インテリジェンス・ナウ

捜索で得た「機密文書」で前大統領に危機も:FBIはトランプ側近から「スパイ情報」

執筆者:春名幹男 2022年8月26日
エリア: 北米
マールアラーゴのトランプ氏私邸。FBIの家宅捜索で大量の機密文書が押収された(C)Katherine Welles/shutterstock.com
機密文書所持で私邸をFBIが家宅捜索――次期大統領選を目指すトランプ氏に対する陰謀との声も出たが、実は1年半以上前からの調査と捜査に基づいている。トランプ氏は今後、「スパイ防止法」違反に問われる可能性がある。

「冬のホワイトハウス」とドナルド・トランプ前米大統領が呼んだ、自身が所有する南部フロリダ州パームビーチのリゾート施設「マールアラーゴ」。ここでは故安倍晋三元首相習近平中国国家主席との首脳会談も行われた。実はこの施設、外国情報機関のスパイが情報収集の格好の標的にしてきたというのだ。

 8月8日、前触れなしに米連邦捜査局(FBI)捜査官や鑑識官ら計三十数人がこの私邸部分を急襲し、家宅捜索した。証拠不十分でも捜索か、などとさまざまな批判があった。しかし、現実には、他の事件も含めて、「トランプ包囲網」はさらに狭まった形だ。

 FBIは、過去1年半以上にわたる米政府関係機関の綿密な調査と捜査を経て、トランプ氏側近の「スパイ」から得た確実な情報を基に、満を持して踏み切った捜索だった。適用された法律は「スパイ防止法」。

 実際、捜索では極めて機密性の高い文書が押収された。すでに連邦大陪審による審理が進められ、先に米政府が回収した機密文書所持について違法との判断も示されている。

 トランプ氏は11月の中間選挙に向けて支持を固め、2024年大統領選挙への再出馬発表も視野に入れる。

 だが、捜索で得た文書の解読と関連捜査によって、ロシア疑惑などこれまでの「ミステリー」(『ニューヨーク・タイムズ』)が解明される可能性があり、その場合、トランプ氏の政治生命に深刻な影響を与えることになる。

 いずれにせよ、FBI対トランプ氏の攻防は第1幕が切って落とされた。

文書提出を渋ったトランプ

 この事件の発端は約1年半前に遡る。トランプ氏は昨年1月20日に大統領を退任してホワイトハウスを去る際、自分が扱った文書類をある程度、米国立公文書記録管理局(NARA)に引き渡した。

「大統領記録法」に基づき、これらの文書を国家の資産としてすべて管理する権限がNARAにはある。しかし、文書管理官が国立公文書館で保管するために整理しようとした段階で、重要文書が含まれていないことに気付き、トランプ氏側に全文書の引き渡しを求めた。例えば北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記からの書簡など、あるべき文書が入っていなかった。

 しかし前大統領はそれ以上の提出を渋り、数カ月間にわたる押し問答でも要請に応じなかった。このためNARAは、同法違反として司法省に注意喚起を求める、と警告した。

 今年1月17日、トランプ氏側はマールアラーゴに運び込まれていた15箱の文書を国立公文書館に追加して送出することに同意した。

 しかし、これで疑問が解消されたわけではなかった。

 第1に、文書管理官はこれらの文書の中から、機密指定された信号情報(SIGINT)関係の文書を発見したことだ。外国指導者のeメールや電話など、米国が傍受した電子通信に関する文書である。これほど機密性が高い文書が追加提出されたことにNARAは驚いた。

 第2に、マールアラーゴにはもっと機密文書が残されている可能性がある、と疑われた。

 このためNARAは2月に入り、司法省に対して、こうした問題を報告した。

連邦大陪審が違法行為と認定

 これを受けてFBIは捜査に乗り出した。FBIは、トランプ氏の大統領当時と退任後のスタッフほぼ全員から事情聴取を行った。さらに4月末に連邦大陪審が設置され、審理を開始した。

