無極化する世界と日本の生存戦略 (12)

「石破新政権と世界政治の潮流」グローバルトレンド#2

執筆者:森聡
執筆者:細谷雄一
執筆者:鶴岡路人
2024年11月4日
エリア: アジア 北米
慶應義塾大学に所属する様々な分野の専門家からの意見を交えながら、激動する国際情勢における最新の動向や課題について考察する「戦略構想センター グローバルトレンド」。動画公開されたその第2回目をテキスト化し、本誌特別企画「無極化する世界と日本の生存戦略」としてお届けします。外交・安全保障政策をめぐって論議を呼びながら誕生した石破茂政権の責務、そして次のアメリカ大統領が日米関係に与える影響とは――。

※2024年10月7日収録。鼎談内容をもとに編集・再構成を加えてあります。

細谷 みなさんこんにちは。慶應戦略構想センターのセンター長、細谷雄一です。今日は「グローバルトレンド」コーナーの第2回目として、「石破新政権と世界政治の潮流」をテーマに、石破政権成立後の外交安全保障政策について見て行きます。この慶應戦略構想センターの副センター長である森聡教授、同じく鶴岡路人准教授と三人で検討していきたいと思います。

 自民党総裁選の結果、10月1日に石破茂新政権が成立しました。石破政権は、その発足前から石破氏がそれ以前の政権とは違ったアプローチの外交・安全保障政策を発信してきたため、様々な議論を呼んでいます。これから石破政権がどのような外交政策・安全保障政策を展開するのか、それは世界にどう影響するか、そして世界情勢の変化の中で、日本がどういった役割を担うことができるのかを考えます。

 東アジアにNATO(北大西洋条約機構)のような仕組みを作るという、いわゆる「アジア版NATO」構想は石破氏の持論ですが、これについては日本の安全保障専門家から懐疑的な声も上がっています。石破氏は総裁選の過程でもアジア版NATOに言及し、さらには日米地位協定の改定についても発言しています。森さんはつい最近、ワシントンDCで各シンクタンクの専門家と意見交換をされましたが、こうした石破氏の外交・安全保障論について、どのような受け止めがあったでしょうか。また、森さんは石破政権の外交・安全保障政策をどのように見ていらっしゃいますか。

石破茂新政権の外交・安保政策をどう見るか

 ありがとうございます。石破総理は自民党総裁に選ばれる前にアメリカのハドソン研究所に一国会議員としてご自身の外交構想をまとめた論考を寄稿され、それが細谷さんからご紹介があったような議論を呼んだという経緯ですね。ただ、そのあとの所信表明演説の内容は、基本的に国家安全保障戦略や岸田文雄政権の路線を踏襲しており、その意味ではハドソン論考に今後どれほどの重点を置くべきかという留保がつきます。

 そして先週ワシントンで議論をして気付いた点を申し上げますと、まず一つは石破総理がどういう政治指導者なのかについて、アメリカ側にまだまだ理解が乏しいということです。所信表明演説に沿った総理としての外交方針を、まだ国際的に発信していないわけですから。ハドソン論文とは違う、総理大臣として進めるおつもりの盤石な対外政策を欧米の主要な外交論壇誌などで明確に示すことが必要なのではないでしょうか。

 また、ハドソン論考の内容が、石破さんが長年温めてきた思想信条を表しているのだとすれば、その実現を先送りにすべきか否かというような議論の前に、諸外国の受け止めや反応を考えた発信の適否をよく吟味しなければならないのではないでしょうか。たとえば、アメリカとの間で「対等性」という言葉を出すことについては、もっと慎重であるべきだと思われます。

 例えば、「対等」という言葉は、日本側が一方的に定義するものではなく、その言葉をアメリカがどう解釈するかということが重要な意味を持ちます。あるワシントンの共和党系の専門家はまさに、「日本が対等性を求めるというなら、国防予算の対GDP(国内総生産)比もアメリカ並みにするのか」という反応をしていました。地位協定の改定などを念頭に置かれている総理の真意とは別に、「対等性」という言葉が独り歩きして、「対等というのであれば日本はもっと負担を負ってください」と、かえって期待値を上げてしまうリスクもあると思います。

