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「帝国の墓場」に進出する中国:米軍撤退後、タリバンと組み資源開発へ

執筆者:春名幹男 2021年5月26日
エリア: アジア 中東 北米
4月14日、軍部の躊躇を押し切ってアフガンからの米軍撤退を発表したバイデン大統領。次に「墓場」に足を突っ込むのは中国? (C)EPA=時事
底知れぬ沼からなんとか足を引き抜くように、アフガニスタンからの米軍撤退を発表したバイデン米大統領。その空隙に、地下資源を狙って進出しようというのが中国なのだが、「帝国の墓場」と呼ばれるこの地で、旧ソ連や米国と同じ轍を踏むのか――。

 アフガニスタンは「帝国の墓場」とも呼ばれる。大英帝国はここで三たび敗れ、その後衰退の道を辿った。旧ソ連も1979~89年に侵攻して敗北、2年後に「ソ連解体」となった。

 米国は、アフガン侵攻とイラク戦争で国力を削がれ、今や国内で未曾有の「格差」と「分断」に苦しんでいる。ジョー・バイデン大統領は、20年間の史上最長期戦を戦ったアフガンから全軍を撤退させ、空前の巨額投資で国力を回復して、墓場行きを避けられるだろうか。

 次に最も注目されるのは、中国の動きだ。中国はひそかに関係を強化してきたタリバンの協力を得て、アフガンへ本格進出し、豊富な鉱物資源を開発しようとしている。

 ハルフォード・マッキンダーの地政学で「ハートランド(中核地域)」とされる、ユーラシア大陸の臍に位置するアフガンをめぐって、21世紀の超大国の戦略的せめぎ合いは、米軍撤退で激しさを増している。中国には墓場を生き抜く策略があるだろうか。

軍部が渋った無条件撤退

「米中枢同時多発テロ」から今年の9月11日で20年。その前に、アフガニスタン駐留米軍を全面撤退させる、とバイデン米大統領が4月14日に発表した。

 発表の8日前、大統領は執務室で、ロイド・オースチン米国防長官とマーク・ミリー統合参謀本部議長の米軍トップ二人にこの決定を伝えた。

「大統領、今言われたことは決定ですね。それで正しいですか」

 ミリー将軍は驚いて、そう確認したという。

 二人は米軍駐留の継続を主張してきたが、大統領から無条件の撤退を指示されたことにショックを受け、あえて大統領の発言を聞き返したようだ。

 2001年10月、ブッシュ元政権が同時多発テロの「主犯」オサマ・ビンラディンを匿っていた当時のタリバン政権に対して、引き渡しを要求したが、拒否されたため、「不朽の自由作戦」を掲げてアフガンを侵攻した。

 あれから20年。米国は選挙で選ばれたアフガン政府を支援し、戦費とアフガンの「国造り」のため2兆2600億ドル(約250兆円)も支出してきた。イラク戦争を含めると、いわゆる「対テロ戦争」の総額は6兆4000億ドル(約700兆円)に達する。しかし、いずれも所期の成果を挙げられないまま、撤退を余儀なくされることになった。

カルザイ氏に怒ったバイデン大統領

 バイデン大統領は当初、上院議員としてアフガン侵攻作戦を支持した。米国の支持で大統領に就任したハミド・カルザイ氏に米中央情報局(CIA)は多額の金銭援助を続けた。しかし、カルザイ政権は腐敗の巣窟と化し、汚職や麻薬取引がまん延した。

 バイデン氏は2008年の大統領選挙で副大統領に当選した後、アフガンを訪問。こうした問題を追及したが、カルザイ大統領(当時)はすべて否定したため、バイデン氏は怒って夕食会の場から突然立ち去ったという。

 これまで、米軍の死者は約2400人、負傷者約2万人。死者は有志連合国を合わせると合計約3500人に上る。アフガン国軍の死者は約6万6000人、アフガン市民の死者は数十万人と推定されている。

