スパイ情報とインテリジェンス

執筆者:春名幹男 2010年9月1日

 最近、在京国際情報筋から聞いた話です。 駐日中国大使館の武官が「中国人民解放軍は孫子の兵法から学んでいる」と言ったそうです。
実は日本も敗戦後、情報機関や警察などでは孫子を教科書として学んでいた時期もあった、ということです。日本は維新以後、旧日本陸軍の基礎をつくったメッケル大佐らからクラウゼヴィッツの『戦争論』を学び、総動員体制を敷きましたが、敗戦しました。戦後、クラウゼヴィッツの銅像を倒すといったこともあったそうです。
しかし、今では自衛隊も情報機関も、当然のことのようにしてアメリカの戦略論を受け入れ、大きい影響を受けています。
アメリカの戦略を学ぶことは重要ですが、それと同様に中国の戦略の本質を知る必要があります。
先日、アメリカ国防総省が8月に発表した、中国軍事動向に関する年次報告を日本のメディアは大きく報道しました。これとて、アメリカのレンズを通して見た中国軍の現状分析です。中国軍の新兵器開発には、技術的な問題も多々あることも分かったのですが、日本のメディアはみな「脅威」ばかりを強調していました。
果たして、中国の軍備増強の狙いはどこにあるのでしょうか。
孫子は無謀な戦争を戒め、「百戦百勝は、善の善なるものにはあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり」と説いています。他方、情報戦の重要性を強調し、「爵禄百金をおしみて、敵の情を知らざる者は不仁の至りなり」と述べています。
無謀な戦争を繰り返してきたアメリカから巨額の新鋭兵器の購入を図りながら、近代国家としての情報機関も整備せず、「内閣官房報償費」を情報機関の予算と誤解して論議するような国、日本は一体何を基礎にしているのでしょうか。
インテリジェンスとは、スパイ情報をもてあそぶことでは決してありません。
ジョージタウン大学のキャロル・クイグリー教授(歴史学)は名著『悲劇と希望』で「総体的に、スパイは成功するが、インテリジェンスは失敗する」と書いています。冷戦時代、明らかにソ連はスパイ戦では米国に対して優勢勝ちでしたが、インテリジェンスでは惨敗し、国家が壊れました。
結局、インテリジェンスとは何なのでしょうか。
雑誌時代と同様、さまざまなアネクドートを紹介しながらも、本質を忘れず、日本の歩むべき道を探っていきたいと思います。どうかよろしくお願いします。

(春名幹男)

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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