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米大統領選前に異例の事態:「現」「前」大統領の“機密文書”捜査で何が出るのか

執筆者:春名幹男 2023年1月20日
エリア: 北米
2024年米大統領選挙に意欲を示すバイデン(左)、トランプ(右)両氏ともに、機密文書管理違反で痛手を負った (C)AFP=時事
トランプ前大統領に続いてバイデン大統領にも飛び出した、機密文書管理違反問題。来年の大統領選を見据え、共和党はバイデン氏を徹底追及したいところだが、それは同時にトランプ氏を厳しい立場に追い込みかねない。
 

 世界の自由開放社会で、最も大量の機密文書を抱えているのは、明らかに米国政府だ。

 最高機密である「トップシークレット」の「取り扱い資格(セキュリティ・クリアランス)」を持つ者は85万人を超えている(『ワシントン・ポスト』)。首都ワシントンの人口の約1.5倍にも達するほどの人員だ。

 情報漏れを防ぐためにこれらの資格保持者には、非常に厳密なルールが課せられている。

 ある情報機関で分析官をしている筆者の旧友は、機密を解除された文書を使って作成した博士論文を就職前に大学に提出。筆者はその内容を記事にするため文書を借りた。1~2年後、筆者が数十枚のその文書を返そうとしたところ、分析官の友人は「要らない」と言って、筆者にくれた。彼は情報機関の研修を受けたばかりだった。機密が解除されていても、「解除」のスタンプが押されていないと違法所持を疑われる場合もあり、厄介な機密文書など持たない方がいい、と考えたようだ。

 しかし今回、ドナルド・トランプ前大統領に続いて現職大統領のジョー・バイデン氏にも、機密文書管理違反事件が発覚した。

 過去の同様の事件を調べ直したところ、一部の大統領や閣僚級高官らは機密文書の扱い方が驚くほどずさんなことが改めて分かった。愛人の研究のために機密文書を提供した元米中央情報局(CIA)長官や、ズボンの中に機密文書を隠して持ち帰った元大統領補佐官もいる。

 メリック・ガーランド司法長官は、前大統領と同じように、現大統領の問題も特別検察官を任命して捜査することを決めた。

 この問題では、なおいくつも重要な疑問が残されている。来年の大統領選挙に向けて出馬の意思を示すバイデン大統領を苦しめるのは必至だ。問題の深層を探った。

機密文書は重要度で管理方法に違い

 連邦法では、機密文書の指定は機密度の低い文書から高い文書まで順に「コンフィデンシャル(秘)」、「シークレット(極秘)」、「トップシークレット(最高機密)」の3種を規定している。

 それに加えて、何年先でも公開する必要がない、貴重な情報源などを記した「機微特別管理情報(SCI)」や「特別アクセス計画(SAP)」文書、さらに極秘情報には回収を前提とした「アイズオンリー(読了限定)」という条件が付く場合もある。SCIには管理施設の設置条件を細かく指示した規則がある。

発見文書は全部で20通か

 バイデン大統領の私的事務所や自宅から機密文書が見つかった経緯は、ホワイトハウスの説明によると、偶然のことだったようだ。

 最初の発見は昨年11月2日で、中間選挙投票日の6日前のこと。場所は、バイデン氏がバラク・オバマ政権の副大統領を退任した後、ワシントン市内にペンシルベニア大学の付属機関として開設したシンクタンク「ペン・バイデン・センター」内の個人オフィスだ。

 個人弁護士らがオフィスの荷物整理をしていたところ、鍵をかけたクロゼットの中の文書類から発見したという。個人的な資料に混ざって、機密文書を示す「カバーシート」を付けた10通のトップシークレット文書を見つけ、急ぎホワイトハウス法律顧問室を通じて、国立公文書記録管理局(NARA)に連絡、翌朝NARAの担当者に引き渡したという。

 これらの事実は年明け1月9日、『CBS』の報道で初めて明るみに出た。

 その後、12月20日までに、デラウェア州ウィルミントンのバイデン氏私邸のガレージ内で1通の機密文書が発見されていたことが分かった。さらにガレージに隣接する邸内の部屋で5通の機密文書が見つかっていた、とホワイトハウス法律顧問室が1月14日明らかにした。

 発見文書はこれで計16通になるが、『CBS』は、機密指定が明記された文書は最終的に全部で20通程度になると報じた。

高まる疑問

 一連の発見の経緯にはいくつか重大な疑問が残されている。

第1の疑問:事実の公表が最初の発見から約10週間後になったのはなぜか。

 ジム・ジョーダン下院司法委員長(共和党)は「国民には投票前に知る権利があった」と、中間選挙投票前に公表されなかったことを問題にした。これに対し、大統領の個人弁護士は「厳正な捜査のため(公表を)制限する必要があった」と反論している。

 その後、私邸や同州リホボス・ビーチの夏の家も捜索したことからみて、長期間捜査を続けて、その都度「新事実」を発表すれば、政治的にマイナス、と考えたのは確かだろう。

第2の疑問:バイデン大統領自身はどの段階でどんな情報を得ていたか。

 大統領報道官は、「大統領は法律顧問から逐次報告を受けている」と回答した。ただ、「自宅ガレージ内で発見」という点は分かりにくい。大統領自身は記者団に「私のコルベット(スポーツカー)だって鍵をかけたガレージに入れてある。文書を路上に放置したわけじゃない」と言ったが、そんな乱暴な説明では事情は掴めない。

