「国家総合職」応募者はピークの半分以下に 人材市場で負ける「霞が関」の反攻戦略

執筆者:吉井弘和 2023年6月22日
エリア: アジア
人材市場における「敗戦」から霞が関は復興できるか (C)Ned Snowman/shutterstock
中央官庁が人材獲得で民間の後塵を拝して久しい。「ブラック霞が関」と揶揄される過酷な労働環境にメスを入れることは必須だが、民間コンサル出身の筆者から見れば、霞が関だからこそ身に付きやすいスキルや、霞が関だからこそ得られる仕事のやりがいも多いという。政策の立案と実行を担う優秀な官僚組織を維持するためには、中途採用の強化という一点突破戦略が必要だ。

 

 日本の経済界は停滞が続き「失われた30年」と言われるようになって久しい。しかしその裏側で霞が関の人材市場における戦いは、停滞が続く経済界に対してなお苦しさを増してきている。行政機関は製品・サービス市場や資本市場における競争がない。その一方で人材市場では、霞が関も数ある職場の1つとして、民間企業や地方公共団体、NPO(非営利組織)などと横並びで職の担い手から比較され、競争にさらされている。その人材市場において霞が関は弱体化が続いているのだ。

働き方改革は必須。ただ、それだけでは人材確保はままならない

 その「弱さ」は2つの現象に表れている。1つは新卒採用市場における応募者数の減少である。国家公務員試験の時期に、「総合職試験の応募者数が過去最低」もしくは「過去●番目の低水準」というニュースが出ることは、もはや毎年の恒例行事になっている。過去40年間の国家公務員総合職採用試験(過去の1種試験を含む)の応募者数の推移を見ると、平成8(1996)年の約4万5000人をピークとして、この30年弱の間は景気後退時を除いてほぼ一貫して減少が続き、現在では2万人を下回る水準となっている。応募者の母数となりうる、新卒採用者の平均年齢の人口よりも減少のスピードが速いことは明らかだ。

 もう1つは若年層の離職者の増加である。令和4(2022)年に人事院が公表した調査によると、総合職試験採用の在籍10年未満の退職者数は、平成25(2013)年の76人、平成26(2014)年の66人に対して、令和元(2019)年は139人、令和2(2020)年は109人と急激な増加傾向にある。これより遡った統計が見当たらないため定量的な比較は難しいが、かつては、国家公務員が転職をすることはごく稀なことだった。しかし近年では、20代半ばの官僚が「周囲の6~8割くらいは20代のうちに転職をすることを考えている」と語る。若年層の国家公務員を魅了して現職場に維持しようとする取組みにおいて、霞が関は綻びを見せ始めた。

 こうした人材確保の困難に対して、中央省庁は、ブラック霞が関とも呼ばれる過酷な労働環境の働き方改革への取組みを進めている。第2次安倍政権で働き方改革の推進が打ち出されて以来、民間企業においては、急速に労働時間の短縮が進んだ。コロナ禍でリモートワークが普及し、民間企業の労務環境はさらに改善された。その結果、民間企業ほど改革が進まなかった霞が関が置いて行かれる形となり、霞が関の過酷な労働環境が「目立つ」ようになった。こうした状況に対して、中央省庁がその改善に取り組むことは絶対善である。筆者も、国家公務員だった時代に、過酷な時期を過ごしたこともあるし、周囲にはより大変な状況で働いていた優秀な若者がたくさんいた。彼らが心身を病むことなく活躍し続けるためにも、何があろうとも、働き方改革をさらに前に推し進める必要がある。