 アジア版NATOについては、「アメリカが反対するまでもなく、地域諸国がついてこない」という指摘もありました。アジアの国々に受け入れられない構想をこのタイミングで打ち出すという地域理解の欠如に対して、本当に大丈夫なのかという不安を持っているような専門家もいたんですね。そういった不安を打ち消す観点からも、やはり総理としてのご理解、それから政策の方向性をはっきりと打ち出して行くということが必要になってくると思います。

細谷 自民党の総裁選で一人の政治家として信条を語るということと、総理として政策を実行することの間には本質的な違いがありますよね。当然ですが、立法府と行政府もまた異なります。議員は立法府に所属して、自らの信条を法案に反映させます。一方、行政府の主体たる内閣は、日本の場合は閣議によってその意思が決定される。つまり外務大臣、防衛大臣……と所掌の異なる大臣がいて、「同輩中の首席」である総理は、他の大臣の意見を聞きながら意思決定を調整します。

 これを踏まえれば、総裁選で語られる政治家としての信条と、総理として実行する政策が違うというのは、決して間違いではないし、おかしなことではないことになります。政権の連立パートナーである公明党の意向というものもありますし、総理に就任後は立法府の意見を聞きながら、日本の国益を考えて政策を作っていっていただきたいですね。
鶴岡さんもアジア版NATOについてSNS上でお考えを述べていらっしゃいました。所信表明演説についても、石破氏がそれまで示していた方針がかなりの程度、現実的に、バランスよく修正されていると発信されていました。鶴岡さんは石破政権の外交・安保政策をどう見ますか。

鶴岡 まさにいまお二人がご指摘の通りですね。総裁候補としての話と、日本国総理大臣としての話は、違っていいのだと思います。それを「一週間でひっこめた」ですとか「変節した」と批判する必要はないはずです。その上で、なのですが、やはり「政治家・石破茂」として温めてきたものを、総裁候補としてあのタイミングで表に出したということですから、その内容は今後も話題になるし、問われるんです。当然、アジア版NATOや日米地位協定改定については、国会で質問され続けるでしょう。メディアからもそうですし、あるいは海外からも問われるでしょう。それにどのように答えて行くのかというのを考えなければならない。

 ハドソン論考について言えば、もっとも不明確なのは、日本の大きな戦略を考える上で、「対中国の抑止として多国間同盟を考える」ということなのか、「中国を取り込んだ形でマルチなシステムを作る」のか、この二つが併存している感じがすることです。最終的には双方を両立させるということもあり得るのでしょうけれども、やはり「対中国」なのか「中国を取り込む」のか、そのあたりの戦略的な構想における重点については、アジア版NATOという言葉は使わなかったとしても、明確にする必要があります。

 外交・保障政策にはいろいろなアイディアが出てきますし、それらは短期的に実現できるかどうかという問題もあるわけですけれども、やはり総理としてビジョンを語る任務は重要だと思うんですね。そうしたときに、対中国のマルチな同盟なのか、それとも既存の同盟のあり方にとらわれず、まったく新しい集団防衛、まったく新しい集団安全保障あるいは協調的安全保障のあり方を構想して行くのか。そういったところを今後、総理はしっかり発信していく必要があると思います。

細谷 どういった政策を掲げるかとは別に、やはり石破総理個人としてのこだわりが、それは「精神」とも言えそうですけれども、あると思うんですよ。たとえば中国に対してアメリカによる「拡大抑止は機能しなくなっている」というハドソン論文でのご指摘。これについては専門家からも多くの疑問が呈されましたが、北朝鮮の核兵器開発能力が向上し、中国の軍事力が増大しているなかで、いかにして抑止を強化していくかという問い自体は重要です。

北朝鮮が10月31日に実施し新型ICBM「火星19型」の発射実験 (C)EPA=時事

 ただ、これは同時に、抑止強化のためにどういった方法をとるのかも問うことです。ここにおいて、アジア版NATOが最善なのかとの批判が出ているわけですね。つまり、石破氏の考え方や精神、あるいはこだわりが適当だったとしても、どういう言葉を使い、どうパッケージをするかということに関して、今回はいくつか批判が出てしまった。

