「デジタル農協化」するアフリカ×アグリテック・スタートアップ

執筆者:不破直伸 2022年11月24日
エリア: アフリカ
ナイジェリア オンド州のカカオ農園 ゾワセル社 社長のジェリー氏[右](筆者提供、以下同)
品質の安定した農作物をつくることができない。品質の良い農作物をつくっても適正な価格で売る販売網がない。販売先が決まっても効率的に届けるロジスティクスがない。アフリカでは小規模農家のこうした課題を解決するアグリテック系スタートアップが盛んだ。ナイジェリアのゾワセル社を例に、「デジタル農協」とでも言うべき最前線のビジネスを紹介する。

 

 アフリカでは多くのアグリテック系スタートアップが小規模農家の抱える課題解決のため起業し、事業を展開している。小規模農家が抱える自然災害による農作物被害、非効率性による高い食料廃棄率、金融アクセス問題等の課題は多く、そして大きい。国際連合(United Nations)の報告によると、ナイジェリアの「1人あたりの食料廃棄率」はアフリカで最も高く、4割~5割ともいわれている。

 スタートアップの多くは、農業サプライチェーンの1点を起点に事業を始める。たとえば、農家(売り手)と企業(買い手)を繋ぐマーケットプレイスの設置だ。ここ数年はマーケットプレイスから始めて、農作物の廃棄を防ぐために保冷庫・保冷車等のコールドチェーン事業に乗り出す企業や、農作物の加工品を製造する企業など、農業サプライチェーン上の他事業に展開・拡大するスタートアップが多くみられるようになってきた。

 今回はナイジェリアで小規模農家の抱える課題解決に包括的に取り組んでいるアグリテック系スタートアップのゾワセル社(Zowasel)を紹介する。

小規模農家の抱える課題をワンストップで解決

 ゾワセル社は2017年にJerry Oche(ジェリー・オチェ)氏により創業された。

 ジェリー氏はナイジェリアの北東部の農家に生まれ、ゾワセル社を創業する前は小規模農家向けのクラウドファンディング事業を運営していた。クラウドファンディング事業は生産・収穫した農作物を販売し、その利益を投資家へ還元するモデルであったが、上手くいかなかった。主な理由として「小規模農家が適切な販売先を持っていない、適切な価格で販売できない」という課題があった。

 その課題を解決するためにゾワセル社を立ち上げ、農家(売り手)と企業(買い手)が適切な価格で取引できるマーケットプレイス事業を開始した。さらに農家への生産指導、市場価格よりも廉価な肥料・農薬等の投入材の販売、銀行口座開設のサポート等を展開し、現在はナイジェリア三菱商事と連携し、小規模農家向けの農機レンタル事業を実施したり、国際協力機構(JICA)と協力してクレジットスコアリング事業の実証実験を行ったりしている。

 ゾワセル社の主な事業

 1、マーケットプレイス(利益向上・フードロス削減)

 2、作物栽培の教育(栽培知識向上)

 3、農機導入(生産効率向上)

 4、クレジット・スコアリング(金融アクセス向上)

 5、トレーサビリティ(流通経路の見える化)

 現在、同社は200万人超の小規模農家や約5000社の販売先企業とのネットワークを有し、活動はナイジェリアの多くの州に拡大している。販売先には、シンガポールに本社を構える農業総合商社であるOlam社、南アフリカを拠点とするPromasidor社、アイルランドのGuinness社等の大手企業が並ぶ。

 肥料・種苗の提供から適切な栽培・収穫方法の指導を行うことに加え、農機を導入することにより、生産性を大きく向上させた。さらに、通常は2-5社程度存在する中間業者を排除することにより、農家がより高い価格で販売し、企業がより安く農作物を購入できるWin-Winの状況を作り出した。その結果、ゾワセル社とビジネス関係を有する小規模農家は平均30%ほど収益が向上した。

マーケットプレイス

 小規模農家と企業を繋ぎ、適切な価格で売買を成立させるオンライン売買プラットフォームを提供している。

 農作物の売買において小規模農家が抱える課題には、大きく3点ある。①適切な市場価格の理解不足、②販路不足、③農作物輸送のロジスティクスである。

 そこでゾワセル社は、市場価格を調査し、週次の農産品/地域ごとの市場価格のレポートを農家に提供している。以下の価格表では、ゾワセル社が調査したキャッサバやカカオの地域ごとの市場価格が記載されている。

