炊き出し、入浴支援などの生活支援と、誠心誠意、務めを果たした。
だがそもそも、「災害時には自衛隊が助けてくれる」と思っている人々は、陸海空合わせた自衛官総数を正確に知っているだろうか。正解は、陸上自衛隊15万、海上自衛隊4万5000、航空自衛隊4万7000、統合部隊5000の、合計約24万7000人が自衛隊の総勢力であり、予備自衛官もわずか4万8000人しかいない(いずれも概数。しかも上記は定員であり、現状は充足率が約9割なので実数はさらに少ない)。日本と人口規模が近いロシア(約1億4000万人)や、人口約2700万人の北朝鮮がそれぞれ100万人以上の軍隊を保持していることと比較しても、自衛隊の人員は極めて少ない。
東日本大震災における災害派遣人数が10万7000人と聞いて、「なぜ全力(24万7000人)で災害派遣任務にあたらないのか」と考える人もいるかもしれない。一般にはあまり知られていないが、東日本大震災が起こった直後、空自の対領空侵犯任務による緊急発進(スクランブル)は増加した。被災後の日本に対する周辺国の情報収集活動は活発化し、災害派遣に仲間を見送った残りの14万人の自衛官は、最低限の人員で必死に国の防衛に当たっていたのだ。災害派遣は自衛隊法において、自衛隊の「主たる任務」である防衛出動に支障を生じない限度で行う「従たる任務」と規定されている。10万人超という災害派遣人数は、当時の自衛隊にとって限界値だった。
そして、2011年と2024年の日本周辺の国際環境を考察してみると、中国海空軍の著しい増強、北朝鮮による核・ミサイル能力の大幅向上、ロシアのウクライナ侵攻等、現在の日本は東日本大震災当時よりもはるかに厳しい戦略環境下にある。このような状況下で仮に巨大地震が起こったとしても、2011年のように10万人規模の災害派遣を行うことは、防衛体制に穴をあけてしまうことになるので常識的に考えて極めて困難だ。
南海トラフ地震の想定死者数は、東日本大震災の約16倍(約2万人に対し約32万人)。被災範囲も広く被害が大きいが、より小規模な部隊しか派遣できない。「自衛隊がいなくても、警察や消防、その他の国や自治体の機関が助けてくれる」と期待するのも難しいだろう。人手不足はどの公的機関も同じだからだ。基本的に、南海トラフ地震や首都直下地震が今起きれば、公的な救援の手は東日本大震災当時よりもはるかに少なくなる可能性を認識しなくてはならない。
「企業努力」にも限界はある
2018年12月、筆者は陸上自衛隊を定年退官し、株式会社セブン-イレブン・ジャパンに入社した。店頭でのレジ打ち勤務から始まり、コンビニの実態を理解した1年後、社長室でCovid-19対応を行い、そのまま新設のリスクマネジメント室で災害対応を担当した。
入社後に、社長に「大変申し訳ないが売上向上のための知識はない。その代わり企業価値を上げることで会社に貢献したい」と伝えていた筆者は、大規模災害対応のための官民共同研究会を立ち上げた。主催はコンビニ各社を含むフランチャイズビジネス運営企業が加盟する『一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会』で、国の省庁や自治体から参加された皆様に多大なる協力をいただいた。当初の2年間では、首都直下地震への対応策をまとめた。具体的には、避難所のみならず在宅避難者にも水と食料を届けるため、コンビニの配送車も指定公共機関の「緊急通行車両」と認めてもらい、警察庁の尽力により「緊急通行車両確認標章」を申請後直ちに交付できるよう政令も改正していただいた。
そして、2024年1月から共同研究を次のステージ――「南海トラフ地震」対応――に進めようとしていた、まさにその時、能登半島地震が起きた。株式会社セブン-イレブン・ジャパンでは2020年以来、毎年、社長以下で南海トラフ地震や首都直下地震等のシミュレーション演習を繰り返しているが、その演習結果と能登半島地震の教訓から明らかになったのは、コンビニ各社や国・自治体、その他の関係機関がどれだけ頑張っても、発災後3日目までに、もしかしたら1週間後でも、水や食料を届けられない被災地があるということだった。能登半島地震において、セブン-イレブンは1月6日朝までに被災した全店舗を再開させることができたが、それは出店地域の北限が中能登の七尾市だったからであって、珠洲市や輪島市にも出店していたコンビニチェーンは、その後もずっと物資の配送に苦労されていた。
コンビニやスーパーで働く人々は、大規模災害時にも一日でも早く商流を回復し、地域のお客様に水や食料、その他必要な物資を必要な分だけお買い求めいただけるように用意したいと常に考えている。それが社会インフラとして期待される自らの役割であると自覚し、地域社会の役に立てるよう尽力している。
お客様の立場からすれば、「災害時にこそコンビニは店を開けていて、必要なものを買えるようにしておいてほしい」と思われるかもしれない。かつて、筆者もそうだった。
しかし、巨大地震で工場が被災し、停電や断水の状態のままでは、あるいは交通手段が途絶し工場の従業員が出勤できなければ、弁当やおにぎりなどの生産を再開できない。
配送センターも、停電していれば仕分け作業もできないし、道が啓開されていなければ店舗まで配送することもできない。配送が来なければ、コンビニは保有在庫が少ないので、あっという間に棚が空になる。
そして、コンビニオーナーもそこで働く従業員もまた被災者だということを理解してほしい。東日本大震災でも能登半島地震でも、多くの加盟店オーナーは、自らも被災しながら、地域社会のためにと使命感でお店を開けてくださった。
