Weekly北朝鮮『労働新聞』
Weekly北朝鮮『労働新聞』 (122)

元山葛麻リゾートが竣工、主目的は対内外宣伝、ロシア人観光客もターゲット(2025年6月22日~6月28日)

執筆者:礒﨑敦仁 2025年6月30日
エリア: アジア
『労働新聞』の記事は同行した娘に触れていないが、写真ではその存在感が目立つ[2025年6月26日に朝鮮中央通信(KCNA)が公表した写真=北朝鮮・元山](C)EPA=時事
金正恩国務委員長の肝いり政策であった元山葛麻海岸観光地区が竣工した。2万人もの収容能力があるリゾート地区開発の第一義は国威発揚で、7月1日から国内観光客を迎え入れる。北朝鮮国内ではすでに昨年2月からロシアからのみ観光団を受け入れており、元山葛麻地区に中国語や英語の表記は見当たらない。朝鮮労働党中央委員会第8期第12回全員会議拡大会議では上半期の総括が行われたが、人事など詳細は公表されていない。米軍によるイラン爆撃への反応は非常に早く、「国際法違反」などと糾弾した。【『労働新聞』注目記事を毎週解読】

 6月24日、元山葛麻(ウォンサンカルマ)海岸観光地区の竣工式が挙行された。金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長が1年間に4回(2018年5月25日、8月15日、10月30日、2019年4月5日)も現地指導を行う時期があったほどの肝いり事業だが、経済制裁のみならず、2020年以降はコロナ禍のため、工期延長が繰り返されていた。今年は朝鮮労働党創建80周年であることから、昨年末には満を持して今年6月の竣工が予告されていた。日本海に面した元山は緯度で言えば山形県と同じであり、海水浴を楽しめる夏は長くない。

「収容能力2万人」の「世界」水準を誇示

 竣工式2日後の26日付は、金正恩によるテープカットや夜間に野外で開催された記念公演などについて4ページを使って詳報した。記事では触れられていないものの、掲載写真や朝鮮中央テレビの映像では娘の存在感が目立つ。李雪主(リ・ソルジュ)夫人が1年半ぶりに表舞台に登場したが、常に父娘の後ろにおり、ファーストレディ役は娘が担っているように見える。金正恩は娘、夫人のほか、金与正(キム・ヨジョン)党中央委員会副部長ら数多くの幹部ともに、メインビーチである明沙十里(ミョンサシムニ)、葛麻牡丹峰(モランボン)旅館、明沙十里ホテルなどを見て回った。

 記事は、このリゾートが「世界」水準にあることを繰り返し誇示しており、宿泊施設は2万人もの収容能力があることを明らかにした。まずは7月1日から国内観光客を迎え入れるとしている。全国各地の職場単位で功績があった人々を招待するとともに、国内富裕層の消費を見込んでいるということである。

 朴泰成(パク・テソン)内閣総理による竣工の辞では「人民の楽園」という言葉も用いられ、観光地区の第一義が国威発揚にあることは明確である。金正恩政権のインバウンド政策において外貨獲得は常に対内、対外宣伝の次であることを忘れてはならない。外貨獲得が目的であれば、コロナ禍以前のように中国から大量の観光客を受け入れることを優先すべきであるが、そうはしていない。観光客を受けれていないのは、ウィズコロナへの完全移行を遂げていないことを意味している。なお、米朝関係好転の期待を持てた2019年末にオープンした陽徳(ヤンドク)温泉観光地区ではホテルなどの各施設で英語と中国語も併記されていたが、元山葛麻においては朝鮮語の案内表示しか見当たらない。

ロシア大使館職員を多数招待

 朝露蜜月を反映して昨年2月からロシアからのみ観光団を受け入れてきたが、今回の竣工式では大使をはじめとする在北朝鮮ロシア大使館の館員が「スペシャルゲスト」として数多く招待された。市場規模は大きくないだろうが、元山よりもさらに冷涼なロシア極東地域からビーチアクティビティ目的の観光客を呼び込む意欲が強い。観光地区内でのロシア語表記も増えるであろうし、ウラジオストクから元山への直航便就航も模索しているようである。

カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
礒﨑敦仁(いそざきあつひと) 慶應義塾大学教授。専門は北朝鮮政治外交。1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロー・ウィルソンセンター客員研究員など歴任。著書に『北朝鮮と観光』(毎日新聞出版)、『北朝鮮を読み解く』(時事通信社)、共著・編著に『最新版北朝鮮入門』(東洋経済新報社)、『北朝鮮を解剖する』(慶應義塾大学出版会)など。
  • 24時間
  • 1週間
  • f