「今週のトランプ」ラウンドアップ
「今週のトランプ」ラウンドアップ (18)

トランプ大統領の発言とアクション(7月10日~7月18日):「パウエル解任カード」に込められた2つの意味

執筆者:安田佐和子 2025年7月19日
エリア: 北米
一連の“口撃”を「TACO」と考えると見落としかねないものがある[トランプ大統領とパウエルFRB議長(右)](C)AFP=時事

「ベルサイユ宮殿並みの改修費」で圧力

利下げを望む人物を任命する」――ドナルド・トランプ大統領は6月27日、2026年5月に任期切れを迎えるジェローム・パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長の後任について、こう明言した。この発言は、トランプ氏と蜜月関係を築いた安倍晋三元首相が2013年1月、「大胆な金融緩和」を前提に、日本銀行の白川方明総裁の後任選びに着手した過去を彷彿とさせる。4月25日付の本コラムでも指摘したが、トランプ氏は中央銀行と政府の関係において、安倍氏の手法に学んでいるかのようだ。

 もっとも、安倍氏との違いも明らかで、トランプ氏の発言は朝令暮改で予見可能性は低い。4月22日に、パウエル氏を解任する意思はないと言及してから約2カ月で一転、パウエル氏への批判はトランプ氏だけでなく、政権内へ広がっていく。

 ビル・パルト米連邦住宅金融庁(FHFA)局長は7月2日、「パウエル氏の政治的偏向と、上院での虚偽の証言について調査するよう要請する。これは『(FRB議長の解任根拠となる)正当な理由』に値する」と記した書簡をXで公開した。FRB本部の改修費用25億ドル(約3700億円)について、パウエル氏が6月の米上院銀行委員会で「(改修に関する)メディアの報道は誤解を招き、不正確」と証言したことを問題視。米議会に調査を求めた。トランプ氏自身も同日、トゥルース・ソーシャルで「“遅過ぎ”(注:パウエル氏を指す)は直ちに辞任すべきだ!!!」と投稿するとともに、米議会による調査に賛同した。なお、米国家首都計画委員会(NCPC)は首都ワシントンD.C.にある連邦政府の施設や地域の開発について提案を審査するほか、米連邦建築物の設計に関し、権限を有する。

 7月10日には、ラス・ボート米行政管理予算局(OMB)局長がパウエル氏に書簡を送付。改修に屋上庭園やVIP専用エレベーター、高級大理石など過度に豪華な仕様が施され、その費用はベルサイユ宮殿並みと非難した。ケビン・ハセット国家経済会議(NEC)委員長も7月13日、米放送局ABCニュースの「ディス・ウィーク」に出演し、トランプ氏がパウエル氏を解任するかは、ボート氏からの質問への回答次第と答えた。

【トランプ政権、パウエルFRB議長に圧力】
出所:各種報道よりストリート・インサイツ作成 拡大画像表示

 パウエル解任の新たな手段として、FRBの改修費用を口実に使う一連の動きを経て、7月15 日に異変が生じる。アナ・ポーリーナ・ルナ下院議員(フロリダ)がXにて「まもなく、パウエル氏が解任される」と投稿7月16日付のニューヨーク・タイムズ紙は、トランプ氏が約10名の米下院議員と会合の際に、パウエル氏を解任するための書簡を公開したと報道。ホワイトハウス関係者も解任について言及したとの報道も飛び交い、ドル安・米株安・米債安に傾いた。しかし、トランプ氏がまもなく、記者団に対し「パウエル氏を解任する予定はない」と否定した結果、「いって来い」を迎え下げ幅を急速に縮小させた。市場関係者の多くは、トランプ氏が相場の急落を受けて「TACO(Trump Always Chickens Out=トランプはいつも日和る、過去コラムをご参照)」に至ったと解釈した。

これを「TACO」だと決めつけられない理由

 だが、これを単なるTACOと決めつけるのは早計だろう。確かに、米連邦最高裁判所は5月22日にFRBを「独自の構造を持つ準民間組織」とし、大統領の権限拡大とFRB議長の解任にブレーキを掛ける判断を下している。また、米連邦準備法10項3節は、FRB理事会にFRBが取得・建設した建物について「維持、拡張、または改修が可能で、また建物とその空間をFRB理事会が単独で管理できる」権限も付与している。従って、FRBはNCPCの指示を受ける立場にない。仮にパウエル氏を解任しようとすれば、法廷闘争の大混乱は避けられそうもない。

 それにもかかわらずパウエル解任のカードをちらつかせた理由は、2つ考えられる。

トランプ大統領と政権キーパーソンから飛び出した1週間分の発言を、ストリート・インサイツ代表取締役・安田佐和子氏がマーケットへの影響を中心に詳細解説。▼「ベルサイユ宮殿並みの改修費」で圧力▼これを「TACO」だと決めつけられない理由▼ウォーシュ氏「財務省‐FRB協定」はベッセント氏との合作?
カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
安田佐和子(やすださわこ) ストリート・インサイツ代表取締役、経済アナリスト 世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事するかたわら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの上級主任/研究員を経て、株式会社ストリート・インサイツを設立。その他、トレーダムにて為替アンバサダー、計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員、日本貴金属マーケット協会のフェローを務める。
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