ナイジェリア オンド州のカカオ農園 ゾワセル社 社長のジェリー氏[右](筆者提供、以下同)

 

 農家は生産した農作物を販売するにあたり、ゾワセル社の品質検査を受けた上で、(必要に応じてゾワセル社の支援を受けつつ)農家自身で価格決定し、オンラインプラットフォームに情報を入力する。それを企業(購入者)側がオンライン上に入力したニーズとマッチングさせることにより、中間業者を排除しつつ、双方にメリットがある価格で売買を成立させることができる。最終的な売買価格は売り手と買い手の交渉で決定される。

 決済を効率化するためモバイルマネーを活用しているところも特徴だ。売上金の現金支払のために、お互いに遠い距離を移動するのも非効率である。小規模農家の多くは銀行口座を持っていないため、顧客向けの銀行口座の開設もゾワセル社は支援している。

 さらに売買成立後のロジスティクス・サービスも提供しており、ゾワセル社と提携している運搬業者に依頼することで、鮮度の高い商品を安全に運ぶことが可能となる。

 また、携帯やスマートフォンを持っていないなどの理由でオンライン売買や資金決済の活用ができない農家もいるため、ゾワセル社は各地域に拠点を設け、売買・決済のサポートができる体制を整えている。

ゾワセル社が提供するオンラインプラットフォーム
 

作物栽培の教育(栽培知識向上)

 農作物の形がそろわない、品質と量が安定しない、というのも小規模農家の抱える課題だ。理由はシンプルで、大半の場合は「栽培技術が未熟」であるがゆえに生じている問題だ。

 ゾワセル社は無料で小規模農家向けの教育を行っており、各農作物の栽培方法、収穫後の保存方法、肥料コストカットの方法、農作物の現在の売れ行きなどの市場動向、農業ビジネスを成長させる方法などを提供している。

 また、農家が商品市場の動向やビジネスを改善する方法などを電話で専門家に相談することができる24時間対応可能なカスタマー・サポートも開設している。

ゾワセル社が提供する授業の一コマ
 

農機レンタル事業

 ナイジェリアの多くの小規模農家は所得が低いため農業機械を購入することが難しく、農業の多くは未だに手作業で行われている。そのため労働力に対する収穫量が少なく、生活水準が低いことが課題だ。

 一方、日本では高齢化などにともない離農する農家が増えており、農機を譲渡/廃車する農家が多く、使われていない中古農機がたくさんある。加えて、田畑の面積が小さい日本で開発された小型の中古農機は、ナイジェリアの小規模農家のニーズと合致している。

 そこでナイジェリアの小規模農家向けの農機普及を通じて農業生産性を向上させるため、ゾワセル社とナイジェリア三菱商事は農機レンタル事業の実証実験をナサラワ州で開始した。日本からは井関製のトラクター、クボタ製のコンバイン、クボタ製・ヤンマー製の手押しの田植え機2機の合計4機を輸入し、農家にレンタルサービスを提供。今年から開始した本レンタル事業は順調だ。農機に対するレンタル需要は旺盛であり、予約表は農家からの予約で一杯になっている。

 ナイジェリア三菱商事社長の齋藤誠氏は「実証実験を通じ、農機導入による農家の生産性向上および収入向上に関するインパクト測定、農機レンタル事業の経済合理性の分析を行っている」と話し、「ビジネスとして成立する農機サービスを導入することが出来れば、ナイジェリアの農業市場は大きく変わる。ポテンシャルは非常に大きい」と分析する。

 但し、農機普及/レンタル事業にあたっては、①農家が支払える価格設定、②適切なメンテナンス、③故障時のスペアパーツ確保などの課題がある。

 JICA稲作普及専門家の宮本輝尚氏は、「タイやインドネシア等の東南アジアで普及している機能がシンプルな農機の方がアフリカには適している」と語る。ナイジェリアの小規模農家向けの農機普及にあたって高性能の日本市場向けの製品が良いか、東南アジアで使われている、性能が簡素化されていてより安価な農機が適しているのか、検証の余地がある。

