「だめじゃないか。サンドイッチを残すなんて! お父さん、手に入れるの大変だったんだぞ!」と子供のランドセルの中身を調べて男がすっとんきょうな声を上げる。「お前ったら、リンゴだって齧りかけじゃないか」。舞台の中央にポツンと一人で座った男が、子供のランドセルを抱きながらぶつぶつと説教を始める。戦争で大変なのだから、ものを大切にしなくちゃ。お前だってわかるだろ、と声を和らげて甘く諭す。ひとしきりお小言が終わると、締めに父親らしき威厳を見せ、男は声のトーンを上げる。「もし、またこんなことするんだったら、このランドセルだってあげちゃうぞ。お前の弟に――」と言い放った瞬間、男は我に返り、そのランドセルを愛用していた子がすでに息絶えてしまったことを思い出す。そしてがっくりと老けこんだ声で呻く。「ごめん。お前は私のひとり息子だったね――」。

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