 日本や日米同盟、あるいは自由民主主義諸国が十分に力をつけて、チャーチル英首相が唱えたような力に基づく交渉(negotiation from strength)によって抑止力を強化することをおろそかにしない。そしてこれは、中国との対話を否定することでもありません。この根源の部分に間違いがなければ、抑止を強化するということに関しては、おそらくアメリカを含めて多くの専門家も同意できると思います。その方法とパッケージングを間違えないでいただきたいというのが、我々三人とも共有している認識でしょう。

 その上でやはりなんといっても、中国が軍事力を増強する中で、日本外交の根幹は日米同盟です。アジア版NATOをめぐる議論あるいは日米地位協定の改正をめぐる議論もそうですが、日本はどのように日米同盟を強化する将来像を考えていくのかを確実に踏まえねばならないはずです。アメリカ大統領選では、共和党のトランプ候補がNATOをはじめ同盟への批判を繰り返しています。もしかしたら石破総理のお考えとは別に、本当に巨大な津波が襲ってくるように、従来の政策が混乱するような新しいアプローチが出てくるかもしれない。

 この点はもちろん、現時点では推測の域に止まらざるを得ませんが、アメリカの大統領選挙を受けて、日米同盟がこれからどうなっていくのか。これはまさに森さんのご専門でもあると思いますので、少しお話を聞かせていただければと思います。

アメリカ大統領選挙と日米同盟の将来

 トランプさんとハリスさんの双方とも、実はこれまで対日政策のアジェンダを明示したり、日本を相手にこういうことをやると具体的に論じたことはあまりありません。たとえばトランプさんに関しては、防衛費の増額がGDPの2%じゃ足りないと言い出すのではないか、あるいは米軍駐留経費の増額を求めてくるのではないかなどと語られていますが、これらは第1次トランプ政権の対日要求を下敷きにした、いわば憶測に過ぎません。再びそのような要求を出してくる可能性はありますが、具体的な事は実際にはフタを開けてみないとわからない。

 ただ共和党サイドについては、防衛のための自助努力をしない国はアメリカも同盟相手として信頼性を持って防衛するとは言えないという考えが共有されています。とりわけ一部の専門家には、大国間の競争に直面しているアメリカが同盟国を守るために武力などのパワーを行使した結果、アメリカ自身が弱体化していくような事態は避けるべきだという考え方がみられます。

 これは、同盟国ではないにしてもイラクやアフガニスタンでの経緯が念頭にあり、つまり海外においてアメリカが力を使うことによって自分たちが弱体化してしまったのだという反省ないし教訓に基づいている面もあります。本来アメリカは、国際秩序を自分の力にするために作っているはずなのに、その秩序を守るために自分が弱ってしまっては本末転倒ということですね。これはツッコミどころのある議論ですけれども、必ずしも全面的には否定されるともいえない、一部は理に適うようなところのあるポスト冷戦期の後に出てきた対外認識だと言えるでしょう。

 そして、大統領選後はそういう対外認識を持った人々が政権の中枢に就く可能性がある。この現実を前にして、我々としてはやはり、すでに打ち出した抜本的な防衛力の強化、日米同盟の強化、それから第三国との安全保障協力の拡充というような路線を続けていくのが正しい道だと思うのです。むしろ防衛力の抜本的強化に、もっと力をいれなければならないということになるでしょう。

 一方、「ハリス政権」に関して短くまとめますと、現政権のアジア政策を担っている方々が政府から離れることになった場合の人材確保に、ワシントンでは不安を持つ専門家もいます。ハリス政権はバイデン政権の路線を多かれ少なかれ踏襲すると見られていますが、だから安心ということにはならないんですね。人のレベル、特に政治任用者のレベルになった時の層の厚さが問題で、どこまでアジアを深く理解し、我々が意思疎通しやすい政権になるのかには、実は懸念がないとはいえません。もちろん誰かしら民主党の専門家が、中国やアジアを担当することになるはずですが、ハリスさんの周りに我々がよく知っている人々ががっちりついているという状況でもないのです。

