自衛官の憂鬱すぎる「第二の人生」――「カネ」は増えても「ヒト」が増えない根本的理由

執筆者:桜林美佐 2023年1月8日
エリア: アジア
自衛隊の募集難の原因とは ©時事
中国軍の強大化や北朝鮮の核・ミサイル開発、ロシアによるウクライナ侵攻など、緊迫化する安全保障環境を背景に、防衛費の大幅な増加が決まった。一方で、予算や装備が増えても、それらを扱う自衛隊員についてはほとんど増員が見込まれない。平均50代半ばで退職する「若年定年制」がネックとなり、慢性的な人材難という問題がある。

 

「結婚するなら警察や消防の人」

 「防衛力の抜本的強化」に伴う防衛費増額が実現する。いわゆるNATO(北大西洋条約機構)基準では、沿岸警備費用やPKO(国連平和維持活動)拠出金、そして軍人恩給なども防衛費に含まれているため、これらを計上し、さらに「安全保障の観点」から他省庁の予算もそこに入れて、GDP(国内総生産)比2%を達成できないか検討されているという。

 一方で、防衛省は長年、自衛官募集に苦労しているが、私は今回の「防衛力強化」が実現しても「募集問題」の解決にはつながらないと思っている。

 いつだったか、電車の中でたまたま聞こえてきた母娘の会話には苦笑せざるを得なかった。母親が娘に「結婚するなら警察か消防の人がいいわよ。自衛隊は危ないわりに処遇が悪いからダメ」とアドバイスしていたのだ。

 この母親の指摘はあまりに鋭く、否定のしようがない。昨今、子供が自衛隊を目指し合格しても、親が反対して諦めさせるケースが少なくないと聞くが、その背景が分かる気がした。

 自衛官は特別職国家公務員であり、警察や消防と比べて給料が低いわけではない。ただし、定年問題については「処遇が悪い」のは事実だろう。自衛隊では「精強性の維持」のため「若年定年制」をとっている。階級によって定年の年齢は異なり、2曹や3曹(外国の軍隊でいう下士官)は54歳で制服を脱ぐ。1曹と曹長、そして准尉、3尉~1尉は55歳だ。3佐と2佐は56歳、民間企業でいえば部長クラスに相当する1佐が57歳で、役員クラスの将官(将補および将)は60歳である。当然、退職後は年金が支給される65歳になるまで何らかの形で仕事に就く必要がある場合がほとんどだ。

 一方で、警察や消防、海上保安庁では階級に関係なく60歳定年となっている。さらに、2021年には国家公務員と地方公務員の定年を65歳まで延ばす関連法が成立したため、これらの人々は定年と同時に年金が支給されることになる。

 この格差を解消すべく、自衛官には退職金とは別に「若年定年退職者給付金」が支払われるが、給付は退官後の4月または10月と、翌々年の8月の合わせて2回だけ。民間の定年延長に伴い増額も予定されているようだが、現行制度では総額1000万円前後で、年金受給開始まで10年かそれ以上であることを考えると、1カ月あたり8万円ほどにすぎない。

 再就職をしなければ生活は成り立たないが、50歳を過ぎてからの就職は簡単ではなく、年収の大幅減を余儀なくされている。それでも適職が見つかればいいが、仕事のマッチングが上手くいかず無職になると、退職金と給付金を切り崩して暮らしていかなくてはならないのである。

 冒頭、NATO基準では防衛費に「軍人恩給」が含まれると書いたが、日本の軍人恩給は旧軍人並びにその遺族に支給されるもので、現在の自衛官には支給されない。

 あらかじめ断っておくが、ただでさえ募集が厳しいと言われている中で、わざわざネガティブな情報発信をして追い打ちをかけたいわけではない。しかし「防衛力の抜本的強化」と言うならば、この人的基盤問題こそ真っ先に手をつけるべきであり、とにかく良い方向に進むことを心から願いながらこの原稿を書いている。