 バイデン大統領は、一向に進展しない国造りにいら立ち、オバマ元政権内で、米軍の早期撤収を主張してきた。

タリバンがアフガン政権打倒へ

 現在の駐留米軍は約2500人、それとは別に約1000人の特殊部隊が駐留していると言われる。さらに補助的な任務に就いている米国の民間軍事会社(PMC)の米国人契約社員が約6000人、有志連合国の兵士が約7000人となっている。

 米軍などが軍事訓練を施しているアフガン治安部隊兵士は形式的には、30万人以上とされているが、実際はその規模には達しておらず、士気が大きく低下しているとみられる。給与が少ないとの不満から兵士が姿を見せないこともあるという。

 米国は700億ドル(約7兆6000億円)の予算を充てて、装備や武器を供与してきたが、それらが盗まれたり、行方不明になったりすることもある。

 米軍は、少数の米軍兵士の駐留を向こう数年間継続して、対テロ戦争の体制を維持する一方、アフガニスタン国軍を養成し、自国防衛能力を付けさせるという目標を掲げてきた。

 1月のバイデン大統領就任後、オースチン長官らはこうした計画を大統領に説明。しかし、大統領は首を横に振り続けた。

 結局、米軍も有志連合国の軍もすべて撤退し、その後はアフガン治安部隊が自らの国を守ることになる。しかし、武装勢力タリバンは米兵撤退後に攻勢を強め、アフガン治安部隊を撃破して、アシュラフ・ガニ大統領の政権を打倒する可能性が懸念されている。

 ベトナム戦争では、1973年に米軍が当時の南ベトナムから撤退、2年後の1975年に当時のサイゴンが陥落し、南ベトナム在住の米国人が急きょヘリコプターで脱出する事態になった。

米スパイ・ネットワークは崩壊か

 バイデン政権にとって最も恐ろしい事態は、タリバンが勢力を盛り返し、アルカイダなどと組んで米国本土をテロ攻撃する能力を再び備える可能性だ。そんな事態になれば、バイデン政権は米軍撤退失敗の責任を問われるだろう。

 現実には、米軍の撤退と同時に、CIAの工作員らもほとんどがアフガン国外に出国する可能性が大きい。CIAは大規模な米軍基地の存在で守られなければ、自由な工作活動が展開できなくなるからだ。

 それに伴って、20年間にわたって構築してきた米国のスパイ・ネットワークが崩壊し、情報探知能力が低下する。ビル・バーンズCIA長官自身、議会証言で「米軍撤退で、米国の情報収集と脅威に対応する能力は減退する」と断言している。

 ただ、アルカイダや「イスラム国(IS)」の勢力再建の動きに備えて「CIAは一部の能力を残し、そうした動きを探知して対応する能力は保持できる」とも発言している。欧米の情報機関は今、新たな情報源を開拓しようとしているようだ。

 また、米軍部内では、アフガン駐留米軍部隊をタジキスタンやカザフスタン、ウズベキスタンなど近隣諸国に配備する計画も検討中と伝えられる。

アフガンで中国スパイ摘発

 しかし、米情報コミュニティを統括するアブリル・ヘインズ国家情報長官は「テロ組織の結合体はアフガニスタンからアフリカなどに移動した」との分析を明らかにしている。米情報活動の優先順位は、テロよりも、中国、ロシアの方が高くなっているのだ。

 それに加えて、世界は驚くべき複雑化の様相を呈している。中国がアフガンで情報工作を活発化させ、タリバン系組織に接近する事態が表面化しているのだ。

 昨年12月、アフガン情報機関「国家安全総局(NDS)」のアーマド・ジア・サラジ局長は議会で、中国人グループ10人をスパイ容疑で逮捕したことを認めた。

 インド紙『ヒンドゥスタン・タイムズ』によると、10人は中国情報機関「国家安全部」の指示を受けて、首都カブールに中国のウイグル人過激派組織「東トゥルキスタン・イスラム運動(ETIM)」の細胞を偽装した事務所を開設した疑いがある。新疆ウイグル自治区から脱出した過激派を誘い込んで捕らえ、中国に送還しようとしていたようだ。

