ロシア人はなぜ高い授業料を払って「サウナの入り方」を学ぶのか

執筆者:徳永勇樹 2021年10月31日
タグ: ロシア
エリア: ヨーロッパ
バーニャから見える景色はロシアの原風景 写真・筆者提供
ここ数年、日本ではサウナブームが続いている。ロシアにも伝統的なサウナ文化があり、なんと正しい入り方を学ぶための学校まで存在する。日本人の筆者がロシアの「サウナ合宿」に参加して見たものとは――。

 

「バーニャ学校の合宿があるのですが、行ってみませんか?」

 2021年5月、モスクワを短期訪問中の筆者に声をかけてくれたのは、日本でロシアのバーニャ文化を広めようと努力するバーニャジャパン株式会社の根畑陽一・代表取締役社長だった。バーニャとはロシア式のサウナのこと。日本ではサウナというとフィンランドのイメージが強いかもしれない。しかし、ロシアにもフィンランドに劣らないサウナ文化があり、その楽しみ方を学ぶ学校まで存在するのである。

 バーニャ合宿の費用は二泊三日で2万2000ルーブル(約3万5000円)だという。日本人にとっては目が飛び出るほどの値段という訳ではないが、ロシア(特に地方都市)の給料水準で考えると、モスクワまでの交通費も含めれば人によっては給料1カ月分に相当する。決して安い授業料ではないにもかかわらず、首都モスクワだけでなくロシア全土から、場合によっては海外からもわざわざ学びにやってくるそうだ。

 いったい誰がどんなモチベーションで、そんな大金をかけてやってくるのか、俄然興味を持った。筆者も日本にいるときにはサウナをよく利用していたが、入り方を他人に学んだことなどない。せっかくの機会だからと、その合宿に参加してみることにした。

 5月中旬のある日の夕方17時。根畑氏と私はモスクワ市中心部から南へ150キロの学校を目指すタクシーの車内にいた。同乗者はロシア中部から参加したセルゲイさん、北極圏ヤマル・ネネツ自治管区出身のアレクサンドル氏。彼らもまた、今回の合宿に参加するためだけにロシアの地方都市から飛行機でやってきたのだという。モスクワ市内の渋滞にはまりながら約3時間半かけて学校に到着した。モスクワ州内とは思えないほど空気が綺麗で、静かだ。周囲には教会と東屋しか見当たらず、19世紀のロシアの雰囲気を色濃く残す、田舎の風景が目の前に広がっていた。

 出迎えてくれたのはアシスタントのマリーナさん。彼女も数年前にバーニャの魅力に取り憑かれ、この学校の職員となったという。建物の中に入ると、大変なごちそうが待っていた。「健全な精神は健全な肉体に宿る」という言葉があるが、バーニャは人間が心身ともに健康になるための過程だ。だから、近くで取れた野菜や果物、また自家養蜂で取れた蜂蜜をふんだんに出してくれるのだという。贅沢な夕食に舌鼓をうって、合宿1日目は終わった。

合宿中の食事風景。手前がマリーナさん 写真・筆者提供

 

まずは人体構造の講義から

 翌日からはいよいよ授業が始まった。講師を務めるのは、ヴァシリー・リャーホフ氏。バーニャに携わって36年という大ベテランである。彼の手ほどきで“本物の”バーニャを体験した人の中には、「人生で初めて、バーニャで汗だけでなく涙も出た」という言葉を残した人もいるという。

 初日は座学が中心で、すべてロシア語で説明がなされる。バーニャ学校の授業と聞いて、参加する前は「ヴェーニク(オークや白樺などの葉を束ねたもの)」を上手に扱う技術「ウィスキング」を学ぶ場所かと思っていた。ヴェーニクでお互いの体をバシバシと叩くウィスキングという行為は、ロシアのバーニャ文化の大きな特徴の一つだ。フィンランドでは「ヴィヒタ」と呼ばれる。ところが、合宿で最初に学んだのは意外にも人体の構造だった。人をもてなすなら、まず肉体的な構造を理解すべし、という発想だそうだ。