 自衛官の退官行事を何度か見たことがあるが、見送りのために集まった多くの隊員の中に退官者の家族の姿もあり、そこにはまだ幼い子供がいる場合も多い。一般社会で50代半ばといえばまだまだ働き盛り。その年齢で、父親は門を出た瞬間から家族を養うため次の働き口のことを考えなくてはならないのだ。

 因みに米軍などでは、軍人向けの年金があり、20年以上の勤務で退役時からすぐに給付を受けられる。それだけでなく、医療ケアなど、退役軍人のためのサービスも充実している。

 基本的に戦地に行かない自衛隊は米軍とはリスクの大きさが違うとは思うが、自衛官は「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託に応える」という「服務の宣誓」を行っている。

 約30年間「身をもって責務の完遂に務め」、自衛隊に人生を捧げ、部下を育て、災害派遣で人々を助けていた自衛官に、この処遇が適切なのか。

スキルを活かせない再就職

 若年定年制の自衛隊では、退職者の再就職のサポートをする必要があるということで、防衛省内に「就職援護」という部署があり、企業に対して再就職の依頼ができるようになっている。だが、様々な事情で再就職先を辞めてしまう例もある。保険会社に再就職したものの、元部下たちへの勧誘を期待されていることに苦痛を感じて退職したという話も聞いた。

 そもそも斡旋される再就職先も、元自衛官としてのスキルが活かされているとは言えないものが多い。例えば、警備員や、高速道路の料金所、運送業、荷物の仕分け、旅館の送迎バスや幼稚園のドライバーなどである。中にはスーパーマーケットで勤務する人もいる。特に地方の場合、かなりのキャリアがあっても時給750円の仕事にも就けないという現実が実際にある。子供の進学、親の介護などの理由から、よりマシな収入を得るために転職先を探さざるを得ない場合も多いと考えられる。

 以前、ある雑誌で幹部自衛官の退官後のリポートがあり、〇〇小学校に再就職したとあったので、その方のキャリアからしててっきり教育者の立場で赴任したのかと思ったら、肩書は「用務員」だった。その立場で子供たちへの情熱を語られていたことに感動を覚えた。もちろん仕事に貴賤などなく、どんなポジションであれ、世のため人のために働くのは尊いことだが、自衛官時代に築いた実績や人物としての価値が十分に活かされていないと感じざるを得ない。

 こうした場合、再再就職までは自衛隊でも支援しきれず自力での就職活動となるが、「20社受けて全滅でした」などと肩を落とす人もいた。

 そうした中で近年、自治体の危機管理監や防災監として自衛官OBの採用が増えているのは朗報だ。経験豊富な自衛官OBが、都道府県のみならず市区町村の防災監などで一層活躍することを期待したい。ただ、採用されても、低位のポジションになることも少なくないようで、収入は大幅に減る場合が多い。それだけでなく、問題は首長に直接に意見具申できる地位でないとその存在意義が薄くなってしまうことだ。

 まして週に1日しか出勤しないようでは形式だけになってしまう。自治労(全日本自治団体労働組合)との関係などもあるだけに難しい課題だとは思うが、有効にスキルを活かせる仕組みを望みたい。そうならないと、自衛隊側も優れたOBを提供できないという悪循環に陥ってしまいかねないからだ。

将官がハローワークに

 働き手不足や年金支給年齢の引き上げを受けて、2020年、自衛隊でも定年が延長された。2曹・3曹は53歳から54歳へ。1曹~1尉は54歳から55歳へ、2佐と3佐は55歳から56歳へ、1佐は56歳から57歳へと引き上げられた。

 しかし、定年を伸ばしてもすべてが解決するわけではなく、逆に新たな問題が生起してきている。その一例が、1佐と将官との差が近くなり過ぎることだ。

 現在、将官の退職年齢はトップの統合幕僚長が62歳といった例外はあるが、基本的には60歳定年である。だが実際には将官のポストは極めて限られるため、将補は人事の都合上、60歳を前に退職を勧告されるケースがほとんどなのだ。そして、1佐には若年定年退職者給付金が支給される一方、将官にはそれは適用されないため、仮に今後、さらなる定年延長で1佐が58歳で退職するようになると、60歳手前で退職する将補と1佐との差が、金銭上ほとんどなくなる。