第3の疑問:文書には何が書かれていたか。

『CNN』は、ウクライナやイラン、英国に関する文書が含まれると報じた。内容次第で、大統領は大きいダメージを被る。

第4の疑問:バイデン大統領の個人弁護士らはなぜ「ペン・バイデン・センター」で荷物整理を行っていたのか。

 オフィスから立ち退きのため、といわれるが、どこかに文書を移す計画だったのだろうか。ただ、来年の大統領選挙に向けて、下院で多数派を奪還した共和党がバイデン大統領のスキャンダル疑惑を追及しており、大統領側はそれに対して防衛するため、書類を調査あるいは整理していた可能性がある。

際立つトランプ前大統領の犯罪性

 しかし、トランプ前大統領のケースの方が、発見された機密文書の量がけた違いに多く、犯罪性という点でも比較にならないほど悪質だ。

 トランプ氏が大統領退任後の2021年5月、NARAがトランプ氏側に文書の提出を求めたのに対して、トランプ氏は当初、抵抗した。その後返却された何箱かの文書をNARAが調査したところ、機密文書が発見された。

 さらに2022年1月、フロリダ州の別荘「マール・ア・ラーゴ」から回収された15箱の文書から、184通の機密文書(コンフィデンシャル67、シークレット92、トップシークレット25)を発見した。

 それに加えて同年5月の連邦大陪審からの提出命令により、38通の機密文書が提出された。そして同年8月、トランプ氏側がなお機密文書を提出していないとする証拠を入手した連邦捜査局(FBI)は、裁判所の捜索令状を得てマール・ア・ラーゴを強制捜索し、103通の機密文書を発見。一連の捜査で押収した機密文書は総計325通に上った。

 また、機密指定はされていないものの、政府に所有権がある数千通の公文書や写真も押収された。これらの問題はすべて、連邦議会襲撃事件への関与も含めて、ジャック・スミス特別検察官が捜査を進めている。

 野党共和党側が今後、バイデン大統領の問題を追及すればするほど、前大統領のケースの犯罪性が目立つ可能性もある。

政府幹部が倫理意識を欠く事件

 この種の問題で最もよく知られた事件は、2016年大統領選挙の争点となったヒラリー・クリントン元国務長官のメール問題だ。公的eメールを自宅のサーバーに保管していた事件だが、結局FBIは立件しなかった。

 しかし、過去の例をひもとくと、倫理意識を欠く高官らが機密文書をずさんに扱ってきた事例が多いことが分かる。

 ビル・クリントン大統領の補佐官(国家安全保障問題担当)を務めた故サンディ・バーガー氏の行為は、元高官としてあまりにも恥ずかしいほどの事件だった。

 補佐官退任後の2003年、米中枢同時多発テロの「独立調査委員会」で国際テロに関する証言をするため、米国立公文書館で文書を調査した時のことだった。クリントン政権のホワイトハウス文書を靴下やズボンに隠して持ち去った容疑で取り調べを受け、捜査官に嘘をついたというのだ。

 彼は裁判で起訴事実を認め、5万ドル(約650万円)の罰金と2年間の保護観察処分、100時間の奉仕労働を言い渡され、弁護士資格も失った。

 弁解できないほどの事件を起こした元CIA長官もいる。

 元陸軍大将のデービッド・ペトレイアス氏はイラク戦争で多国籍軍司令官を務め、一気に2万人の戦力を増強する「サージ」作戦で戦況を好転させて人気を上げた。オバマ大統領は2011年、CIA長官に指名し、上院で全会一致で承認された。

 ところが翌2012年、自分の伝記を書いた女性との不倫関係がバレて長官を辞任。その上、彼女の学術研究に必要だとしてトップシークレットかつSCI指定の文書を提供していたことが判明し、2015年の裁判で罪を認め、10万ドルの罰金と2年間の保護観察処分の判決を受けた。

 このほか、1995~1996年にCIA長官を務めたジョン・ドイッチ氏は、クリントン大統領との意見対立で解任された後、機密文書を「機密解除済み」として自分のコンピューターに保管していたことが判明、「セキュリティ・クリアランス」を剥奪される処分を受けた。

 彼ら自身、高い権力の座にあって、自分で機密を指定した人たちだ。手荒な扱いをしても平気だったに違いない。

特別検察官は共和党員

 ガーランド司法長官は、バイデン大統領の機密文書事件を捜査する特別検察官に、韓国系米国人弁護士のロバート・ハー氏を任命した。彼はスタンフォード大学ロースクールを出て、最高裁長官書記官や、日本式に言えばメリーランド州担当検事正(2018~2021年)を務めた、敏腕で公正な検事と言われる。

 ただ、長官が彼を選択した第1の理由は、彼が共和党員であることだろう。

 来年の大統領選挙を前に、トランプ前大統領の事件とともにバイデン氏の事件も、今年前半にも決着を付けることになるとみられる。

 民主、共和両党の党派対立が今ほど緊張していなければ、バイデン大統領の事件は、2017~2020年の約4年間、民間人だった時期に機密文書を違法に所持していたのは「不注意」が原因だった、ということで、微罪扱いで済まされる可能性がある。

 しかし、共和党は下院でこの事件を本格的に追及する構えを見せており、同時にトランプ前大統領の事件が厳しい結果になる可能性もある。共和党員の特別検察官としても、非常に難しい判断を迫られるだろう。

 

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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