 日本では風呂に1時間以上入れば長風呂といわれるが、ロシアのバーニャでは2~3時間、それ以上の滞在も当たり前である。浴室に入った後は水風呂やプールにつかり、少し落ち着いたところで一度外に出て、休憩室でリラックスする。さらに食事をしたりお茶を飲んだりして、しばらくしたらまたバーニャに戻る。このサイクルを3回ほど繰り返す。また、日本ではサウナはひとり静かに入るのが主流だが、バーニャは基本的に一人で入るものではない。ロシア人にとってバーニャの本質とは、高温の浴室で汗を流すことではなく、人と人とが交流する社交場、仲間との縁を深めるための場所なのだ。単に浴室に滞在するだけでなく、その前後の過ごし方までも気を配らなければならない。ウィスキングだけが上手くてもバーニャを極めたことにはならないのだ。リャーホフ氏は「バーニャとは私の人生そのもの」と言っていた。

バーニャを究めるには人体構造に関する知識から 写真・筆者提供
 

 馴染みのない人体構造の講義を一通り受けた後は、徐々に技術的な話に移っていく。二人一組のペアになって、ヴェーニクの使い方を学んだ。

「ヴェーニクは叩くものではない、あなたの目の前に浮かぶ水蒸気を扱う技術だ。だから、そこに水蒸気の塊があると思ってヴェーニクを扱いなさい」

 筆者には水蒸気は見えなかったので、見様見真似で手を動かしているが、

「違う、そうではない」とアシスタントのマリーナさんから喝が飛ぶ。

「あなたにはまだ見えていない。水蒸気が見えていない」

 と言われて弱ってしまう。あたかも禅修行に励む修行僧のような気持ちになりながら、必死に手を動かしていく。

いよいよバーニャに

 一通り練習を終え、ようやく浴室に入ることになった。他の参加者とともにワンルームほどの空間に押し込められる。炭をおこして丹念に温められた煉瓦造りのペチカ(暖炉)に水をかけると、手で掴めるような立体的な湯気が生まれる。先程まで全く見えなかった水蒸気がようやく見えたのだ。リャーホフ氏が大きなうちわであおぐと、蒸気は室内に架けられた松や白樺に沁みこみ、部屋いっぱいに緑の風味が広がっていく。リャーホフ氏はしきりに「美味しいか? 美味しいか?」と参加者に尋ねる。ここでは空気そのものがご馳走なのだ。「美味しいです、美味しいです」と皆が応える。すごい光景だった。

 室内は50度前後、熱すぎることもないからいくらでもいられる。時おり、部屋の外で水分補給をして、また中に入る。これを繰り返していくことで、徐々に身体の芯が温められていく感覚になる。この状態になれば、なかなか湯冷めすることもない。1時間半ほど経過したところで、一度外気浴に出た。気温10度のまだ肌寒いモスクワ郊外ではあるが、芯まで温められた身体にはとても気持ちがよい。自分と外の世界が完全に切り離されたかのような静寂が広がる。こんな気持ちになったのは人生でも初めてだった。汗だけでなく涙も出た、という体験談も、あながち嘘ではないのだろう。

いよいよペチカにお湯をかける 写真・筆者提供
 

 3日目は朝の体操から始まり、さらに本格的にヴェーニクを使用していく。リャーホフ氏が考案した一連のウィスキング技術をセットで覚えるのである。筆者は身体が柔らかい方ではないので、身体全体を動かしてヴェーニクを扱うのに大変苦労した。身体は大きく動かすが、無駄な動きはしてはいけない、という筆者にはまるで矛盾にしか思えないことを、半泣きになりながら何度も繰り返す。これをマスターしなければ、卒業試験を受けることができないのだ。

 そして、いよいよ卒業試験。リャーホフ氏の監督の元、実際にバーニャでペアの相手をもてなすのである。何カ所か大事な手順を忘れて指摘を受けてしまったが、最終的にはなんとかリャーホフ氏にも納得してもらえた。

ヴェーニクの扱いに苦戦する筆者 写真・筆者提供
 

茶室とバーニャの共通点

 なぜ安くない費用をかけて、ロシア人はバーニャの楽しみ方を学ぶのだろうか。3日間の合宿を終えて、筆者の頭に浮かんだのは茶室である。日本の戦国時代、憎しみ合う武将同士が会見する際には茶室が選ばれた。茶室では、刀が容易に抜けぬよう敢えて狭い空間に正座し、毒が盛られぬよう客人の前で器を洗浄する。そうして、心理的にも身体的にも安全な空間で、腹を割って話し合い、一期一会の精神のもと、立場を超えたつながりに感謝する。また時には、部下に諌められた心を落ち着かせるため、独り四畳半の空間で己の心と対話して精神的な研鑽をすることもあったという。こうして、戦の華開く世に束の間の平和が訪れた場所こそが茶室だった。

