日本初公開!「伝統」から変容を遂げるブラジル先住民の「椅子」

「芸術表現としての椅子」が並ぶ新館展示室。今回の展示にあたっては、建築家の伊東豊雄氏が、芸術監督の役割を引き受けており、野生動物の椅子と目が合うように、観覧者が低く座れる椅子を用意したという 撮影:筒口直弘
 

 かわいらしいフォルムに幾何学的な文様――。原始的な造形と現代美術のような斬新さを併せ持つ数々の「椅子」は、ブラジルの先住民が制作したものだ。東京都庭園美術館で開催されている「ブラジル先住民の椅子 野生動物と想像力」展では、ブラジル・サンパウロにあるベイ出版社の約350点のコレクションから、92点が紹介されている。

《カメ》 リクバツァ民族 
作者不詳 長43㎝
Aカテゴリーの椅子。背中の傷は、まな板としても使用していたから
《双頭のオウギワシ》 
民族・作者不詳 長120㎝
Bカテゴリーの椅子。現実に存在する動物の中、唯一、想像上の鳥がモチーフとなっている

 「ベイ社は普段からコレクションを公開しておらず、これらの作品は海外初出展でもあり、“日本初公開”でもあるのです」と説明するのは、同美術館の大木香奈主任学芸員。

 「『ベイ』は、美術・日本料理中心の出版社で、30年以上かけて先住民の椅子を収集してきました。広大なブラジルの土地には200民族ほどの先住民が暮らしていて、ベイ社が所有しているのは、25ほどの少数民族の作品。展覧会ではそのうち17族の椅子を展示しています。彼らは先住民の椅子を単なる調査・研究のための資料とするのではなく、ブラジル独自の芸術表現として認めています。だからこそ、自分たち本位ではなく、先住民の方々と深い交流を持って彼らの意図を汲み取り、作品を発表する場を設けるなど、その造形美が評価・普及されるよう努めています」

先住民が椅子に託した三つの役割 

 今回の展覧会では、先住民の椅子をA、B、Cの3つのカテゴリーに分けて展示している。Aは伝統的な椅子、Bは動物を象った伝統的な椅子、Cは芸術表現としての椅子である。

Aカテゴリーの椅子。「先住民の椅子でも溶け込ませてしまう庭園美術館本館のアール・デコ空間に、作品が飲み込まれないよう、かすかな違和感を生じさせる展示台等を」という樋田館長の依頼に応え、伊東氏は高さや脚の太さの異なる円形テーブルを組み合わせた台を考案した 撮影:筒口直弘

 「Aは座る機能に徹したものです。Bは椅子としての機能は保ちながら、鳥など神話や信仰に深いかかわりを持つ野生動物の造形がほどこされたものです。AもBも、誰もが座れる普段使いの椅子だったわけではなく、その使われ方は、しきたりや慣習によって決まってました。Cは、AとBの用途からは離れて、自分たち以外の少数民族、国外の幅広い人たちに向けて、先住民の文化、ルーツを発信するメディアともなっている椅子です」

 確かに、Aのカテゴリーでは、一見して「椅子」だとわかる形態のものが多い。しかし、素朴な腰掛けから、複雑な文様がほどこされているものまで、それぞれに個性が見られる。

 「考古学的な調査に基づくと、ブラジルを含む中南米の地域では、約4000年前から椅子の使用の痕跡が認められています。ただ、コレクションされている椅子は、古くてもせいぜい30~40年ほど前のものです。

 “伝統的な椅子”と一口にいっても、民族や制作者によって形は様々。たとえば、ガラジャ民族がつくった椅子には、端に目を表しているような象嵌をほどこしていたり、ひもがついていたりします。狩猟などで移動するときに、肩から下げて持ち運んでいたようです。アスリニ・ド・シングーと呼ばれる人々は、非常に美しい幾何学的な文様を椅子に描いている。彼らは同じ文様を陶器や織物、ボディペインティングでも使用していますが、残念ながら調査研究が進んでおらず、家紋なのか、まじないなのか……その詳細はわかっていません。リクバツァ民族の椅子は、カメがモチーフの実に素朴な造形。人が椅子に動物を象ろうとした初発的な在り様に思えます」

 これらの椅子は、社会的な権威や地位、区別を表すシンボルでもあった。カヤビやユージャといった少数民族内では、椅子は長老やシャーマンが占有するもので、メイナク民族ほか多くの少数民族では、AとBの椅子には女性は座ることができず、女性が座れたのは、ブリチ椰子でつくる敷物だった。またある共同体では、隣接する共同体間で婚姻が行われる際に新郎側から義父や義兄に贈られるもの、と椅子をめぐる習俗は民族によって異なっているのだ。

人間界と異界をつなぐ使者

 先住民の中でシャーマンは、人間界と精霊が住む異界をつなぐ存在であると考えられており、彼らにとって椅子は重要な役割を果たしている。

ベイ社の好意により自然光の中で展示されている。中庭の光が天板の薄い青(空や水をイメージしている)に反射して、あたかも窓から鳥が入って来たかのようにも見える 撮影:筒口直弘

