認知症のためのデザインとは

執筆者:筧裕介 2022年1月3日
エリア: アジア

 

 認知症のある人に世界がどう見えているのかを分かりやすく解説した話題の書『認知症世界の歩き方』(ライツ社)。著者であるissue+design 代表の筧裕介氏が、認知症のためのソーシャルデザインを語る。


 

 

 週末によくショッピングセンターに出かける歩さん(アルツハイマー型認知症当事者)。ショッピング後にお気に入りのレストランでお昼ご飯を食べていたのですが、尿意をもよおしました。慌てて席を立ち、トイレに行ったものの、間に合わずに失敗してしまいました。実は、最近外出先でトイレの失敗が続いています。

 

 このトラブルの背景にある原因を推測して、可能性として考えうるものを全て選んでください。

1. 認知症の症状で色々なことを忘れてしまい、トイレの使い方がわからなくなってしまったため。

2. お店に迷惑をかけようとしてトイレでない場所でわざと用を足しているため

3. 視界が狭くなり、トイレのサインを見つけられず、入るのに時間がかかったため。

4. 体性感覚が鈍感になり、我慢できないほど急激な尿意が現れてきたため。

5. 便器も壁も床も白で、便座の位置がわからず、適切に座れなかったため。


 

 

 これは、2021年9月に出版された私の著書『認知症世界の歩き方』をベースに、2021年12月より始まった「認知症世界の歩き方 検定」の中で出題されている問題の一つです。

 正解は、3、4、5の3つです。

 

 認知症というと、1のように、色々忘れてしまう、何もできなくなる、などというようなイメージをお持ちの方が多いのではないでしょうか。

 また、インターネット等で検索すると、認知症の症状として、BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)と呼ばれる暴力• 暴言• 徘徊• 拒絶• 不潔行為等の記述があり、2のように迷惑行為をするイメージをお持ちの方も多いようです。

『認知症世界の歩き方』では、認知症を次の通り、定義しています。

 認知機能が働きにくくなったために生活上の問題が生じ、暮らしづらくなっている状態

 なお、認知機能とは、「ある対象を目・耳・鼻・舌・肌などの感覚器官で捉え、それが何であるかを理解したり、思考・判断したり、計算や言語化したり、記憶にとどめたりする働き」のことを意味します。

 選択肢の3、4、5は、視覚や体性感覚などの認知機能が働きづらくなっていることの一例です。

 認知症のある方、そして家族や介護者が直面するトラブルの背景には、必ずこうした認知機能の障害があるのです。そして、その背景を深く理解することで、認知症のある方が抱えるトラブルの多くを解決することができるのです

 

トイレの失敗の背景にある認知機能の障害

 それでは、歩さんがトイレを失敗してしまった理由を詳しく見ていきましょう。

 

 3. 視界が狭くなり、トイレのサインを見つけられず、入るのに時間がかかったため。

 

 認知症の症状の一つに、「視界の範囲が限定される、狭くなる」というものがあります。

 私たちが外出先でトイレを探すとき、通常はさまざまな角度からトイレのマークを見つけることができます。

 しかし、視界が狭くなっている人は、マークの正面から角度がズレた位置に立ってしまうと、トイレのマークを視認することができなくなります。トイレのマークが小さかったり、壁にぺたっと貼り付けられているタイプの場合は、よりいっそう視界に入りにくくなります。そして、トイレの入り口をなかなか見つけられなかった結果、トイレに間に合わなくなってしまうことがあるのです。

 

 4. 体性感覚が鈍感になり、我慢できないほど急激な尿意が現れてきたため。

 

 認知症の症状の一つに身体の感覚が鈍感になるというものがあります。私たちは何となくトイレに行きたいという体の感覚を認識し、早めに席を立つという行動をとります。

 しかし、この「何となく」の感覚がなくなると、尿意を感じた時にはギリギリな状態ということが起こり得るのです。体の感覚のトラブルは、他にも色々な場面で起こります。喉の渇きを感じず脱水症状になったり、温度の感覚がわからず冷たいお風呂に入って風邪をひいてしまったりするのも、その一例です。

