逆張りの思考
逆張りの思考

船遊びのススメ

執筆者:成毛眞 2016年7月7日
タグ: 日本
エリア: アジア

 春の晴れた日、船に乗った。日本橋のたもとを発ち1時間ほど巡航する乗り合いの船である。近くで仕事を終え、丸善日本橋店に寄って帰ろうかと思ったとき、ふいに乗り場が目に入り、即断をしたのである。クルーズ船といっても豪華な大きいものではなく、橋の下を通り抜けられる小ぶりなものだ。ただしトイレは付いている。
 晴れた空の下、適度な揺れを感じながらゆっくりといくつもの橋をくぐり、かつての船着き場の傍を過ぎる。あまりの心地よさに、よくぞ家康は江戸の水運を整備してくれたものだと思う。ガイドの解説は丁寧だが、それを一生懸命聞かなくていいのも気が楽だ。ほどよく湿った風に当たってぼんやりしていると、頭の中が無になって、それから手に持っているのがなぜペットボトル入りのお茶であり、缶ビールでないのかが不思議に思えてくる。選択を誤った。
 外海に出るわけではないので、さほど揺れない。だからこれは誰にでも楽しめるであろう短時間のクルーズだが、おそらく日本橋界隈に勤めている人でも、乗ったことのある人の割合は低いはずだ。なぜなら便数が少ないから。平日は13時発の1便のみという日もある。観光客であっても、これに合わせてスケジュールを組むのはなかなか難しいのではないか。だからこそ思いついたときに、ひっそりと楽しめる遊びであるとも言える。
 同じ日本橋のたもとから乗り込める貸切船もあるのを思い出した。10人乗り程度の小さな箱型のボートだが、座席は豪華な白のソファ。まるで移動する白い貴賓室だ。知人がその船上でシャンパンが飲み放題のクルーズを楽しんだと言っていたのである。船の上という、オープンであるにもかかわらず独立した空間で、陸上でいい大人がするのははばかられるような、といっても全身白ずくめといったドレスコードを設定し、気心の知れた仲間と非日常感を楽しむのも良さそうだ。揚げたての天ぷらがつきものの屋形船も良いのだが、シャンパンで酔ってここはセーヌ川かと錯覚しそうになったところに、視界に東京スカイツリーが飛び込んでくるというのも、悪くない。
 また別の知人は、声楽家と共にやはり貸し切りの船に乗り、日本橋川にかかる低い橋をくぐるたびに停止し、そこで一曲披露してもらい、橋の下特有の響きを味わうクルーズを堪能したという。屋根のない船で楽しめるのは、景色だけではないのである。
 私がぜひ乗ってみたいのは横須賀や呉の軍港を巡る船だ。目当ては軍港そのものではなく、そこに停泊中の艦船だ。いつどの艦船が見られるかの情報は公開されていないので、行ってみないと何が見られるかわからないのが、探検心を刺激する。艦船の近くまで寄ってディテールを見ることも、遠くから全体を俯瞰することもできる。めったに見られない最新の潜水艦や米軍の空母などの巨船に出会うと、その希少性に興奮するだろう。

カテゴリ: 社会 カルチャー
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執筆者プロフィール
成毛眞 中央大学卒業後、自動車部品メーカー、株式会社アスキーなどを経て、1986年、マイクロソフト株式会社に入社。1991年、同社代表取締役社長に就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社「インスパイア」を設立。2011年、書評サイト「HONZ」を開設。元早稲田大学ビジネススクール客員教授。著書に『面白い本』(岩波新書)、『ビジネスマンへの歌舞伎案内』(NHK出版)、『これが「買い」だ 私のキュレーション術』(新潮社)、『amazon 世界最先端の戦略がわかる』(ダイヤモンド社)、『金のなる人 お金をどんどん働かせ資産を増やす生き方』(ポプラ社)など多数。(写真©岡倉禎志)。
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