細谷 森さんは『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』(東京大学出版会)の中で「ウクライナと『ポスト・プライマシー』時代のアメリカによる現状防衛」という章をお書きになり、ここではアメリカが世界の中で優越した地位を維持する時代が終わりつつあること、その後のアメリカがどのような外交を展開するのかということを考察されています。

 今回、私も森さんと一緒にアメリカに行きましたけれども、アメリカの優越性(プライマシー)に拘る「優越主義者(プライマシスト)」と、どこにアメリカの外交リソースを投入すべきなのかの優先順位に拘る「優先主義者(プライオリタイザー)」、さらにはアメリカの対外行動の抑制を求める「抑制主義者(レストレインツ)」などに、認識が分化しているということを学びました。「プライオリタイザー」はアジア重視や対中国戦略重視を論じ、『アジア・ファースト 新・アメリカの軍事戦略』(文春新書)の著書を刊行したエルブリッジ・コルビーはこの系譜ですね。「Z世代」はむしろ、「抑制主義」を好む傾向がある。ワシントンでは、アメリカの世界での役割について、揺れ動いている印象です。

 そうですね。かつてのように理念のために世界中のどこでも出かけて行き、リソースが無尽蔵にあるという前提で政策を決めるというスタンスはもうとれないということで、現在の外交・安全保障政策への批判が強まっています。かつてそういう自制的・抑制的な路線というのは、ワシントンの中ではどちらかというとやや異端扱いされていたのが、どんどん主流化している。完全に主流になったとは言いませんけれども、かなり影響力が大きくなっているとは言えそうです。

細谷 今までのような、アメリカの責任や力に依存できる時代は、終わりになりつつある。石破政権もそれを前提に外交を考えなければなりません。鶴岡さん、この点についてはいかがでしょう。

鶴岡 国際関係の構造で考えると、アメリカには常に選択肢が存在します。それに対して日本、あるいは日本以外も含めて普通の国というのは、たとえ新政権ができたとしても、実は政策を変える余地はあまりないのが現実なんですね。結局、直面している課題、取り組まなければいけない課題は変わらないからです。まさに森さんが指摘されたように、日本にとっては防衛力の抜本的強化ですとか、抑止力の強化という課題自体は、新たな首相が誕生してもなくならない。

 それが現実でして、日本は国際情勢の変化、そしてアメリカの変化に対処せざるを得ない。そうした中でどれだけ自律性を出せるかは、アメリカという大国を前にしては仕方がないという部分と、それでもやはり日本は日本だぞという矜持の部分の折り合いを、政治がどうやってつけるかによります。この政治的な部分の課題も変わらないのだろうと思うんです。

細谷 トランプ政権のときも、安倍晋三総理はCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)をアメリカ抜きで実現しましたし、日本とEU(欧州連合)のEPA(経済連携協定)もそうですよね。アメリカなしでも日本が主導権をとって、自由貿易を推進した。さらには、アメリカの関与がある程度低下した中で、Quad(クアッド=日米豪印4カ国)のような横の繋がりを展開してきた。これは、近年、バイデン政権の米国が「ハブ・アンド・スポークス型(米国が中心となり同盟国それぞれと繋がる)」から、「格子状(ラティスワーク)型」の同盟構造へとその志向性を変化させていることとも整合的です。

 鶴岡さんは今年春まで1年間オーストラリアに滞在されて、同盟国同士の横の連携を近くでよくご覧になったわけですけれども、こうした連携はさらに強化される必要がありますよね。石破総理のアジア版NATOも、ある意味ではいま発展してきている格子状の同盟構造に通じる部分がありませんか?

