カリブ地域を巡る情勢が緊迫化している。14カ国からなるカリブ共同体(カリコム)の加盟国においては、急成長の真っ只中にあるガイアナ、そしてジャマイカで9月初旬に総選挙が実施され、両国とも与党が勝利を収めた。4月末にはトリニダード・トバゴ(TT)でも総選挙が行われ、野党が10年ぶりに政権の座に返り咲き、スリナムでは5月の総選挙を経て7月に同国初となる女性大統領が国会で選出されるなど、2025年は域内大国の選挙イヤーに当たる。しかしそれ以上に高い関心を集めているのは、米トランプ政権による南カリブ地域への米海軍部隊の派遣だ。
8月、トランプ政権が、南米の麻薬組織の壊滅、違法な麻薬・銃器の取引の防止を目的として、南カリブ海域に海軍部隊を派遣すると報道された。9月上旬までに水上艦艇8隻、潜水艦1隻などとともに、約4500名の関係者(このうち約半数は米海兵隊のエリート部隊の構成員)が派遣された。また、米国は10月26日から30日にかけてミサイル駆逐艦をTTに派遣し、米海兵部隊とTTの防衛部隊の間で共同訓練を実施した。
ガイアナとトリニダード・トバゴは歓迎
米政府が標的としているのは、トランプ政権がテロ組織に指定したベネズエラのギャング、トレン・デ・アラグア(TDA)である。TDAは近年勢力を拡大し、メキシコの麻薬組織に匹敵するほどの規模と言われている。トランプ政権は、TDAはベネズエラのニコラス・マドゥーロ政権の支配の下で、西半球全体で大量殺人や麻薬取引、人身売買等に関与していると主張している。
マドゥーロ政権は2024年7月の選挙で勝利し3期目に突入したが、選挙結果の詳細を公表していない。米国や日本、EU(欧州連合)や中南米諸国の一部は公正性に疑問が残るとして、マドゥーロを正当な大統領として承認していない。第2次トランプ政権発足後、米政府はマドゥーロ政権への経済制裁を強化、8月初旬にはマドゥーロ逮捕に繋がる情報に対する報奨金を最大2500万ドル(約37億円)から最大5000万ドル(約74億円)に引き上げ、米・ベネズエラ間の緊張が高まっている。
米海軍は南カリブ地域への海軍部隊派遣後、10月末までに14回に亘って麻薬を載せた疑いのある船舶を同海域の国際水域で攻撃し、その結果乗組員61人が死亡した。米政府は、「船舶はベネズエラを出発し、TTや他のカリブ諸国に向かっていた」、「死亡者はTDAの関係者である」と主張しているが、TTや欧米のメディアは死亡者のうち2人はTT国民であると報じている。
ベネズエラ政府は同盟国キューバと共に「米国は主権国家の内政に干渉するために虚偽の話を作り上げてきた歴史を持つ」と米国を非難し、TTとの国境海域近辺の軍事力を強化している。
これに対し、TTとガイアナは米国を支持する姿勢を打ち出した。TTのカムラ・パサード=ビセッサー首相は、米海軍による1回目の麻薬船攻撃の直後に「麻薬密売人全員を殺害せよ」と攻撃を称賛する声明を出し、国内外で賛否両論を浴びた。一方、カリコムの政治家や学術関係者間では、米海軍のプレゼンスによりこれまで「平和区域」とされてきたカリブ海の脅威が高まるとの懸念を示し、米政府を非難するといった動きもみられる。
米国はこれまでに、CIAが亡命キューバ人の傭兵を動員しフィデル・カストロ率いる革命政府の転覆を試みたピッグス湾事件(1961年)、米軍によるドミニカ共和国侵攻(1965年)やグレナダ侵攻(1983年)などでカリブ海地域に介入してきた。
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