イラクでテロが慢性化している。標的は無防備な一般イラク人に定められ、軍や警察への求職者の列に爆弾を満載した自動車が突っ込む。警官や政府職員をその場で、あるいは連れ去った後に「処刑」する。 酸鼻の極みというべき現在の状況も、しかし、イラク近代史を繙いてみればそれほど異常に感じられなくなってくる。イラク政治の変動局面において、陰惨な暴力で社会を恐慌状態に陥れ人心を制圧しようとする「テロの政治」は、周期的に生じてきた。 イラクに特有の政治文化について、サダム・フセインの侍医を務めたアラ・バシールの回想録『裸の独裁者 サダム』(NHK出版)は、類書のない貴重なものである。一九三九年生まれのバシールは、有力者たちが示すふるまいを医師として逐一傍見してきた。バシールは著名な芸術家でもある。政変に際して動揺する社会の反応を鋭敏に感知して記している。イラクで政治が展開するリズムを体感するために恰好の素材である。

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