NATO首脳会議に招待されたIP4首脳とウクライナのゼレンスキー大統領[左から韓国の尹錫悦大統領、クリストファー・ラクソンNZ首相、ゼレンスキー大統領、日本の岸田文雄首相、リチャード・マールズ豪副首相兼国防大臣=2024年7月11日、アメリカ・ワシントンDC](C)EPA=時事

 たとえばNATOの「AP4(アジア太平洋4カ国パートナー)」あるいは「IP4(インド太平洋4カ国パートナー)」。これに位置付けられている日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドがより自律的な連携を強化して、アメリカのプレゼンスが一定程度後退しても補完する役割を担う。そうしたインド太平洋の安全保障の在り方に、私は最近、注目しています。来年のNATO首脳会談では、この4カ国で独自の首脳会談を開催し、どういう形で連携を進めていくかを議論してはどうだろうと思うんです。

 NATOついては鶴岡さん、最近ご本(『模索するNATO 米欧同盟の実像』千倉書房)も出されたご専門ですけれども、どうですか、AP4をアジア版NATOと読みかえるのは難しいですか?

鶴岡 それは、そもそもアジア版NATOが何なのか次第でもありますが、重要なのは、アメリカのインド太平洋地域への関与を継続させるという究極的な目的だという点です。日豪の協力にしてもそうです。アメリカをエンカレッジしてこの地域にコミットし続けてもらうためにどういう環境を作っていけるのか、どのようにアメリカに働きかけられるのか、そこがカギになるわけです。

 NATOという「アメリカ+ヨーロッパというアメリカの同盟国」の集まりと、同じく各国ともアメリカの同盟国であるAP4、IP4は、この意味で似たような構図にあります。アメリカの同盟国同士が一緒になってアメリカを代替するのではなく、アメリカが世界関与を続けるようにいかに促すかを追求する。ですからAP4、IP4は、アメリカの撤退を前提にした「プランB」ではないんですね。アメリカの相対的な衰退を軟着陸させるものといいますか。

 ただし、この観点に立つ場合でも、ヨーロッパとインド太平洋とでは、いわば初期条件がかなり違うことが強調されるべきでしょう。トランプさんは「ロシアは衰退している大国なんだから、ヨーロッパだけで対処できるだろう」とずっと言っています。これは確かにその通り。GDPや人口、軍事費、兵員数を比べても、ヨーロッパのNATO加盟国の合計はロシアより断然大きい。ですから「アメリカがいないとロシアに対処できないというのはおかしい」というのは、アメリカのロジックとしては正しいのだと思います。

 それに対してインド太平洋地域では、やはり中国が圧倒的に大きい存在です。日本と中国を比べれば、日本が単独で対処できないのは明白です。「ヨーロッパはヨーロッパで対処できるでしょ?」という話を、そのままアジアに持ってくることはできません。アメリカには今後も何らかの形で、この地域への関与そしてコミットメントを続けてもらわなければならない。日本とオーストラリアとの関係や、NATOのインド太平洋関与も、そのためのツールとして見ていく必要があるのだろうと思います。

細谷 森さんは何か今の鶴岡さんのお話に加えることはありますか?

 いえ、まったくその通りです。鶴岡さんがおっしゃるように、どうやってアメリカを引き込んでいくのか、巻き込んでいくのか。あるいはアメリカ発の戦略に同盟国はどう合わせるか。この観点からすると、「IP4+フィリピン」というインド太平洋地域におけるアメリカの5つの同盟条約国は、お互いに戦略対話を行なうなどしながら、アメリカに対して組織的な働きかけをしていく必要があるでしょう。

 特に米軍の戦力態勢や部隊配置に向けた働きかけや、防衛装備品の共同生産や共同研究・開発などで、同盟条約国がまとまってお互いの取組みを整理・統合していく。これにより効果的にアメリカのエンゲージメントを引き出すことが目指されます。その際には、この5カ国の間でも既にいくつかのミニラテラルができていますので、無用な重複が起きないように、これらをある程度整理することも課題になります。

 また、いま鶴岡さんがおっしゃった軍事バランスについてですが、確かにヨーロッパとインド太平洋を比較すると、どう考えてもインド太平洋の軍事バランスは不均衡です。そこにアメリカが、特に共和党の専門家が言っているようにリソースを重点的に配備・展開していくということは、アメリカにとっても理に適う。ただし、これにあたっては日本も防衛予算の「対GDP比2%」という数字の意味が問われます。従来から大幅に引き上げたという政治的なシグナルとしてではなく、軍事バランスの観点から日本や地域諸国の防衛力を冷徹に見れば、2%が当面のゴールではあっても、その先は2%超が必要になってくるということは考えておいた方がいいと思います。

