インテリジェンス・ナウ

胡国家主席を揺さぶる中国の情報漏洩事件

執筆者:春名幹男 2011年11月16日
エリア: アジア

 中国が発信源とみられるサイバー空間でのスパイ事件が、ほとんど毎日のようにニュースをにぎわしている。
 日本では一時人間のスパイ、つまり人的情報(HUMINT)の重要性が論議になったが、今やそんな話題はあまり出ない。
 だがこの夏、数々の中国人スパイ事件の発生を告発した、著名な戦略家の講演ビデオがユーチューブに流出した。その講演で、中国も次々と内部の規律弛緩や裏切りに見舞われ、困惑している状況が明るみに出た。

「原発情報」で終身刑

なぜ情報が漏れたのか? (C)EPA=時事
なぜ情報が漏れたのか? (C)EPA=時事

 問題の講演を行なったのは中国国防大学戦略研究所長、金一南少将。  なぜか大手生命保険会社、中国人寿保険の北京本社で社員向けに行なった講演で、機微に触れる重大な情報を公にしたのだ。  金少将が明らかにしたのは、過去約10年間で8件に上る中国共産党、政府、人民解放軍のスパイ事件。この中には、六本木の中国大使館を舞台にした事件も含まれている。  一連の事件のうち、一番地位の高い高官は中国核工業集団公司党組書記で中国共産党中央委員だった康日新・受刑囚。2009年、逮捕され懲戒免職処分となった。中国国内の報道では、昨年11月、「中国で原発建造の受注を狙う外国から660万元の賄賂を受け取った」として終身刑を言い渡された、と伝えられた。  しかし本当は、康受刑囚は複数の外国機関に対して中国原子力産業に関する秘密を売り渡した、というのが真相だった。「秘密を売り渡したのは破滅的との判断から、真相は公表されなかった」と金少将は述べた。  続いて、金少将は李浜・元朝鮮半島担当大使の名前を明らかにしたが、その際金少将は怒りで声が震えたという。李元大使は2007年、経済犯罪で懲役7年程度の「軽い」実刑判決を受けた。「事件の真相はあまりにも屈辱的なので、公の場では李元大使の経済事犯しか公開されなかった。みなさんは大使が外国のためにスパイを働いたことを聞いたことがあるか」と金少将は講演で問いかけた。李元大使は6カ国協議に関する中国の立場に関する情報を漏らし、「中国の国家安全保障に重大な損害を与えた」というのだ。  李元大使は離任後、山東省威海市副市長を務め、国家機密漏えい容疑で当局に拘束されたが、公式報道では真相は伏せられた。米紙によると、李元大使は北朝鮮の金正日総書記と親交を結び、総書記や北朝鮮情報、中朝関係に関する情報を定期的に韓国側に伝えていたという。ただ、韓国メディア情報だと、李元大使は中国外務省傘下の中国国際問題研究所の研究員として職務に復帰したとも言われ、金少将は胡錦濤政権の生ぬるい処分に憤慨して暴露した可能性がある。

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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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