自分の命は自分で守る――ローリングストックの勧め
南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発令されたことで、多くの人が地震への備えを見直し、水や缶詰、非常食、家具の固定具などの防災用品が品薄になるほど売れた。しかしそれは、人々が日頃から「被災時に必要な物資」をまるで備えていないという事実を、逆説的に示したといえるのではないか。
非常食というと、乾パンやアルファ化米など5年以上日持ちする食べ物をイメージする人が多いと思う。だが、被災後1週間、水と乾パン、アルファ化米だけで生き延びることを想像してほしい。贅沢は言えないとはいえ、それはちょっと辛いし不安だと思うあなたにお勧めしたいのが「ローリングストック」だ。普段食べているものを少しだけ多めにストックしておき、食べたらまた買い足す。このサイクルをローリングストックといい、国や自治体でも推奨しているのだが、2023年度の農林水産省の調査で、この「考え方を知っており、実践している」のは、わずか23.4%に過ぎない。
では、どんなものがローリングストックに適しているのか。賞味期限が比較的長く、常温で保存でき、かつ我々が日常的に食べるものである。例えば、コンビニの棚を見てみよう。一般的に、主食としては、スパゲッティ、うどん、そば、そうめんなどの乾麺(約2年~3年)、レトルトごはん(半年以上)、レトルトのカレーや麻婆春雨(1年以上)、パスタ用レトルト(6カ月以上)、カップラーメンや袋麵(約3カ月から半年)、袋入り乾燥スープ類(約10カ月)が役に立つ。また、ドリップコーヒー(1年以上)、顆粒コーヒー(2年以上)、ビスケット(10カ月以上)、クッキー(半年以上)、大袋のチョコレート類(半年以上)などの軽食もあれば、心にゆとりも持てる(上記のかっこ内はすべて賞味期限の目安。その時の状況により長短は生じる)。また、自社の宣伝となり恐縮だが、セブンプレミアムのレトルトや乾麺類は手頃な価格設定となっている。例えば、ビーフカレーのレトルト1食で税抜98円、国産こしひかりのパックご飯は3食で税抜323円(2024年8月現在)とスーパーと比べても割安で、質も高い。ぜひ一度試していただければと思う。
乾パンと水の食事とローリングストックを比べて、皆さんはどちらを食べたいと思うだろうか? おそらく後者だと筆者は確信している。
ローリングストックは、乾パンのような防災用非常食をまとめておくのではなく、普段使いの中で消費と補充を繰り返すので、気が付けば賞味期限切れで食べられなくなっているということがなくなる。要するに、日常生活の延長でできる備えなので、あえて防災非常食用の場所をとらなくてもよい。唯一、水の確保には場所をとるがこれはやむを得ない。ローリングストックを本当に必要な時=非常時に役立てるためには、水・鍋・カセットコンロ、カセットボンベなどが欠かせない。大震災では水道・電気・ガスが止まるからだ。水は一人1日3リットルが目安なので、4人家族であれば12リットル=2リットルのペットボトル6本入り1箱が、1日分の必要量である。3日分であれば3箱。茶なども含め5箱もあれば、節約すれば1週間は何とか持つだろう。
4日間で7200万食の輸送を削減可能
水を節約するには、なるべく食器を汚さない(洗い物を増やさない)ために皿にかぶせるラップ類や、紙皿・紙コップ・割りばしなどもあると便利だ。ローリングストックは停電時でも食を確保し、命をつなぐために極めて有用だ。東京都や農林水産省のHPも充実しているので、ぜひ参考にしていただきたい。
もう一つ忘れてはいけないのが、携帯トイレである。下水管は巨大なシステムであり、どこか一カ所が壊れれば広いエリアで使用不可となる。マンションの場合、上階の人が風呂水などで無理やり流すと、1階の住居で下水が溢れて悲惨なことになりかねない。大地震が起きたら、下水道の使用の可否が明らかになるまで、携帯トイレを使用する。そのために各戸で携帯トイレを十分に備蓄することが必要だ。
最後に、ローリングストックは公助の負担を軽減する、ということにも触れておきたい。
南海トラフ地震が起きた場合、国から2府22県に送り込む食料は4日目から7日目までの4日間で1億840万7700食にもなる。この数字は中央防災会議幹事会が策定した「南海トラフ地震における具体的な応急対策活動に関する計画」によるものだが、輸送力を考えると極めて実現困難な数字と筆者は考えている。しかし、仮に日本の人口の5%にあたる600万人がローリングストックで1週間分の食料を確保できていれば、4日分で7200万食分を送り込む必要がなくなり、食料も輸送力も計画の30%で足りる。一人一人が独立不羈の心を持ち、自分の命は自分で守る準備をすることで、国や自治体の負担を軽減し、巨大地震からの復興に一日も早く着手できるのではないだろうか。
◎中澤剛(なかざわ・たけし)
株式会社セブン-イレブン・ジャパン リスクマネジメント室エキスパート。元陸上自衛官。1963年1月31日生まれ。1985年に防衛大学校を卒業し、陸上自衛隊に入隊。2018年、西部方面混成団長を最後に定年退官し、セブン-イレブン・ジャパンに入社。同社のBCP(事業継続計画)を、2012年の策定以来、初めて大幅に改訂した。日本フランチャイズチェーン協会が国や自治体と共同で開催する「大規模災害対応共同研究会」の座長を務める。