 この問題は今後調整が進められるものと思われるが、現時点でも、退官と同時に将補になる1佐、いわゆる「営門将補」も存在することから、現役の時に頑張って将補になるインセンティブがなくなっている可能性があり、さらに退職時の支給金額も1佐の方が多くなれば、将補の魅力はますます薄れてしまうことになる。

 自衛隊内でも「階級の高い人は退官後も悠々自適」といった怨嗟の声が聞かれることがよくあるが、事情は大きく変わってきている。

 2020年7月、陸上幕僚監部の募集・援護課が退官予定の将官に関する情報を企業に渡していたとして、歴代の課長など関係者が軒並み処分される事案があった。当時の河野太郎防衛大臣は「あってはならないこと」と厳しく断罪した。実は将官に関しては、再就職の斡旋もない。将官になると60歳が定年のため一般職国家公務員と同じ扱いになることが2015年の自衛隊法改正で定められた。そのため、再就職の斡旋が禁止されたのだ。

 いわゆる「天下り」が社会問題となったためなのだろうが、退官直前に災害が起きるなど、現役時に自力で就職活動などできない場合もザラにあるだろう。昨今のように北朝鮮が連日ミサイルを発射し、中国の艦船や航空機が毎日のように領海・領空に接近している中、隊員の上に立つ将官に自分で仕事探しをしろと言うのだから、どうかしていると言わざるを得ない。

 常識で考えれば、高級指揮官が任務に集中できるよう組織として支えるのは当たり前のことだ。しかし「後は任せて下さい」と本人の代わりに援護活動にあたった担当者たちが厳しい処分を受けることになったのである。彼らは詰め腹を切らされ、厳しい減給や異動などの処分を受けた。それが根本的な問題解決に繋がるとは到底思えない。

 このような出来事を横目に、自衛隊幹部の中には「頑張って昇任しても何もいいことがない」という思いが蔓延しつつある。将官にまで出世しても、退官した翌日にハローワークに行くような実態では、キャリアアップに何も魅力を感じなくなるだろう。実際、退官した元将官が、再就職先も見つからないまま1年以上経っているといった話をしばしば聞くようになっている。

減っていく再就職先

 将官に限らず、3佐以上の自衛官には、利害関係のあった企業に自己求職できないなどの規制が設けられるようになった。これらは特定の企業への不正な利益誘導を防ぐ目的ということだが、いちOBの影響で装備品の決定を左右するなどあり得ず、あまりにも現実離れしている。

 米国などでは、退役軍人が軍需産業に入って開発の助言をしたり、軍と会社の橋渡しをしたりするのは当たり前であり、長年の知見を活かせる適切なあり方だとみられている。全く畑違いの仕事に就くより、よほど国のためになるだろう。防衛関連企業に再就職先を頼りきることがいいとは思わないが、これらの企業にOBが入ることはそれなりの理由と必要性があるだろう。ただし、民間企業に依存するだけではない、国としての責任ある援護も求められるところだ。防衛関連企業への再就職がそんなにいけないことなら、恩給制度を復活させて退官後の生活を国費で支えるべきだ。それもない中で放り出すような国家を一体誰が守るというのか。

 実際には再就職先が減っていることも確かだ。これは、装備品を国内調達せず、輸入が増えていることが主な原因だ。防衛産業の防衛事業からの撤退が相次ぎ、これは自衛隊にとって、再就職先を失うことも意味している。すると、これまで1佐のOBを採用していたところに将官OBが入るようになって在籍していた元1佐を追い出す形になり、1佐が2佐の就職先を、2佐が3佐の就職先を浸食するような形になってしまっているという。そうなると、みんなが従来より低い給与に甘んじることになる。

 現役のうちに自分で人脈を広げ、資格の取得などに動き始めるべきとも言われるが、そのように器用にできる人ばかりではない。また、自衛隊に国防という重責を担わせている国民の側がそれを言うのは、僭越であり間違っているだろう。