 NDSはインド情報機関「調査分析ウィング(R&AW)」から情報を得て中国のスパイ網を摘発したという。

 中国人グループのリーダーは、アフガン産ナッツの対中輸出業者とレストラン経営者の2人で、タリバン系の「ハッカニ・ネットワーク」と接触していたことが分かった。

 同ネットワークはタリバン内の最強硬派。創設者の故ジャラルディン・ハッカニはアルカイダ元指導者の故オサマ・ビンラディンとタリバンの元最高指導者、故モハンメド・オマル師と近い関係にあった。現在、息子の指揮官シラジュディン・ハッカニはタリバンのナンバー2と伝えられている。

ガニ政権はこうした関係を考慮して10人を訴追せず、中国に強制送還して、問題は一応片付いたかに見えた。

中国、銅鉱山開発でタリバンと裏取引

 しかし、この事件は舞台裏で、ガニ政権と中国の間で資源開発をめぐって、重大な問題に発展していた。

 そもそもアフガン当局は中国との協力を重視して、テロリストの疑いがあるウイグル人をアフガン国内で拘束した際は、中国に送還してきた。しかし、中国はその裏で6、7年前からハッカニ・ネットワークの助けを得て、アフガン内のETIM組織をあぶり出す秘密工作を展開してきたようだ。

 それだけにとどまらない。世界最大級の銅鉱山「メス・アイナク」をめぐっても、中国はタリバン側と裏取引をしている、と米外交誌電子版『フォーリン・ポリシー』は伝えている。

 中国国営の「中国冶金科工集団(MCC)」は2007年、この銅山開発でアフガン側と総額約28億ドルの30年リース契約を結んだ。

 しかし、これまでにMCCが現場での作業で支出したのは約3億7100万ドルのみ。元アフガン鉱工業相とMCC側の贈収賄事件が表面化して作業が遅延したこともある。しかし、基本的には反政府勢力による妨害を懸念して、MCC側が積極的に作業を進めなかったのが大きい理由のようだ。

 このためアフガン側は早期に採掘作業を開始しなければ、銅鉱山開発の入札をやり直すと警告したという。

 同誌によると、中国は1996~2001年のタリバン政権の時代に、タリバン指導部との関係を構築し、インフラ開発契約の交渉を続けてきたという。中国はオマル師との良好な関係を維持していたとの情報もある。

中国が墓場でターゲットにされる日

 アフガニスタンは銅のほか、石炭、鉄鉱石、リチウム、ウラニウム、金、宝石、石油・ガスなど鉱物資源に恵まれており、タリバンはこれらの資源地帯を支配下に置き、開発・採鉱に従事しており、鉱物資源収入は年間約4億ドルに上るという。相当の軍資金を稼いだ可能性がある。

 他方中国は、米軍撤退後のタリバン政権復活をにらんで資源開発に乗り出す構えのようだ。しかし、イスラム教徒のウイグル人に対する中国当局の「ジェノサイド(民族虐殺)」をタリバン、さらに組織再生を目指すアルカイダやISが今後どう対応するのか。中国のイスラム教徒迫害をめぐってイスラム過激派間で対立が生じる可能性がある。

 アフガンの統治は、民族構成が複雑なため安定政権の確立は極めて難しい。また戦略的要衝に位置するため外国からの干渉も絶えない。ソ連軍の侵攻に対して、ロナルド・レーガン米政権は、サウジアラビア、パキスタンと組んでイスラム勢力を武装化し、ソ連軍を打倒した。

 次なる「帝国」として中国がアフガンの資源を独り占めにして、イスラム過激派から批判を受け、ターゲットにされる可能性は十分あるだろう。

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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