第二次トランプ政権が始まって半年が経過した。この間、国内、海外に対して大胆な発信と行動を繰り返し、これまで世界がルーティーンと認識していた回転軸が壊されていった。その世界の回転軸は、米国が第二次世界大戦後の冷戦期において、自国と西側世界の利益のために構築してきたものであり、この破壊が及ぼす世界へのインパクトは時間と共に極めて大きなものになっていくだろう。
具体的には、まず1つ目に西側アライアンス(同盟国、同志国などの枠組み)へのダメージである。特に欧州、カナダ関係へのダメージは大きく、両地域の米国に対する信頼は大きく減退している。これは防衛、経済面では、すでに後戻りできない新たな領域にはいってきていると思える。2つ目は、米中対立において、「関税戦争(タリフ・ウォー)」を通じ、中国の優位性が露呈したことである。モノを作っている国は強いという当たり前の構造が顕在化したことで、「中国に勝てるサプライチェーンが要る」という論点がトランプ政権の中で強くなった。これが、日米の関税合意妥結の一要因と見て良いだろう。
これらの地政学上の変化により、ミドルパワーとしての日本、そして、モノづくり国である日本への期待が高まっていくということになると筆者は考える。このコラムでは、これらについて述べていきたい。
失われた米国への信頼
まず、冒頭に述べた米国が築いた回転軸を米国自らが壊していくドナルド・トランプ氏の政策は、一過性のものなのか、もしくは継続性のあるトレンドなのかを考える必要がある。筆者は、これは、一定期間の継続性のあるトレンドだと考える。第一次トランプ政権によるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)からの離脱、またバイデン政権により設置されたIPEF(インド太平洋経済枠組み)においても、米国市場へのアクセスは一切閉ざされたままだった。米国内の自由貿易への反発は10年以上前から続いており、この流れは変わりそうにない。また、アライアンスの軽視に関しては、たとえそれが一過性であったとしても、失われた米国への信頼を取り戻すことは容易ではなさそうだ。
前述した通り、その傾向は欧州、カナダで顕著である。そのトリガーとなったのは、本年1月のトランプ氏のグリーンランド購入発言、2月のJ・D・バンス副大統領によるミュンヘン安全保障会議での欧州の民主主義に対する批判(“The threat I worry the most about vis-à-vis Europe is not Russia, it’s not China, it’s . . . the threat from within.”という表現に代表される)、2月末にウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領をTVカメラの前で米大統領と副大統領が罵倒したことなどである。
また、実際の行動としても、米国は、ウクライナ侵攻3周年での国連のロシア非難決議において、ロシアと共に反対票を投じた。また、トランプ大統領は、ゼレンスキー大統領を「独裁者」と非難し、武器の供与を停止するとした(その後再開)。こうした行動の度に、欧州のリーダーからは米国への批判の声が上がったが、トランプ大統領は全く聞く耳を持たなかった。最近になってようやく、ウラジーミル・プーチン露大統領への批判を強め、ウクライナ支援強化を約束したが、英フィナンシャル・タイムズ紙は7月20日付の社説で「いつまた手のひら返しをするかわからない。欧州独自でウクライナ支援策を検討することが重要」とトランプ政権へのぬぐいきれない不信感を表現している。
英国の調査会社YouGovが2月末から3月に行った世論調査では、英国、ドイツ、スペインにおいて「トランプは大きな脅威」との答えが40%を超えている。「一定の脅威」を含めると70%を超えており、その数字はプーチンに対するものとさほど変わらない。https://yougov.co.uk/international/articles/51741-where-does-western-europe-stand-on-ukraine-donald-trump-and-national-defence
「MEGA」に転じた欧州が求めるCPTPPとの関係強化
EU(欧州連合)は、本年5月に1500億ユーロの兵器購入基金を設立した。「欧州の安全保障行動(SAFE)」の枠組みで実行され、EU加盟国の兵器購入能力を高めると共に域内の兵器産業を支援する。欧州では、こうした動きを「MEGA」と表現することがある。「Make Europe Great Again」の略で、“トランプのお陰で欧州は再び強くなれる”というニュアンスが込められた言葉だ。だが、すぐに欧州が防衛で自立できるわけではなく、ウクライナ問題がある以上、当面は米国頼みとなる。よって、トランプのご機嫌を損ねてはならない。6月のNATO(北大西洋条約機構)サミットでは、トランプを丁重に扱い、あたかもトランプご指導のもと防衛費をGDP(国内総生産)比5%(3.5%の防衛費と1.5%のインフラなど関連費)に引き上げたような恰好としたが、実際は米国への依存を下げることが中長期的な方向性と見て良いだろう。
実は、こうした欧州強化策は、昨年「ドラギ・レポート」(前ECB=欧州中央銀行総裁、前イタリア首相のマリオ・ドラギ氏が400ページにわたる欧州競争力強化策をまとめたもの)が出た時から始まっている。主題は、どうすれば重要産業において米国に追いつけるかであり、エネルギー・環境、デジタル、防衛産業において各国の横断的な産業政策(主に投資政策、調達政策)が必要だとしている。
欧州の「トランプ関税」については、日本と同様の合意が米国と成立したものの、防衛に加え、通商面でも米国依存の軽減を進めたいというのが、EU首脳陣の本音であろう。ウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長が、トランプとの会談を前に日本を訪問したのは、そうした表れである。フォンデアライエン氏は、日本のあと中国も訪問したが、EUはロシアのウクライナ侵攻以降、中国のロシア支援(ロシア産石油の購入、デュアル・ユース品の輸出)を一貫して強く批判しており、同氏の主張を反映して2023年のG7広島サミットで確認された「デリスキング」(中国への依存を減らしリスクを軽減すること)の方針は変わっていない。
このように、欧州は、安全保障面、通商面において米国との密接な関係を見直し、また、中国に対しても距離を置く。世界1位、2位の経済大国との関係を軽減するわけであるので、当然、日本、そして成長が期待できるアジア諸国との連携を模索することになる。よって、欧州がCPTPP(包括的・先進的TPP協定)との関係を強化するというのは当然の流れとなる。
また、トランプは、さらに欧州にお土産を残している。英国とEUの関係改善、そして、カナダとEUの関係強化である。ブレグジット(Brexit) 以来、英国とEUの関係は冷めていたが、ロシアへの対応とトランプへの対応において英国とEUは完全に一枚岩になっている。特に仏、独、英の関係が強化されている。
これまで米国と蜜月関係にあったカナダでも、「カナダは米国の51番目の州になるべきだ」と豪語するトランプ氏への反発から、反トランプの旗手であるマーク・カーニー氏が首相になった。カーニー氏は、英国中央銀行であるイングランド銀行の総裁を外国人として初めて務めた人であり、世界のESG(環境・社会・ガバナンス)重視の潮流を作ってきた人物である。欧州とのパイプが大変強い。トランプ2.0は、EU(特に仏、独)、英国、カナダ、そして日本及びCPTPPとの結びつきを一挙に強力なものにした。
中国との関税戦争は「サステイナブルではない」
次にトランプ現象の2つ目、米中対立において、「タリフ・ウォー(関税戦争)」を通じ、中国の優位性が露呈したことの背景と影響について述べる。
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