 これについては、単にハードウェアを増やすのではなくて、ソフトウェアのテコ入れという課題を強調したいと思います。石破総理も所信表明演説で「防衛力の最大の基盤は自衛官」だと述べていますが、自衛官の処遇のほかにも、調達契約を結ぶ担当者の定員増など、組織の人的リソースを厚くする。これを通じて防衛力を総合的に、抜本的に強化していくというようなことも考えなければいけないでしょう。つまりは「トランプ対策」としてではなく、日本の安全保障、防衛政策の問題として、日本の安全保障環境に照らしてターゲットを明確にすることが求められます。そういう努力をすることによって、アメリカ側は日本が自助努力をしているのだと、だからこそ守る価値があるし、甘受可能なコストで日本を防衛できるのだという見通しが確かになると思うんですね。

 そうして日本の安全保障上の役割を可能な範囲で拡大していった先に、ようやく我々は発言力を増し、もしかしたら、もしかしたらですよ、地位協定をはじめとした様々な難しいイシューに関する議論の素地ができるかもしれない。ひとっ飛びに「我々はこれについて見直しの交渉をしたいのです」と切り出すのではなくて、セキュリティプロバイダーとしての役割とコストを相応に負担しながらアメリカとの関係を調整していくアプローチが必要なんじゃないかと思います。

細谷 そうですね。石破総理は安全保障のプロフェッショナルとして防衛に積極的に取り組んでこられたわけですけれども、やっぱり思いが先走ってはいけないのでしょう。まず国際情勢の認識を適切にアップデートした上で、防衛を語る。これは石破総理も所信表明演説でおっしゃっていましたけれども、その日本を取り巻く安全保障環境が非常に悪化しているわけです。当然ながらそれを前提にアメリカも、もちろん中国も、防衛費を増やすだけではなく防衛技術も発展させている。日本に危機感がなければどんどん、それらの大国との国力の格差が開いてしまいますし、そのことが一層、中国との非対称性を拡大させるわけですね。

ウクライナ戦争に日本はどう向き合うべきか

細谷 国際情勢の認識については、そのもっとも深刻問題の一つにウクライナの戦争があるわけですけれども、これにはなかなか先が見えません。いつまで続くのか、日本がどのように対応したらよいのか。これは当然ながらアメリカの新政権にとっても大きな課題になるわけです。最後にこれについて、まず鶴岡さんからお話を聞かせていただけますか?

鶴岡 ウクライナ支援とロシアに対する制裁の両面で、岸田政権は相当強くコミットしてきました。石破総理の所信表明演説を見る限りでは、それを継続するということなのだと思います。その時に、「なぜウクライナ支援を続けることが日本の国益に合致するのか」について、総理はしっかり説明する必要があるでしょう。岸田総理も、そこに対する説明は若干弱かった気がします。

 その時にひとつカギになるのは、あのような侵略戦争でロシアが得をしたという形で終わることが、国際社会、ひいてはその中の日本にとってどのような意味を持つのかということなんですね。この点は戦略論的にも重要です。また日本のウクライナ支援は、金額はいろいろな機会に報じられますけれども、実際に何をやっていて、そのうちのどれくらいがいわゆる「真水」、つまり贈与的なものなのかをしっかり説明した上で、改めて国民の理解を求めるというプロセスがもう一回必要になってくると思います。

細谷 森さんはどうでしょうか。

 次のアメリカの大統領がトランプさんなのかハリスさんなのかで、ウクライナに対する姿勢に違いが出てくるのではないかと言われていますけれども、トランプさんは先日(9月27日)、ウクライナのゼレンスキー大統領と会談を持ちましたよね。報じられている限りでは、トランプさんは「いきなりウクライナを見捨てるようなことはしない」と述べたとされています。ただ、ウクライナを無期限に支えるべきだと言う意見は、現状の民主党で60%台前半、共和党で30%第後半ですので、こうした状況や雰囲気を踏まえればトランプさんの場合には、おそらく無期限に支えるという方針にはならないでしょう。ご本人が言う「24時間以内に」とはならずとも、おそらく何らかの形で停戦に持ち込もうとすると思います。

