油価が上がっても浮かない顔
欧州石油市場の指標価格であるブレント油価は、今年1月中旬には1バレル当たり83ドル前後で推移していた。ところが、1月20日にトランプ政権が発足し、関税戦争を始めると、世界経済の先行きが不透明となり、油価は下落に転じた。これは、財政歳入の多くを石油部門から得ているロシアにとっては、死活問題である。現に、ロシアは早くも4月の時点で、2025年の連邦予算の修正を迫られていた(修正法は6月24日に正式に成立)。
それが、6月13日にイスラエルがイランへの大規模な空爆を開始し、両国が事実上の交戦状態に突入すると、直前まで60ドル台で推移していたブレント油価は一気に高騰し、ピーク時の6月19日には80.4ドルに達した。今年に入り経済に陰りの見えていたロシアにとり、イスラエル・イラン紛争に伴う油価の急騰は、思わぬ追い風であった。
しかし、イラン情勢を目の当たりにして、ロシアの政権幹部たちの表情は、明らかに浮かないものだった。無理もないことで、ロシアにとりイランは戦略的に重視している友好国であり、今年1月には包括的戦略パートナーシップ条約を結んでいる。プーチン・ロシアにとってみれば、シリアのアサド政権崩壊後は、イランこそが中東戦略の要であった。
イスラエルと、それをバックアップする米国は、イランから核開発能力を奪うだけでなく、同国の体制転覆を狙っているのではないかとの見方も、一時は広がった。そんなことになれば、せっかくロシアがイランと築いてきた協力関係も、瓦解してしまう。短期的に石油収入が膨らむことがあっても、ロシアにとっての収支は明らかにマイナスだ。ロシア指導部の危機感は大きかったに違いない。どこまで本気だったかは不明ながら、ウラジーミル・プーチン大統領はイスラエル・イラン紛争の停戦仲介役にも名乗りをあげた。
貿易統計では見えない経済関係の全貌
ロシア・イラン関係の戦略的重要性を、経済面から吟味するため、月並みではあるが、まず両国間の貿易額を見てみよう。図1は、ロシア側の通関統計に基づいて、両国間の商品輸出入動向を跡付けたものである。最近ロシアでは貿易データの発表が小出しでなおかつ遅くなっており、2024年のイランとの輸出入額は正式な形ではまだ発表されていない。ただ、4月にロシアのS.ツィヴィリョフ・エネルギー相が述べたところによると、2024年のロシア・イラン貿易は往復で48億ドルとなり(輸出入の内訳には言及なし)、前年比16.2%伸びたということだ。
直近で伸びてはいるものの、ロシア・イラン貿易は決して規模の大きなものではない。両国とも典型的な産油国であり、その分、一般的な商品取引の相互補完性が弱いことが原因だろう。通関統計によれば、ロシアからイランには、小麦、車両、建設機械、鉄道設備、化学品などが輸出されている。ロシアはイランから、ナッツ、柑橘類、安価な工業製品などを輸入している。
ただし、公式的に発表される通関統計からは、両国の経済関係の全貌を把握することはできない。何しろ、図2に見るように、国際社会から経済制裁を受けている件数で、ロシアは世界1位、イランは2位である。その両国間の経済関係は、制裁回避のためのグレーな取引や、中国やカザフスタンといった第三国を経由する取引が多いことに特徴付けられる。ウクライナ侵攻後、ロシアのカスピ海港湾の貨物量が不気味な増加を続けている現実もある。公式的な貿易統計は、両国経済関係の氷山の一角と理解すべきかもしれない。
原発建設、ドローン調達などに戦略的プロジェクト
ロシア・イラン間で、最大のインフラプロジェクトとなっているのが、イラン南部ブシェール原発である。ロシアの原子力公社「ロスアトム」が推進しているもので、すでに1号機が稼働しているのに加え、2・3号機の建設も進められている。現地では数百人のロシア人専門家が働いているという。
ロシアとイランが石油・ガスのスワップ取引を手掛けようとしていることも、注視すべき動きだ。
「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。