想定すべきは「中国の再興」――日本はどのように向き合うのか

執筆者:江藤名保子 2025年6月16日
エリア: アジア
中国の自己認識からすれば、米国の対中赤字の根源は「製造強国」戦略の勝利に他ならない[2025年5月19日、河南省洛陽市のボールベアリング工場を視察した習近平国家主席](C) CGTN/YouTube
中国はASEAN(東南アジア諸国連合)や欧州各国を巻き込んだ経済勢力圏を形成し、中長期的には国際秩序を作り替えていくことを目指している。世界に広がる保護主義的な傾向の中では、日本も経済の武器化への対応として、中国との国境線や経済活動の境界線を“太く引き直す”作業が必要だ。ただし「中国」を一律に排除すべきではない。日本の「政・経・軍」三領域は対中ビジョンを共有し、中国を日本自身の経済競争力に寄与させる枠組み作りを進めることが重要になる。

 国際社会が混迷を深める2025年は、転換の年として記憶されることになるだろう。だが重要なのは世界史的な評価よりも、そのなかの生存競争をいかにくぐり抜け、勝ち残っていくかである。そう考える時、日本にとって最も重要なイシューに中国とどのように付き合っていくのかがある。周知の通り、中国は日本にとって一衣帯水の隣国であり、最大の経済的パートナーであるだけでなく、安全保障上の懸念国でもある。国際情勢の変動にあたって複雑化する中国との関係に、日本はどうアプローチすべきだろうか。

「強い中国」の魅力と自信

 1月に就任したドナルド・トランプ大統領のもと、米中対立とロシア・ウクライナ戦争が喫緊の課題となってきたことに大筋で異論はないだろう。トランプ政権はウクライナ停戦の仲介を推し進めると共に、4月には57カ国・地域に対して想定を大幅に上回る関税を課すと発表して国内外の混乱を招いた。5月28日には米国際貿易裁判所が、トランプ政権が国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠として追加関税を課したことを違法行為とする判断を示し、政権が直ちに連邦巡回区控訴裁判所に上訴したことを受けて法廷闘争へと展開した。民主主義国家であるアメリカで大統領府に対しても司法が機能していることが改めて示された一方、先行きが不透明ななか各国との関税交渉が遅れる可能性もある。またこの間、中国政府はトランプ政権が「台風の目」であるとして、中国こそが自由貿易や国際秩序の擁護者であるとの宣伝に余念がない。

 これまで中国が数々の経済的威圧を実施し、また鉄鋼、アルミニウム、電気自動車(EV)などで反ダンピング提訴されていること、世界貿易機関(WTO)の補助金協定に基づく通報義務を十分に果たしていない恐れが高いこと、政府調達において不透明なかたちで国産製品を優遇するケースがみられることなど様々な事案に鑑みれば、この自己称賛をそのままに受け入れることはできない。

 他方で、中国政府は五カ年計画や「軍民融合発展戦略」、「中国製造2025」などの産業育成策を重ね、科学技術においては「挙国一致」を掲げて「製造強国」となることを実践してきた。中国企業は人材と資金の両面で共産党・政府の優遇措置を受け、管理されたサプライチェーンに参画して生産能力を飛躍的に拡大してきた。その副作用としての失業や過剰生産など社会的な歪みを限界まで放置する構造は、他の先進国には模倣できない発展モデルである。さらにEVや生成AI(人工知能)、ドローンなど次世代のキープロダクトとなる分野においても着実に技術の社会実装を促進している。そこから浮かび上がるのは、一党独裁体制による資源の集中投下を強みとして、技術を積極的に商用化することで技術改善とプロパガンダ発信の両輪を走らせる中国の「競争における優位性」である。

 中国の潜在的な強みは、巨大な国内経済がもたらす二つの効果にあるだろう。

 一つは製造におけるスケールメリットと豊富な人材である。まず国内だけで十分な規模のマーケットが形成できることから新規市場開発が相対的に容易である(詳細は江藤名保子「深化するチャイナリスク――なぜ中国は『強気』なのか」を参照)。また中国政府は14次五カ年計画(2021〜2025年)などで科学技術人材の育成と支援の政策を打ち出すと共に、海外からの人材誘致策も拡充することで高技能人材を積極的にプールしてきた。産業政策、人材育成策の両面において地方政府レベルでの取り組みも盛んである。

 もう一つは、量的なプレゼンスがもたらす幅広いサプライチェーンへの関与である。重要鉱物を筆頭に価格競争力への寄与も含めて、中国企業との協業抜きにはサプライチェーンが成り立たない産業もあり、中国が保持する国外への影響力は大きい。また、こうしたシステム上のメリットに加えて、中国の人々には新しい技術やビジネスを受け入れる社会的な柔軟性があることも、いわゆる「チャイナスピード」の要因としてしばしば指摘されている。

「内需拡大」ほか対米競争戦略の3本柱

 こうした中国の産業政策は効率性を追求する新自由主義にフィットした。サプライチェーンのグローバル化が進むなか、製造業の中心はアメリカから中国に移り、さらに中国国内では労働集約型産業から資本集約型産業へとシフトしつつある。ゆえに中国の自己認識からすれば、現下のトランプ政権の対中批判の根幹、すなわち米国の対中赤字の根源は「製造強国」戦略の勝利に他ならない。

 では中国は、これからの対米競争戦略をどのように描いているのか。

カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
江藤名保子(えとうなおこ) 学習院大学法学部教授 兼 国際文化会館地経学研究所上席研究員 スタンフォード大学国際政治研究科修士課程および慶應義塾大学法学研究科後期博士課程修了。博士(法学)。専門は現代中国政治、日中関係、東アジア国際情勢。人間文化研究機構地域研究推進センター研究員、日本貿易振興機構アジア経済研究所副主任研究員、シンガポール国立大学東アジア研究所客員研究員、北京大学国際関係学院客員研究員などを経て現職。メルカトル中国研究所(ベルリン)客員上席研究員(2025年3-4月)。著書に『中国ナショナリズムのなかの日本:「愛国主義」の変容と歴史認識問題』(勁草書房)、『日中関係 2001-2022』(共著、東京大学出版会、2023年)などがある。
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