 また、故障時のスペアパーツ確保については、ビジネスとして成り立つだけの市場規模となるかが課題。流通する中古農機の数を増やし、純正のスペアパーツを提供する代理店が増え、市場が大きくなるにつれ、非純正パーツが流通する流れになる。このようなエコシステムを構築するには、先ずは農機が数多く市場に流通することが鍵となる。

ナイジェリア ナサラワ州での農機レンタル事業
 

クレジット・スコアリング

 ナイジェリアの多くの小規模農家は信用力が低く、銀行融資・保証などの活用が困難であるため、ビジネス上の取引は現金即日払いが一般的で、まとまった資金を確保して事業の拡大を図ることが難しい。銀行などの金融機関は、十分な与信データを確保することが難しく、僻地・遠方へのアクセスにコストがかかる小規模農家への融資に消極的なことが多い。 

 一方、ゾワセル社は、投入材の販売、農作物の売買、農機レンタル等のデータに加え、農家への生産方法の指導などを通じて、農家の性格・家族関係や農地情報を幅広く有している。

 筆者は、これらのデータを与信データとして有効活用できないかと考え、農機のレンタル事業を行っていたナイジェリア三菱商事及びゾワセル社と議論を重ね、「小規模農家の金融アクセス改善・生計向上に向けたプロジェクト」を2022年7月に立ち上げた。金融機関と小規模農家の橋渡しとなって両者の課題を解決する取り組みである。これは、現地スタートアップと日本企業の連携を促進するJICAの取り組み「Project NINJA(Next Innovation with Japan)」の一環である。

 本プロジェクトの目的は、直接的には小規模農家の金融アクセスを改善し、事業の拡大、生計向上を図ることであるが、その過程において小規模農家が抱える様々な課題が解決されていくと考えられる。

 例えば、金融アクセスの向上により、レンタル農機をより多く活用でき、生産性が向上すれば、自由な時間が増え、空いた時間で副業を開始することもできる。今までは農業を手伝っていた子どもが学業に専念することができるようになる可能性もある。また、生計向上により、小型の自家用発電システム(ソーラーホームシステム、SHS)を購入することができれば、自然光のない夜中でも子どもが勉強できる。直接的な金融アクセス改善のみならず、派生的な効果による社会課題解決も期待ができるのだ。 

 さらに、小規模農家の収入が更に向上する際には、農家と密な関係を有するゾワセル社がアクセスポイントとなり、生活用品の販売など、幅広い商品/サービスの提供が可能になると考えている。

ナサラワ州の小規模農家(左)と農家の情報収集を行うゾワセル社のスタッフ(右)

トレーサビリティ

 欧州連合(EU)は森林破壊や森林の劣化を防止することを目的とした新法案の審議を進めている。同法案では、EU向けに輸出するカカオ、コーヒー、大豆、牛肉、トウモロコシ等の14種類の商品について、森林破壊をもたらした土地で生産されていないことを証明する必要がある。アフリカは多くの農作物をEUに輸出しており、ナイジェリアにとってカカオはドイツ、オランダ、スペイン、ベルギー等に輸出している主力輸出品の1つであるため、同法案の影響が懸念される。

 EU基準を満たす商品はEUに輸出される一方、基準を満たさない商品は他国に安く買い叩かれ、途上国の小規模農家を不利な立場に追いやる可能性がある。今年5月にはナイジェリアの主要なカカオ産地であるオンド州のカカオ農地を中国企業が買収するという報道が流れるなど、欧州以外の他国の影も忍び寄る。

 前述のゾワセル社は同法案の動きを見据え、「自社が買い付ける商品がいつ、どこで、だれによって、どのように作られたのか」をデータ化するトレーサビリティに力を入れている。同社はカカオ豆およびチョコレート製品などを主に取り扱うスイスの大手企業バリーカレボー社(Barry Callebaut AG)と連携し、ナイジェリアにおける持続性のあるカカオの生産に取り組む。具体的には、農業とサステナビリティの専門家を生産現場に派遣し、農家への生産指導、農地・農作物データの収集のみならず、ジェンダー配慮や森林・環境保護等の指導も行う。また、バリー・カレボー社は2025年までにカーボンニュートラルを達成するためのカカオ栽培支援を強化することを約束している。