 

 5. 便器も壁も床も白で、便座の位置がわからず、適切に座れなかったため。

 

 トイレの個室は、白い壁に白い便器・便座が設置されていることが多いですよね。しかし、認知症の方の中には、細かな色の違いや空間の奥行きの認識が難しい人がいます。その場合、空間のすべてが白色だと、便器の形を正しく認識できないため、便座を見つけることができず、どこに座ればいいのかわからなくなり、焦っているうちに間に合わなくなるということがあります。

 

44の認知機能障害

 今お見せした4つのピクトグラムは、認知症のある方へのインタビューを通じて明らかになった、下記のような44の認知機能障害を表すものの一つです。

 

 認知症のある方は、記憶のトラブル、五感のトラブル、時間・空間のトラブル、注意・手続きのトラブル、この4つの領域で様々なトラブルを抱えます。

 

 

 記憶のトラブルは、必要な情報や体験を脳に記銘・保持・想起できないというトラブルです。大切なことを色々忘れてしまうという、認知症の症状として最もイメージしやすいものでしょう。この領域に「言語」のトラブルも含みます。使い慣れた単語や固有名詞がわからなくなったり、想起できなくなったり、文章の理解や思いの言語化が難しくなるトラブルです。

 

 

 五感のトラブルとは、視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚などの、五感に異常をきたすものです。トイレの事例で登場した、視覚が狭くなったり、色の区別が難しいというのは視覚のトラブルです。この領域に「幻覚」のトラブルを含みます。これはレビー小体型認知症の方によく起こるものです。「ベッドに男の人が寝ている姿がはっきり見える」「停止している車が動き出したように見える」「異臭がする」「人の話し声が聞こえる」などの現実世界では起こっていないものが見えたり、聞こえたりするというトラブルです。 

 

 

 時間・空間のトラブルとは、時間や空間の感覚に歪みが生じるというものです。

 料理中に鍋を火にかけて5分ほど経過したと思ったら、1時間以上経過してしまっていたり、24時間の感覚を失い食事や睡眠の時間がわからなくなったりなどのトラブルが起きます。また、認知症の典型的な症状としてよく話題に上がる「徘徊」と呼ばれる、外出して歩き回ってしまうという行為は、この領域の障害によるものです。現在80歳だったとしても、時間感覚の歪みで50歳ごろの仕事をバリバリしていた時の感覚に陥り、その時の記憶がよみがえってくるため、朝になると会社に行こうとして家を出てしまうのです。この人にとって、仕事をしているのだから、朝家を出るのは当たり前のことなのです。

 しかし、家を出てしばらくすると、自分が会社に行くために家を出たという記憶を失い何をしているのかわからなくなったり(記憶のトラブル)、道に迷ってしまったり(空間のトラブル)するため、周囲の人からは無目的に歩き回っているように見えてしまうのです。

 空間のトラブルは、トイレの例で登場した便器の形を認識することが困難になるというものがその一例です。距離・左右・奥行きなどの感覚が分かりにくくなるため、車の運転中に前方の車と衝突してしまったり、地図が読めず街中で迷ってしまったりなどのトラブルが起きます。

 

 

 注意・手続きのトラブルとは、何か特定のものに注意を向けて、複数の行動を積み重ねる手続きをすることが難しくなるトラブルです。周りの音や声が全て一斉に耳に入ってくるため、目の前の人の話を聞くことができなくなったり、複数のこと(話を聴きながらメモをとる、傘をさしながら歩くなど)を同時にすることができなくなったり、計算ができなくなったり、ATMでお金を下ろす手順がわからなかったりなどのトラブルを抱えます。 