 他方で、それだけやっていれば霞が関が人材確保の課題を解決することができるかと言えば、それは話が違うと言わざるを得ない。上述した通り、新卒採用市場における霞が関の退潮はここ数年のトレンドではなく、過去30年近くにわたる長期の一貫したトレンドであるからだ。それに加えて、ニッセイ基礎研究所 (2020) によると、若者は「キャリア重視」志向が高く、「勤務先忠誠」志向が低い。若年層のキャリア観が離職率を上げる方向で変化をしているという事実は、霞が関でのみ起きていることではなく、人材市場全体で起きていることだ。こうした、新卒採用の応募者数減少の「長期トレンド」や、若年層の離職者数増加の「マクロトレンド」を考えると、働き方改革だけで人材確保ができると信じることの方が難しいことが分かる。

 こうした中で注目されるのが中途採用である。霞が関は、まだまだその人材供給の多くを新卒採用に頼っており、中途採用も増えてきているとはいえ、その伸びしろは大きい。したがって、霞が関の人材戦略が変化を迫られる中、「中途採用市場において、いかに質の高い人材を数多く確保することができるか」ということが、最も重要な課題であるということが分かる。

新卒一括採用のようなやり方で中途採用が行われていることが多い

 筆者は、霞が関の中途採用者を中心に構成されている、ソトナカプロジェクトの共同代表の1人である。ソトナカプロジェクトは、昨年の3月に、「多様な人材が新しい社会を創り出す霞が関」を目指して、中途採用に関する提言を行うことを、当時の活動の中心として発足した。人事院の川本裕子総裁や牧島かれん行政改革担当大臣(当時)に手交した提言では、霞が関の中途採用における課題を、大きく7点指摘している。

・職務内容・人材要件が曖昧で、自分が霞が関にマッチするか分からない

・働き方や年収額、中途採用職員としての活躍の可能性が不透明で不安がある

・霞が関への中途採用プロセスが求職者に寄り添っていない

・社会人としての経験年数の換算が不透明

・中途採用職員も初めての転職が多く、職場も受入経験が乏しい

・中途採用職員の活躍の在り方や省庁内のキャリアパスが不透明

・中途採用に特化したノウハウがない。中途採用だけでなく組織全体の人事管理の観点も考えなければならない

 一言でいえば、まだ中途採用のノウハウが確立されておらず、新卒一括採用のやり方に当てはめてしまっているところが多いということである。

 諸外国との比較ではどうか。『官僚たちの冬 霞が関復活の処方箋』(田中秀明、小学館新書)によれば、日本と同じく国家公務員の資格任用を重視しつつ、日本とは異なりジョブ型で社会全体からそれぞれのポストに最適な者を選ぶ開放型の仕組みを導入している国としては、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドがある。いずれの国々も幹部は公募が必須もしくは奨励されており、昇進は年功序列ではなく空席への応募によって行われる。筆者は平成23(2011)年から平成24(2012)年の1年間、イギリスの保守党でインターンを経験した。その頃に知り合ったイギリスの国家公務員の多くも、1つの省庁に留まるのではなく、いくつもの省庁や時には民間企業なども渡り歩きながら、キャリアアップをしていた。

 このような開放型の国家公務員制度を持つイギリスでは、当然ながら、中途採用の経験値も豊富であり日本とは様相が全く異なる。公募が前提となっているため、職務内容や人材要件も明確にされ、当然ながら給与も明示され、その情報をもとに求職者が応募する。実際、Civil Service Jobs (https://www.civilservicejobs.service.gov.uk/) という政府サイトで、政府の公募情報を一括で検索することができる。そこには、当該ポストの募集の背景や業務内容、必要とされるスキルや経験等が詳しく記載されている。

中途採用をきっかけに、職員全体にメリットがある変革を

 働き方改革だけでは、霞が関の人材確保はままならないと書いた。実際、人材エージェントとして若手の国家公務員の方々の相談にのっていると、ワークライフバランスが悪いというだけの理由で転職を決める方は少ないと感じる。むしろ、成長実感、仕事のやりがい、上司への信頼の3つのうちいずれかで大きな不満を抱えており、そのような状態で長時間労働に耐えることに疑問を感じて転職を決意するパターンが多い。