 ゾワセル社のジェリー社長は「EUの法案はEU基準を満たさない商品を生産する小規模農家・企業に不利益となる可能性もある。ナイジェリアの農家とEU双方にメリットになるように事業を展開していきたい」と語る。

オンド州のカカオ農園 農家とJICA職員
 

強みは農家との強固な関係性

 筆者はゾワセル社の最大の強みは、社長であるジェリー氏が築く農家との直接的かつ強固な関係性、そして強固な関係性を活用したビジネスの展開であると考えている。

 ジェリー氏の関係構築は地味だが堅実・確実だ。年間を通じて多くの日を農村地域で過ごし、各州の政府機関職員や町長・村長との信頼関係を築く。その上で、同地域の農家に対して同社の事業活動の説明を行い、小規模農家の賛同を得た上で、同社のプラットフォームに取り込んでいく。さらに、ナイジェリアに45カ所のキオスク(小型売店)を設置している。キオスクは同社のサービスを提供する場所というのみならず、農家が会話を楽しむ「団らんの場」でもあり、同社と農家、農家同士の密な関係がここで構築されている。筆者も今年5月にカカオの生産地であるナイジェリア・オンド州、同11月にナサラワ州を訪問し、同地域の村長・農家との密な関係を肌で感じてきたところだ。

 このようなビジネスモデルは時間・人的コスト等が多大にかかるため、フィンテック等のソフトウェア系のスタートアップと比較すると事業規模拡大のスピードは遅い。しかしながら、ジェリー社長自らが足を運んで構築した小規模農家との強固なネットワーク=「小規模農家へのアクセス」は同社の強みだ。特に、ナイジェリアの小規模農家向けの事業を展開したいがネットワークを持たない海外企業には、非常に魅力的である。フランスのMAS Seeds社などの欧州の一部の企業は既に同社のネットワークを活用し、自社の肥料・種子等の投入材をナイジェリアの環境へ適合させるための実証実験を行っている。

ナサラワ州・イワシ村の村長との会議
 

最後に

 アフリカの小規模農家を対象としたアグリテック系スタートアップは、生産から販売までのワンストップサービスの提供を行うケースが増加している。農業技術の指導から、必要な資材の安価での提供、農機レンタルサービス、オンラインプラットフォームでの適切な価格での売買、AIを活用したクレジットスコアリング事業、モバイルマネー活用・金融アクセスのサービスまで、幅広く展開している。それはまるで従来の日本の農業協合と類似した機能にデジタル技術を組みあわせた「デジタル農協化」である。

 ビジネスモデルにもよるが、今後の小規模農家を対象としたアグリテックビジネス展開としては、小規模農家との強固な関係性を活用し、他業種のスタートアップや企業と連携して、生活必需品等の幅広い商品を販売するプラットフォーマーとしての役割に近づいていくと考えられる。

 以前のクリーンテックの記事でも書いたが、アフリカのクリーンテック系スタートアップは、低所得者層へ効率的にアプローチできるビジネスモデルが大きな強みであり、アグリテックのマーケットプレイス系スタートアップも同様である。BOP(=低所得者/小規模農家)向けビジネスにおいては、顧客への販売網を有する企業を軸とした他業種間の連携が鍵となってくるであろう。

 JICAナイジェリア事務所所長の譲尾 進氏は「政府関係機関を主なカウンターパートとするJICA事業に対し、彼らの事業はエンドユーザーとの密接な関係構築に強みがある。クレジットスコアリング事業と同様に、スタートアップの得意な部分と農業・保健等の既存のJICAプロジェクトとの連携を積極的に図り、よりインパクトのある事業を実施し、社会課題解決を目指したい」と語る。

 

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執筆者プロフィール
不破直伸 国際協力機構(JICA)スタートアップ・エコシステム構築専門家。Project NINJA発起人。1982年生まれ。ボストン大学大学院・金融工学専攻。投資銀行やIT系のスタートアップ役員などを経て、ウガンダに移住。JICA本部にて勤務した後、現在はナイジェリア滞在。アフリカ諸国のスタートアップ・エコシステム構築支援に従事。
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