 FBI捜査官らはその過程で、トランプ氏がなお多数の公文書を国立公文書館に提出せず、保有し続けているとみて、連邦大陪審を通じて提出命令を発出した。

 この時点ですでに、連邦大陪審はトランプ氏側に違法行為があったとの判断を示したようだ。1月に追加提出した文書に先述のSIGINT関係文書のような機密文書が含まれていたのは、明らかにスパイ防止法違反なのだ。

『ワシントン・ポスト』によると、6月初め、司法省国家安全保障部門の防諜・輸出管理室長ジェイ・ブラット氏をトップとするチームが、トランプ氏側の弁護士との協議を行うためマールアラーゴを現地視察した。ブラット氏は司法省の「スパイキャッチャー」と呼ぶべき任務に就いている。

 このチームは1階の保管室に案内され、箱の中の記録文書をパラパラめくったりした。司法省担当者はその際、保管室の安全が保たれているとは思えないという趣旨の指摘をし、トランプ氏側は部屋の鍵を強化した。

 米報道によると、ブラット氏はその際、マールアラーゴの監視カメラで撮影されたビデオを提出させたという。機密文書を保管する部屋が安全な管理状況にあるかどうか、さらにその部屋に誰が出入りしていたか確認する捜査を行うとみられる。

過去には中国人女性“スパイ”の侵入未遂も

 マールアラーゴは、入会金20万ドル(約2700万円)の会員制リゾート施設で、会員数は約500人。プールやダイニングルーム、宴会場などの設備が整っている。2017年2月に当時の安倍晋三首相との最初の日米首脳会談をここで行った際、会員らと同じ場所で食事し、通常非公開の場で行うべき会話もしたので、機密漏洩の恐れが懸念された。

 2019年3月30日には、不審な中国人女性が受付を突破し、プール近くに行こうとして住居侵入の疑いで逮捕される事件があった。

 彼女はスマホ4台と、マルウエアを入れたUSBメモリなどを持っていたため、スパイの疑いがあるとみられたが、自供が得られず、同年11月25日にフロリダ州南部地裁で懲役8カ月の判決を受け、拘留期間を差し引いて、数日後に中国に強制送還された。

 いずれにしても、マールアラーゴは数百人が出入りする環境にあり、機密文書を保管する場所として不適であることが明らかになった。

寝室などの金庫に隠匿

 今回の家宅捜索に関する報道は多々あるが、「情報提供者」が、機密文書の種類と保管場所を「FBIに知らせた」とする米週刊誌『ニューズウィーク』の特報記事が異彩を放っている。この記事を書いたのは、米陸軍情報部に所属した経歴を持つ、インテリジェンスに極めて詳しいウィリアム・アーキン氏。彼はかつて国際反核環境保護団体「グリーンピース」の研究所におり、筆者の取材先の1つだった。

 確かにその記事は興味深い。FBIの「秘密の情報源」は、トランプ氏の側近とみられ、トランプ氏がマールアラーゴの「どこにどんな文書を隠していたかを(FBIに対して)特定した」というのだ。

 フロリダ州南部地裁のブルース・ラインハート予審判事に捜索令状を請求した文書は、そうした情報を詳述していて、説得力があったと言われる。

 捜索令状では、捜索先を「前大統領のオフィス、すべての保管室、箱が保管できて前大統領とそのスタッフが使えるその他のすべての部屋」と大きく網を広げている。

 しかし、『ニューズウィーク』によると、トランプ家私邸の居住部分を対象に、特に「FBIは寝室、オフィス、保管室の3室をターゲットにして」捜索し、文書を発見したとしている。トランプ前大統領自身、「FBIは自分の個人用金庫を開けた」と非難している。

 トランプ陣営はこの家宅捜索に驚き、「密告者」が存在するとの認識に至り、「FBIは裏切り者から情報を得た」などと非難していたと伝えられる。今年春にFBIがトランプ氏のスタッフほぼ全員に事情聴取した際に、自ら情報提供を申し出た者がいた可能性がある。