 なお、認知症のある方は、44すべての認知機能障害を抱えるわけではありません。その人の疾患(アルツハイマー型、血管性認知症、レビー小体型、前頭側頭型)や進行状態でも変わります。同じアルツハイマー型認知症の方でも、空間のトラブルを多く抱える方、視覚のトラブルを抱える方など、人によってその症状は実に多様であり、認知症をひとくくりにすることは大きな偏見と誤解を生みかねません。

 

認知機能を補完するデザイン

 外出先でトイレのトラブルが起きた時、人は「認知症のせいで、トイレに行けなくなった」と単純に捉えがちです。そして、家族などの周囲の人は「また失敗したら困る」という自己防衛の気持ちや「本人が恥ずかしい思いをしないように」という本人への配慮の感情から、認知症のある人のトイレに関して、過剰な対応をしがちです。必ず誰かが付き添うようにしたり、外出時はオムツをつけるなどという対応です。

 その人は、トイレのサインが見つけにくいだけなのかもしれません。わかりやすい色の便器であれば、何の問題もないかもしれません。周囲のサポートが、認知症のある方ご本人が自力で行動する機会を奪っていることがよくあります。その結果、他者のサポートに依存してしまい自力で何かをする機会が減ることで、認知機能の低下を招いてしまうことがあります。また、本人の尊厳を著しく傷つけることにもつながります。

 先ほど、認知症の定義をこう紹介しました。

 

 認知機能が働きにくくなったために生活上の問題が生じ、暮らしづらくなっている状態

 

 つまり、生活上の問題が生じたり、暮らしづらくなっていなければ、「認知症」ではないのです。ここに、デザインが貢献できる余地があります。

 社会インフラやサービスなどのデザインにより、暮らしづらさ・生活の問題を解決、軽減できれば良いのです。

 こちらは英・スコットランドのDementia Services Development Centreが開発・販売している便器のデザインです(写真は実際のプロダクトを参考にして作成したイメージです)。蓋と便座部分の色を変えるだけで、便器の形状と座る場所が格段にわかりやすくなるため、認知症のある方のトイレの失敗が減ったと報告されています。

 

 トイレを示すサインのデザインも以下のような色々な工夫をすることで、認知症のある方本人が見つけやすいようにすることが可能です。

・壁に水平に貼り付けるのではなく、垂直に設置する

・大きめの文字、周囲から際立つ色で表記する

・サインを高すぎない、低すぎない位置にする

・文字の認識が難しい人、ピクトグラムの認識が難しい人の両方いるため、文字とマークを両方併用する。

 認知機能の低下は本人の身体の問題です。しかし、それによって生活上の問題や暮らしにくさが生じる原因は、家族などとの人間関係や生活環境、社会システムにあったりします。

 この現代社会には、使いにくいATM、わかりにくいサイン、目的階に辿り着くのが難しい商業ビル、方向感覚を狂わされる地下街、乗り降りが難しい交通機関、開封しにくい食品パッケージなどなど、人の認知機能に大きな負荷をかける商品、サービス、制度、インフラなどがあふれているのです。

 認知症の方に優しいデザイン、それは全ての方の認知機能に負担の少ないデザインです。この社会に、そんなデザインが増えることで、認知症のある方を含めて誰もが暮らしやすい社会が実現することを願っています。 

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執筆者プロフィール
筧裕介 issue+design代表、慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科特任教授。1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。東京工業大学大学院修了。東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)。2008年ソーシャルデザインプロジェクトissue+design を設立。以降、社会課題解決のためのデザイン領域の研究、実践に取り組む。2017年より認知症未来共創ハブの設立メンバーとして、認知症のある方が暮らしやすい社会づくりの活動に取り組む。 日本計画行政学会、学会奨励賞、グッドデザイン賞、D&AD(英)他受賞多数。著書に『認知症世界の歩き方』『持続可能な地域のつくりかた』『地域を変えるデザイン』『ソーシャルデザイン実践ガイド』など。
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