 その時に、日本などウクライナ支援国にとって正念場になるのは、どういった形でその一時的な停戦を受け止めるのかだと思うんですね。力や威圧による領域の現状変更を認めないという原則については、日本は東アジア情勢次第で直接的な当事者にもなりかねません。ですからウクライナについても、侵略によって奪った領土に対するロシアの主権は決して認められないのです。ただ、そうするとウクライナの停戦は、原則からある意味では留保され、その上でウクライナに安全の保証を行うという非常に難しい取り組みになることが確実です。

 この時にこそ、まさにいま鶴岡さんが提起されたように、「何のためにウクライナを支えるのか」ということが根源的に問われるでしょう。各国ともそのコミットメントに応じてウクライナに安全を保証することになるはずですが、同盟条約を結ぶところまでは行かないにしても、その手前のところで何を、どこまで担うのか。

 そうした保証をしないまま、なし崩し的に停戦になるのがウクライナにとって一番脆弱な状態ですし、将来もっと大変なことになってしまう可能性が生まれます。これは本当に待ったなしの最優先課題ですから、日本単独でやるのではなく、ほかのウクライナ支援国と協議しながら知恵を出していかなければならない問題だと思います。

細谷 ありがとうございました。石破政権が成立して、いま日本政治が大きく動いています。これから総選挙が終われば、アメリカでは大統領選挙があります。これら一連の行事が終わって、当然ながら来年にかけて、日米関係、日米同盟、そして日本やアメリカの対外政策にも新しい局面が出てくるはずです。ウクライナ戦争をめぐっても、新しい動きが出てくるかもしれません。これらが結びついた時に、世界情勢は一体どういうことになっていくのか。これは非常に予測が難しいテーマですが、我々も引き続き情勢をフォローして発信していければと思っております。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
森聡(もりさとる) 慶應義塾大学法学部教授、戦略構想センター・副センタ―長 1995年京都大学法学部卒業。2007年に東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。法政大学法学部准教授、同教授を経て2022年より現職。著書に『ヴェトナム戦争と同盟外交』(東京大学出版会)、『国際秩序が揺らぐとき』 (法政大学現代法研究所叢書、共著)、『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』(東京大学出版会、共著)、『アフターコロナ時代の米中関係と世界秩序』(東京大学出版会、共著)、『アメリカ太平洋軍の研究』(千倉書房、共著)などがある。博士(法学)。
執筆者プロフィール
細谷雄一(ほそやゆういち) 1971年生まれ。API 研究主幹・慶應義塾大学法学部教授/戦略構想センター長。94年立教大学法学部卒。96年英国バーミンガム大学大学院国際学研究科修士課程修了。2000年慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了(法学博士)。北海道大学専任講師、慶應義塾大学法学部准教授などを経て、2011年より現職。著作に『戦後国際秩序とイギリス外交――戦後ヨーロッパの形成1945年~1951年』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和――アンソニー・イーデンと二十世紀の国際政治』(有斐閣、政治研究櫻田會奨励賞)、『大英帝国の外交官』(筑摩書房)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『戦後史の解放I 歴史認識とは何か: 日露戦争からアジア太平洋戦争まで』(新潮選書)など多数。
執筆者プロフィール
鶴岡路人(つるおかみちと) 慶應義塾大学総合政策学部准教授、戦略構想センター・副センター長 1975年東京生まれ。専門は現代欧州政治、国際安全保障など。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学院法学研究科、米ジョージタウン大学を経て、英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員(NATO担当)、米ジャーマン・マーシャル基金(GMF)研究員、防衛省防衛研究所主任研究官、防衛省防衛政策局国際政策課部員、英王立防衛・安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)、『模索するNATO 米欧同盟の実像 』(千倉書房、2024年)、『はじめての戦争と平和』(ちくまプリマ―新書、2024年)など。
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