 ロシアにおけるバーニャも、そのような使われ方をする。信頼できる友人と一緒に行き、親交を温める場所としては最適なのである。「バーニャに将軍はいない」ということわざもあり、バーニャの中では上下関係は一切ない。服をすべて脱いで、武器も何も持ち込めず、お互いに等身大の人間同士となる。だからこそ腹を割って本音を全て話すことができるのだ。ボリス・エリツィン元大統領も大のバーニャ好きで、国の重要な意思決定をするときは、側近達とバーニャで決めていたという。1997年の故・橋本龍太郎元首相との会談でもバーニャを共にする計画があり、当時、こうしたパフォーマンスは日本の報道では「サウナ外交」と呼ばれた。今日、日本では企業経営者の間でもサウナが流行っていると聞く。そのブームの根底には、等身大の人間に戻ることへの欲求があるのかもしれない。

バーニャはロシア人の心の故郷だ 写真・筆者提供
 

 ところで、ここまで読んでいただいておわかりかと思うが、バーニャは日本人がイメージするサウナとは違う。昨今の日本のサウナブームにおいては、高温のサウナと水風呂を繰り返すことで生まれる独特の快感を、「ととのう」などと表現する。しかし、リャーホフ氏によれば、この入り方は良くないそうだ。温度の緩急は大事だが、度が過ぎると初心者は逆に健康を害してしまう。快楽主義的な楽しみ方は、バーニャでは徹底的に戒められる。風呂上がりにも冷たい水などではなく、ぬるま湯を飲まないといけないという。冷水を胃に放り込むと、身体が胃を温めることに注力してしまい、余計に身体が疲れてしまうからだ。合宿では他にも様々なルールが紹介されたが、どれも医学とリャーホフ氏本人の経験に根ざした方法だという。

「昔はロシア人にとってバーニャは大変身近な存在だった。バーニャには日常的に入っていたし、誰でもヴェーニクを扱うことができた。それが、国が近代化するにつれ、バーニャの文化が廃れていった。近代化する過程でロシアにも登場したフィンランドのドライサウナは、温度が高く、長時間入っていられない。しかし、ロシアの伝統的なバーニャは40~60度の低めの温度と高めの湿度で入る。私は、ロシアの文化の中心に位置していたバーニャを復活させることで、失われたロシアの文化を取り戻したい」(リャーホフ氏)

 ただし、と彼は続ける。

「19世紀の生活に戻るわけにはいかない。むしろ、電気やガスが日常的に使えることによって、人間の生活はより豊かになった。だから新しいものは常に取り入れなければならない」

 主体的に科学技術を使うことで、より大きな幸福を実現することができる、というのが彼の主張である。20世紀初頭のロシア革命と世紀末におきたソビエト連邦の崩壊は、古き良きロシア文化を徹底的に変えてしまった。一度失われた文化を再興させるのは難しい。モノではなく、それに宿る精神を伝えることが、一番難しいからだ。バーニャを通じてロシアの精神的な伝統の復活をひたむきに目指すリャーホフ氏の目には、力強さが宿っていた。彼がじっと見つめるおぼろげな蒸気の先に、深淵なロシアの精神を見た気がした。

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執筆者プロフィール
徳永勇樹 イスラエル国立ヘブライ大学大学院中退・総合商社在職中。1990年7月生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本語、英語、ロシア語に堪能。ロシア語通訳、ロシア国営ラジオ放送局「スプートニク」アナウンサーを経て総合商社に入社。在職中に担当した中東地域に魅せられ、会社を休職してイスラエル国立ヘブライ大学大学院に留学しアラビア語とヘブライ語を習得。言語通訳者に留まらず、異文化間の交流を実現する「価値観の通訳者」になるべく情熱を燃やす。また、G7及びG20首脳会議の公式付属会議であるY7/Y20にも参加。2016年Y7伊勢志摩サミット日本代表、2019年Y20大阪サミット議長(議題: 環境と経済)を務める。イスラエル・旧ソ連地域について情報発信中。Twitter: @HakurakuJapan
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