ガザ和平計画の20項目を点検する(上):「平和評議会」をブレア氏が主導する落とし穴

執筆者:篠田英朗 2025年11月11日
エリア: 中東
「ガザ20項目和平計画」には、トランプ米大統領(右)の娘婿ジャレッド・クシュナー氏を通じて、ブレア元英首相(左)の提案がかなり盛り込まれたと指摘される[エジプトで開催されたガザ和平サミットにて=2025年10月13日、シャルム・エル・シェイク](C)EPA=時事
トランプ政権が示した20項目のガザ和平計画を精査すると、ハマス以外の派閥に対する武装解除や、戦後のガザ統治の責任主体などに、破綻の種となり得る曖昧さがある。国際暫定組織「平和評議会」がパレスチナ人による統治を監督する仕組みは妥当性を感じさせるが、その「平和評議会」に中東で「戦争犯罪人」とみなされているブレア英元首相が加わるだけでも、破綻を予期させるのには十分だ。

 ガザ危機に停戦状態が訪れて、1カ月が経つ。停戦違反と言わざるを得ないイスラエルの軍事行動は、散発的に起こっている。しかしそれでも関係者は、停戦は維持されているという評価を崩しておらず、薄氷を踏む状態が続く。

 2023年10月以降、ハマスとイスラエルの間では、以前にも2度の停戦が実施されたが、いずれも短期で終わってしまった。今回は、少なくとも相対的には長続きしている。そのことは評価に値する。内実が伴っていないという批判も根強い。しかし深刻な危機にあえいでいたガザを、完全な平和の状態に持っていくのは、大変な作業だ。現在の状態を過大評価するわけにはいかないが、過小評価もできない。

 この状態をもたらしたのは、「ガザ20項目和平計画(20-point Gaza peace plan)」と呼ばれる文書を基盤にした外交努力だった。この「計画」の内容は、完璧なものとは言えない。果たしてどこまで本当に実施されるのかも、全く定かではない。しかし、それにしても、この「計画」が停戦をもたらしたことも事実だ。重要性を否定することはできない。もともとこの「計画」は、幾つかの段階を通過する見取り図を示してあり、全ての達成には時間がかかるのは織り込み済だ。

 本稿は、こうした問題意識を持って、「ガザ20項目和平計画」の内容を、あらためて精査していくことを試みる。https://www.bbc.com/news/articles/c70155nked7o

「計画」の基本的考え方:脱過激化と平和共存

 最初の2項目は、ガザの進んでいく未来を描き出そうとしたものだ。ガザは、非テロ地域化が進められ、それにあわせて再開発されていくとされる。その過程でパレスチナ人とイスラエル人の「共存」を目指す宗教対話などの機会も促進され、「計画」が成就すれば、パレスチナ国家の樹立への道筋が切り開かれるとも語られる。

1.ガザは脱過激化され、テロのない地域となり、周辺国に脅威を与えない。
2.ガザはガザの人々の利益のために再開発される。彼らはすでに十分すぎるほど苦しんできた。
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18.宗教間対話プロセスを立ち上げ、寛容と平和共存の価値に基づき、パレスチナ人とイスラエル人の意識と語りを変え、平和の利益を強調する。
19.ガザ再開発が進み、パレスチナ自治政府の改革計画が着実に履行されれば、パレスチナ人の自決と国家建設への信頼できる道筋が整う可能性がある。
20.米国はイスラエルとパレスチナの対話を設定し、平和で繁栄する共存のための政治的展望に合意する。

 

 この基本的な考え方にそって、停戦、暫定統治、治安維持の見取り図が示される。

すでに実施段階にある項目:人質の返還、人道援助の開始

 停戦合意後に、イスラエルが段階的な撤退を始めると、すぐに人質が解放される。人道援助も開始される。これらは、すでに実施段階に入っている。逆に言えば、この段階から先は「計画」の実施が迅速には進んでいない。ハマスによる死亡した人質の遺体返還が終了していないためだ。これについてイスラエルが抗議した場面もあった。ただし、瓦礫の下からの回収作業を伴うため、どうしても時間がかかるのは仕方がないという理解も広がってはいる。

3.両者がこの提案に合意すれば、戦争は直ちに終結する。イスラエル軍は人質解放に備え、合意されたラインまで撤退する。この間、空爆や砲撃を含むすべての軍事作戦は停止され、戦線は完全撤退に向けた条件が整うまで凍結される。
4.イスラエルがこの合意を公に受け入れてから72時間以内に、すべての人質(生存者と遺体)が返還される。
5.すべての人質が解放されれば、イスラエルは終身刑囚250人と、2023年10月7日以降に拘束されたガザ人1,700人(女性と子どもを含む)を解放する。イスラエル人の人質の遺体1体が返還されるごとに、イスラエルはガザ人15人の遺体を返還する。
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7.この合意が受け入れられると同時に、全面的な支援がガザ地区に直ちに送られる。最低限、2025年1月19日の人道支援合意に盛り込まれた数量が保障され、インフラ(水道・電気・下水)の復旧、病院やパン工場の再建、瓦礫除去や道路開放に必要な機材の搬入が含まれる。
8.ガザ地区への援助物資の搬入と配布は、国連およびその機関、赤新月社、その他両当事者と関わりのない国際機関を通じて妨害なく進められる。ラファ検問所の双方向開放も、2025年1月19日合意で導入された同じ仕組みに従う。

 

ハマスの武装解除:ハマス以外の集団の扱いは曖昧

 人質の返還が終了したら、次に始まるのはハマスの武装解除だ。その進展を見て、イスラエル軍のガザからの完全撤退も進められる段取りとなっている。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。現在も調査等の目的で世界各地を飛び回る。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より2024年まで外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)、『パートナーシップ国際平和活動』(勁草書房)など、日本語・英語で多数。
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