辞めたくないのに制服を脱ぐ任期制隊員

 ここまで主に定年制の自衛官について説明してきたが、一方で、短期間で任期を終える「任期制」自衛官もいる。

 正確には採用時は「自衛官候補生」といって、一般企業における契約社員のような位置付けとなる。2018年に採用年齢が約30年ぶりに改定され、18歳以上27歳未満の者に限られていた採用年齢の上限が一気に33歳未満へと引き上げられている。

 安倍晋三元首相殺害が元任期制自衛官によるものだったことから、初めてこの制度について知った人も多いようだ。

 多くの任期制自衛官は2~3年で任期を終え、20~30歳代で退職することになる。本人が自衛隊に残ることを望んでも、そのためには曹に昇任する試験に合格しなければならず、階級ごとに定員が限られていることもあり、ハードルは極めて高い。自衛官を続けたいのに泣く泣く辞めていく人は多い。

 現在、募集難だと言われている大部分が、実はこの任期制隊員だ。高卒の若者が減っていることや将来への約束がない有期雇用ということもあり、確保が困難になっているのだ。

 それだけに、この隊員たちについては、警察や消防などへの再就職といった危機管理組織内での人事運用の融通性や、自衛官としての経験を活かした再就職先の確保などが一層求められるところだ。

 任期制隊員のことをまるでアルバイトのように言う向きもあるようだが、この人たちがいなければ組織は成りたたない。貴重な隊員を少しでも増やせるような魅力化政策が必要だ。

少子化を言い訳にしてはならない

 縷々述べてきたが、巷間言われている「少子高齢化が進み、自衛官募集が大変な時代になっている」云々という話を聞く度に、私には自衛官になる人が少ない理由をごまかしているように思えてならない。このような「人に冷たい職場」に人気が集まるわけがないのだ。

 一方で、人口減少や少子化が進んでいることもまた事実であり、今後、さらなる定年延長は既定路線となるだろう。ただし、むやみに定年を延ばして、給料が下がったり退官後の暮らしがますます厳しくなるようでは本末転倒だ。

 例えば第一線部隊と後方部隊を区分けして、定年も含めて柔軟に適材適所で運用する制度を構築することや、国が長年育てた人財である自衛官を地方の守りに活かせる方策などのフレームワークを早急に検討する必要があるだろう。

 応募が減って大変だと言う前に、現在の退官後の事情が、子供たちに夢を与えるものなのかどうかをぜひ考えてもらいたい。元将官がハローワークに行くような光景を見て、誰が自衛官になることを目指すだろうか。しかしこれが「抜本的防衛力強化」を目指そうとしている国の実態だ。

 自衛官の多くが誕生日に退職するシステムになっていることから、今日もどこかで退官行事が行われ、その数は毎年8千人近くとなる。定年制であれ任期制であれ、すべての自衛官が「自衛隊にいてよかった」という気持ちで門を出てもらいたいし、そうでなくてはならない。国費を投じて育てた人材を、もっと国のために活かせる施策を講じる必要がある。これは間違いなく国の責務だ。

 

カテゴリ: 軍事・防衛 政治 社会
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執筆者プロフィール
桜林美佐 防衛問題研究家。昭和45年生まれ。東京都出身、日本大学芸術学部卒。防衛・安全保障問題を研究・執筆。2013年防衛研究所特別課程修了。防衛省「防衛生産・技術基盤研究会」、内閣府「災害時多目的船に関する検討会」委員、防衛省「防衛問題を語る懇談会」メンバー等歴任。安全保障懇話会理事。国家基本問題研究所客員研究員。防衛整備基盤協会評議員。著書に『日本に自衛隊がいてよかった ─自衛隊の東日本大震災』(産経新聞出版)、『ありがとう、金剛丸~星になった小さな自衛隊員~』(ワニブックス)、『自衛隊と防衛産業』(並木書房)、『海をひらく~知られざる掃海部隊~』(並木書房)、『危機迫る日本の防衛産業』(産経NF文庫)など多数。趣味は朗読、歌。
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