 捜索令状請求書には、極めて詳細な情報が含まれた「宣誓供述調書」が添付されていた。公表すればトランプ陣営に捜査の手の内を見せる恐れがあるため、司法省は一部公開にとどめる構えだと報道されている。

 その上で捜索は、トランプ氏の不在を確認して行う予定を立て、8日午前9時前から午後7時頃まで行われた。

持ち出しただけで犯罪

 捜索の結果、FBIが押収した文書は全部で20以上の箱に詰められ、機密度の高い文書から順に、「トップシークレット」が5セット、「シークレット」と「コンフィデンシャル」が各3セット、と計11セットあった。

 中でも、トップシークレットの中に1セット、最も機密度の高い文書が含まれていた。それは「TS/SCI」と明記されており、「トップシークレット(TS)」でかつ「機微特別管理情報(SCI)」の文書とされている。

 SCIは通常、情報源ないしは情報収集の方法が分かる内容を含んだ文書で、厳密な基準が定められた「機微特別情報設備(SCIF)」で保管しなければならない。

 従って、そのような文書がトランプ氏私邸で発見されただけで、違法行為の証拠となる。

 捜索令状は、「スパイ防止法」関係の米合衆国法典第18編793部に基づく捜索としており、このTS/SCI文書などの押収が狙いだったことが分かる。この法では、必ずしもスパイ行為に限らず、国防情報の収集、送信、紛失なども禁じられている。

 ほかにも、公文書や記録の違法な隠匿、除去、切除や破棄などに関する証拠の収集も目標だったことが捜索令状から分かる。

 トランプ氏側近の1人で、2016年大統領選挙で「ロシア疑惑」絡みの「秘密工作」に従事したロジャー・ストーン氏に関する文書も見つかった。ストーン氏は2020年2月、公務執行妨害や偽証で禁錮40カ月の判決を言い渡されたが、トランプ前大統領が同年12月に「恩赦」を付与して釈放され、論議を呼んだ件に関する書類とみられる。

 また「フランス大統領に関する情報」も含まれていたが、詳細は不明だ。

 同時に、FBI捜索班の鑑識技術者は押収した文書のほか、収納箱などでも指紋の検出を行い、監視カメラの記録と合わせて、誰が保管室などに出入りし、機密文書を読んだかを突き止めるとみられる。

トランプ氏側は「地下政府」を告発か

 この事件で最大のナゾは、トランプ前大統領がなぜ、大統領文書の提出を拒否し続けてきたか、だ。

 米中央情報局(CIA)に関する著書が多い元『ニューヨーク・タイムズ』記者、ティム・ワイナー氏は、トランプ氏の大統領在任中・退任後も側近のカシュ・パテル氏の言動が、その疑問を解くカギになるとみている。実はパテル氏は、一部だと思われるが「文書の公開」を模索しているようだ。

 パテル氏は政権末期に国防長官代行首席補佐官を務め、トランプ氏退任後は、NARAとの交渉担当を務めている。彼は「トランプ氏が違法に監視されていたことを示す文書」を公開すると発言した、と伝えられている。

 トランプ氏とパテル氏はいわゆる「ディープ・ステート(地下政府)陰謀論」の同志。つまりトランプ陣営は、FBIが押収したのと同じ文書を逆に、政府を地下で牛耳る連中を告発する目的に使うというのだ。

 ディープ・ステートとはCIA、FBI、国務省、国防総省などのエリート官僚が政府を支配しているという陰謀論だ。マールアラーゴに隠していた文書の中に、そんな事実を記したものがあるとは理解しにくい。だが、FBIが機先を制してそれらを押収したことによって、その目論みはくじかれたようだ。

「トランプ大統領図書館」はネット上のみ

 米国の歴代大統領は退任後、自分の故郷に「図書館」を建設することが通例で、NARAの管理下で運営される。トランプ氏の場合「トランプタワー」に図書館を建設する計画が取り沙汰されてはいるものの、具体化は進んでいない。当面、「トランプ大統領図書館」はインターネット上に設置。文書の公開は2026年以降、情報公開申請により可能とする予定という。

 

カテゴリ: 政治 社会 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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