逆張りの思考

我が家のルーティーン

執筆者:成毛眞 2016年4月14日
エリア: アジア

 このコラムを担当してくれている編集者の家では、毎年、家族全員で写真館へ出向き、記念写真を撮っているという。写真を残すことで、家族のひとりひとりの成長や子孫繁栄が一目でわかる。これは得難い貴重な財産だ。このような財産、そして記憶を作り残すことは、家族の義務である。我が家でそういう慣習はなかったのだが、写真館に行かなくても定期的に撮っておけば良かったと思う。
 我が家の決めごと、今どきの言葉で言うとルーティーンは、年に一度の少し長めの旅行であった。今ほどインターネットが発達していない頃は、どこへ行くか、どうやって行くか、そこにはどんなものがあるのか、どこに泊まって何を食べるかということを何ヶ月も前より家族全員で調べてから出かけていった。調べものや準備も旅の一部として、十分に楽しむことができた。
 インターネット全盛の時代になってその楽しみは減ったかというと、むしろ増えた。インターネットがあると、どんなことであっても、微に入り細に入り調べることができる。旅をより深く楽しめるようになったのだ。
 万全の状態で出かけていくので、旅先でもまたもちろん楽しい。先日、これは半ば仕事で瀬戸内へ行った。私にとっては初めての土地だったので、なおさら、かの地に伝わる神話から現代の課題まで調べつくしたのは言うまでもない。おかげで、たいそう楽しむことができた。「やっと本物にたどり着いた」「これがあの」の連続だ。
 もちろん、その場で初めて知ることもあるので、帰ってからも調べものは続く。旅は行っている間だけでなく、その前後も楽しみが持続する。訪れたことのある土地でイベントがあったり、事件事故が起きたというニュースを知ったなら、さらに高い関心を持つことは間違いない。
 年に一度の少し長い旅へは家族で行くので、当然のことながら、準備もあとからのフォローアップも家族で行う。旅は家族での共同プロジェクトだ。だからこそ、普段はあまり互いに干渉せず、自由に時間を過ごせるのだろう。そして、もしも旅というルーティーン化されたプロジェクトがなかったら、干渉しなさすぎて一家離散するか、過剰に互いに依存してしまうか、どちらかではないかと思うのである。
 編集者氏も、写真のためという大義名分があるから、年に一度、一家が集まる。家族の関係を良好に保ちたければ、これくらいの距離感がほどよいのではないだろうか。年に一度、これをすると決まっていれば、個人的な事情はさておいて、家族の事情を優先せざるを得ない。個人のささやかな犠牲のもとに、家族は成り立っている。
 

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執筆者プロフィール
成毛眞(なるけまこと) 中央大学卒業後、自動車部品メーカー、株式会社アスキーなどを経て、1986年、マイクロソフト株式会社に入社。1991年、同社代表取締役社長に就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社「インスパイア」を設立。2011年、書評サイト「HONZ」を開設。元早稲田大学ビジネススクール客員教授。著書に『面白い本』(岩波新書)、『ビジネスマンへの歌舞伎案内』(NHK出版)、『これが「買い」だ 私のキュレーション術』(新潮社)、『amazon 世界最先端の戦略がわかる』(ダイヤモンド社)、『金のなる人 お金をどんどん働かせ資産を増やす生き方』(ポプラ社)など多数。(写真©岡倉禎志)。
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