ソウル打令2021
ソウル打令2021 (5)

「クッポン」「ヘル朝鮮」から「K症候群」へ

執筆者:平井久志 2021年8月30日
タグ: 韓国
エリア: アジア
ソウル市鍾路区の道路脇。柳寛順さんら独立運動家たちが描かれている(筆者撮影)

 

 流行語や新造語は、その時代の雰囲気や社会のあり方を微妙に反映するものではないかと思います。

 今回、ソウルで久しぶりに生活を始めて、「クッポン」という言葉を時々聞くようになりました。「クッポン」って何だろうと思って調べてみると、「クッポン」とは「国」と「ヒロポン」(覚醒剤)を合わせた合成語でした。つまりヒロポン中毒のように陶酔的に韓国を自慢したり、優越的な感情を満足させる状況を批判する時に使われるようです。

 どんな使い方をしているのでしょうか。

 最近ですと、東京五輪をめぐり、黒人や中国人、日本人に対して排他的で差別的な言葉が韓国のネット上に溢れているという状況について、『朝鮮日報』は「顔が赤くなる『クッポン応援』」(8月2日付)と報じ、そうした応援を批判していました。韓国は素晴らしくて、他の国は駄目だという一種の「韓国至上主義」、「韓国ファースト」の考え方への批判です。

 考えてみると、この言葉には2つの要素が入っています。まずひとつには、韓国内に「韓国最高!」「韓国を自慢したい!」「あいつらは駄目だ!」という一種の国粋主義的、排他的、優越的感情が溢れているからこそ出てきた言葉だ、と思います。

 その一方で、こうした現象を「ヒロポン」と表現しているわけですから、こうした自国中心主義は一種の麻薬中毒であり、本質的には韓国自身を駄目にする現象だという批判意識が含まれているということです。

 いつ頃から生まれたのか調べました。はっきりとはしないのですが、2010年代半ばくらいからネット上などで使われ始めたようです。

 韓国の国民1人あたりの国内総生産(GDP)は2014年に2万9000ドルを突破、2017年には3万1000ドルを超えました。どうも、このころから「韓国至上主義」的な言葉がネットなどで出てくるようになったと思われます。政治の世界では朴槿恵(パク・クネ)政権時代です。

社会構造の変化が新語を生んだ

 興味深いのは、同じ頃からよく使われるようになった流行語・新造語に「ヘル朝鮮」という言葉があることです。2014年ごろからよく使われるようになり、2016、2017年頃にはマスメディアなどにもよく登場するようになりました。

「ヘル朝鮮」とは「地獄のような朝鮮」という意味ですが、韓国社会が抱えている葛藤をすべて包み込んだような言葉です。貧富の格差、世代間の葛藤、男女間の対立、イデオロギー的な対立など、総体的な対立や葛藤の中で「生き辛い韓国」という感じを訴えた言葉です。

 同じ頃に平均月収が88万ウォン(約8万円余)の非正規労働者に就くことしかできない若者たちを指して、「88万世代」という流行語も生まれました。

 韓国至上主義があったからこそ生まれた「クッポン」と、韓国が地獄のようだと感じる若者たちの感情を表現した「ヘル朝鮮」が同じ時期に流行したというのは興味深いことです。

 これは中間層が崩れ、社会階層の分化が進み、分離した階層の間では感じが異なり、その大きく異なった感性から生まれたのではないかと思います。

 韓国で、朴槿恵大統領の弾劾を求める「ろうそくデモ」が起こったのは2016年秋からでした。このデモの原動力は、朴槿恵大統領やその知人の崔順実(チェ・スンシル)氏への怒りだけでなく、権力につながる人々だけが恩恵を独占する社会構造への反発でした。いわば「ヘル朝鮮」の解消を求める大衆運動であり、その結果として、文在寅(ムン・ジェイン)政権が生まれました。

 しかし、曺国(チョ・グク)元法相をめぐり、子女の進学に関係して偽造文書が作られたことなどが表面化し、人々を失望させました。青瓦台(大統領府)幹部が不動産投機をしていたり、法律が施行される直前に貸している家の家賃を大幅に引き上げたりした事例などが出てきて、「保守も進歩も同じゃないか」という批判と失望が起こりました。

「K」の氾濫

 韓国で久しぶりに生活を始めてみて感じていることの1つに、「K」の氾濫に対するちょっとしたうんざり感があります。

「K」とは「KOREA」の頭文字なのですが、多くの人が最初に思い浮かべるのは「Kポップ」でしょう。防弾少年団(BTS)の世界的な大ヒットが、Kポップの地位を上げたことは間違いありません。

 しかし、僕は「カスマプゲ」や「釜山港へ帰れ」といったナツメロ歌謡になら「K」を感じるのですが、BTSには「K」を感じません。韓国的なものこそが世界に訴える力があるという考え方もありますが、Kポップの状況はそういう方向ではないように思います。あるシンポジウムで、Kポップが世界的な市場を得ようとすればするほど「K」的要素は薄くなっていくと語り、会場をしらけさせてしまった経験もあります。

 しかし、韓国で暮らしていると「K」はポップスだけでなく、コロナ対策の「K防疫」、美容分野の「Kビューティ(韓国化粧品)」、将来の重要産業分野の「Kバッテリー」という風に広がっています。まるで「K症候群」で、少し嫌気がさしています。

 だが、これはどこの国でも起きている現象かもしれません。日本のテレビを見れば、日本の素晴らしさを称える番組がたくさんあります。「失われた30年」が事実だからこそ、日本の素晴らしさを一時的にでも感じ、自己満足しているのかもしれません。

 今年の8月15日の文在寅大統領の「光復節」演説を聞いていると、日本や北朝鮮への具体的な提案はなく、半分以上は韓国が植民地支配から解放された76年間に、どれほど発展したかを強調するものでした。文大統領は、Kポップスは映画やドラマ、ゲーム、漫画にまで広がったと述べました。まあ、ここまでは良いです。

 さらに、文大統領は「自主国防」の成果として「K2戦車」、「K9自走砲」、「K21装甲車」、先端超音速戦闘機「KF21」を持つ「先端強軍」になったと誇らしげに語り、

「今や韓国は総合軍事力で世界6位となった軍事強国です」

と強調しました。僕は、国防費を減らして、福祉や教育を増やすのが「進歩政権」だろうに、コロナ禍の中で、何かおかしなことを言っているなと思ってしまいました。韓国が「軍事強国になった」と宣言して、「北東アジア全体が繁栄する『韓半島モデル』」など、どうやったらつくれるのだろうか、と。

 もう「わが国第一主義」はトランプ前米政権だけのものではなく、米国、中国、日本、韓国と、どんどん広がっています。

 僕は、現在の状況は、各国がナショナリズムで自慢や自己満足、排外主義に浸るのではなく、自らの誤りや欠点を見つめ直す時期ではないかと思うのです。日本では最近人気のない「自虐史観」ですが、今こそ、日本にも韓国にも必要なのは自身を検証し、反省することではないかと思うのですが、如何でしょうか。

 

カテゴリ: 社会 政治 カルチャー
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執筆者プロフィール
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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