「92年コンセンサス」を選択した台湾社会

執筆者:野嶋剛 2012年1月17日
タグ: 中国 台湾 日本
エリア: アジア

 1月14日夜、台北市内の国民党本部に併設された馬英九総統候補の選対本部前は、たたきつけるような強い雨に見舞われた。
 台湾総統選の投開票日の天気予報は朝から雨。しかし、朝8時から午後4時までの投票時間に雨は一滴も降らなかった。雨で投票率が下がれば、天気など一切お構いなしの熱狂的な支持者が多い民進党が有利になる。国民党にとって、夜まで持ちこたえたこの日の天候は、勝利をより確実なものにする「天の声」に思えたに違いない。

周美青旋風

台湾総統選に勝利した馬英九総統 (C)AFP=時事
台湾総統選に勝利した馬英九総統 (C)AFP=時事

 午後4時に始まった開票作業は1時間も経つと馬英九と民進党候補・蔡英文との票差が離れ始め、開票率が50%を超えた午後6時には日本のテレビならば「当確」のテロップが流れてもおかしくないほど、馬英九の勝利はあっという間に明らかになった。  午後8時ごろ、勝利宣言のために馬英九が選対本部前の「八徳路」を封鎖して設けた特設会場に姿を現し、「我々は勝った!」と叫ぶと、数千人の観衆から大歓声が上がった。みんながイスに上って傘を振り回すので、私の視界からは馬英九の姿が消えてしまった。  相変わらず上手とは言えない馬英九の演説はだらだらと長く続き、会場の熱が冷めかけたころ、馬英九が「私の選挙を支えた皆さんに感謝したい。特にこの人に」と言って隣にいた周美青夫人の肩を抱き寄せると、突然、会場で黄色い悲鳴が響き渡った。2人が肩を抱き合った瞬間に盛り上がりは最高潮に達し、「親一個(キスをして)」のコールが会場に数分間も響き渡って馬英九が思わず苦笑いを浮かべたほどだった。  なぜ、周美青夫人にこれだけ大きな声援が送られたのか。実は、馬英九の苦戦が伝えられた選挙戦の最終盤、1人で各地を回り、戦況を一気に好転させた立役者が周美青だったからだ。国民党の選挙広報のテレビCMも周美青を中心に製作したものが多く、主役の馬英九は完全に脇に追いやられていた。「周美青旋風」とも呼ばれた周夫人の活躍ぶりは、今回の選挙が実のところ「馬英九対蔡英文」の対決ではなく、「周美青対蔡英文」という女性対決の側面を持っていたことを、私に強く印象づけるものだった。

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執筆者プロフィール
野嶋剛(のじまつよし) 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)、『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『香港とは何か』(ちくま新書)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com
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