 「シャーマンは宗教的な行事をつかさどる人物です。異界の精霊からメッセージを受け取る際、アルコールを飲んだり、煙草を吸ったり、周囲の高揚する歌声やダンスでトランス状態に入ります。そのときに腰掛けるのが、AやBの椅子でした。Bの椅子には鳥やサル、エイなど動物を象ったものが多く、メイナクなどアマゾン支流のシングー川上流域に住む少数民族にとって、とりわけコンドルのような猛禽類の鳥は、その飛び立つ様から人間界と天空、見えない世界をつなぐ使者、御使いだと考えられています。鳥の飛翔は、“遠方への誘(いざな)い”を意味していました。ジャガーもよく見られるモチーフですが、雨の神とされています。

 象られた鳥には、オウギワシ、ホウカンチョウ、ズグロハゲコウなど耳慣れない動物も多くて、デフォルメされた椅子の造形と実物を見比べてみるのもおもしろいかもしれません」

「マティスのシャープな線」

 そしてCは、先住民古来の文化が外部との接触により、“変容を遂げた”椅子だ。AとBの椅子に共通して見られる平らな座面はほとんど見られず、モチーフとなる動物の背中は丸みを帯び、中には頭から首、肩甲骨、背中、おしりまで骨の形がわかるような実際の動物の形態に近い彫刻もある。先住民が今、この時代につくっている作品だ。展覧会の監修にあたった樋田豊次郎館長は、次のように語っている。

 「温かさ、楽しさ、かわいさを持つ木彫りの動物たちを、“民芸品”と見る人もいます。しかし、私は最初にこれらの椅子を見た瞬間、アンリ・マティスが晩年に手掛けた切り紙絵のシャープでざくっと切られた線を思い浮かべました。また北欧の素材感を大切にするシンプルなスカンジナビアデザインにも共通するものを感じています。すべて一木造りの無駄なものは一切ない形、文様。しかし、木目や色まで考え抜かれてつくられている。“かわいい”とか“楽しい”だけでは説明し切れない造形の強さが隠れている気がしました。文化人類学的にはこれらの椅子を先住民の滅びゆく文化と捉える向きもありますが、現代に受け継がれる彼らの椅子は、我々が持つそうした思い込みを、その強さ、迫力、美しさで軽々と越えていってくれます」

 動物をモチーフとしていても、もちろんBのような信仰や神話の直接的なアイコンではない。それでも、彼らが日常目にする野生動物たちへ抱く愛情や畏怖の念、自然観は変わらず内包されている。

《サル》 メイナク族 カマルヘ作 長130㎝
Cカテゴリーの椅子。文様、造形が独特で美しく、思わず目をひかれる大型作品

 「Cの椅子は先住民が彼らの文化を守り、支えていくためのツールでもあります」というのは、大木学芸員だ。

 2017年4月に開催された「サンパウロ・アートフェア」に、ベイ社の計らいでメイナク民族の椅子が出品されると、大きな反響を呼び、注文も相次いだという。それでも彼らは、制作用の樹木を乱伐することはなく、自然を壊さないように配慮して、持続可能な作品づくりを行っている。樋田館長の現地でのインタビューに答えて、椅子の制作者であるメイナク族のヤタピとマイヤワリの兄弟は、こう語っている。

 「椅子の制作者は作品を紹介されることを喜んでいますが、ブラジルや外国には先住民の芸術を認めない人が多い。我々はマイノリティだから作品も過小評価されている。とくに椅子はとても安い価格をつけられてしまいます。あたかも簡単につくれて、価値も意味もないかのように。でも今、発表の機会を得て、我々はアーティストとして認められつつあります」

 そして、制作だけではなく、椅子の調査研究も行い、誰が手掛けた作品なのかアーティスト名も含めて、後世に伝えていきたいと言う。

 「彼らは今でも村に住み、野生動物たちに囲まれています。アーティストとして制作した作品では、アリクイ、バク、サル、アルマジロ、カピバラなど、これまでにない様々な動物がモチーフになっていて、大きさや形や表情がそれぞれ異なっています。そこに、先住民が野生動物から触発されたゆたかな想像力を見て取ることができるでしょう。私たちは、伝統から芸術へと変質してきたこの“先住民の椅子”の有様を、この展覧会でそのまま伝えるようにしています」(大木学芸員)

 受け継がれる伝統と変容する文化――。それらを併せ持つ「先住民の椅子」は、私たちが忘れて来た豊かな精神が息づいているようだ。

 

ブラジル先住民の椅子 野生動物と想像力

会期:9月17日(月・祝)まで 

会場東京都庭園美術館

休館日:第2・4水曜日(8月8日、 8月22日、 9月12日)

開館時間:10:00~18:00(入館は閉館の30分前まで)

※8月31日までの毎週金曜日は、21:00まで開館する「サマーナイトミュージアム」を開催。なんと、学生は17:00以降の入場料は無料。通常1200円の一般も960円でご覧いただけます。

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フォーサイト編集部 フォーサイト編集部です。電子書籍元年とも言われるメディアの激変期に、ウェブメディアとしてスタートすることになりました。 ウェブの世界には、速報性、双方向性など、紙媒体とは違った可能性があり、技術革新とともにその可能性はさらに広がっていくでしょう。 会員の皆様のご意見をお聞きし、お力をお借りしながら、新しいメディアの形を模索していきたいと考えております。 ご意見・ご要望は「お問い合わせフォーム」や編集部ブログ、Twitterなどで常に受け付けております。 お気軽に声をお聞かせください。よろしくお願いいたします。
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