 こうした、成長実感、仕事のやりがい、上司への信頼はいずれもマネジメントの課題である。様々な業界や職種、職位の方々と仕事をさせてきてもらった民間コンサル出身の私の目から見れば、霞が関だからこそ身に付きやすいスキルや、霞が関だからこそ得られる仕事のやりがいが多々あった。それにもかかわらず、職員がそれを感じることができていないのは、マネジメントの課題である。霞が関では政治家や関係団体の都合で自らの組織や業務にコントロールが効かないことを指して、「他律的」という言葉がよく使われる。民間の仕事よりも相対的に「他律的」な側面があることは事実だろうが、自らマネジメントすることへの意識が薄れていないだろうか。ソトナカプロジェクトで指摘をしたような課題の解決に取り組むことが、こうしたマネジメントの課題解決につながり、中途採用職員だけではなく、生え抜き職員にとってもメリットになることが期待される。

 たとえば、ソトナカプロジェクトで指摘した1つ目の課題である職務内容・人材要件の明確化に対応するには、特定の省庁の係員・係長・課長補佐・企画官などの職位に求められるスキル・経験・知識の言語化が必須であり、それを基に部下にフィードバックすることにもつながる。採用の段階であまりに細かい人材要件を定義することは、採用の間口を必要以上に狭めることになりかねないため、ある程度の抽象度で表現することが想定される。他方で、それをさらに具体化することにより、それぞれの役職で働く職員に求められるスキル・経験・知識を定義することができる。そうしたいわばスキルマップを参照しながら、上司と部下の1on1の中でファクトベースのフィードバックを行い、成長を認知・支援することが可能となる。その職員が過去1年間で何ができるようになったのか、何が得意で何が苦手なのか、得意領域を伸ばしたり苦手領域を克服するためには次にどのようなポストに希望を出すと良いのか、具体的に議論をすることができる。そうすることが、職員の組織とのエンゲージメントを高めることになる。それは回りまわって、若手の離職者の増加ペースに歯止めをかけることにもつながる。

 霞が関における人材確保や、あるいは霞が関の変革という大きな課題からみれば、中途採用をめぐる議論はそのごく一部分に過ぎない。しかしながら、大きな変革を全て同時並行に進めることはできない。中途採用という一点突破を図る戦略性が求められるのではないか。

弱みさえ埋めれば、唯一無二の価値を持つ強みが生きる

 霞が関の持つ強みに目を向けると、そこには、民間企業にはない圧倒的な強みがあることも事実だ。ソトナカプロジェクトの行ったアンケート(回答数97)でも、「国にしかできない仕事に関われること」については93%が、「社会に大きなインパクトを与えられること」については85%が、「応募時に感じた通り」「応募時よりも高まった」「入省して初めて気づいた」魅力のいずれかと回答をしている。逆に言えば、課題面で指摘したような、普通の民間企業にできていることがきちんとできれば、霞が関の中途採用は大きく改善する可能性を秘めている。

 他方で、一口に霞が関と言っても、具体的な離職率や中途採用の規模、中途採用を含めた人材確保・人材管理についてのスタンスは、府省庁ごとに異なる。そのため、ソトナカプロジェクトでは、中途採用の位置づけに応じて3つのステージを設定して、まずは各府省庁が軸足を置くステージを定めることを提案している。

ステージ1:当面の人員ニーズ充足のための中途採用

ステージ2:恒久的な戦力として融合する中途採用

ステージ3:組織変革の原動力としての中途採用

 多くの府省庁が上記のステージ1又は2に軸足を置いていると考えられる中、短期的には、それらのステージに応じた施策の実行が求められる。例えば、ステージ1であれば、求職者目線で分かりやすい職務記述書を作成し、年収水準を明確化するとともに、公募期間や着任日を弾力化するなどである。ステージ2であれば、通年採用やオンライン面接の実施により、多忙な人材や海外人材も応募可能な採用プロセスを導入することや、霞が関出身者のグループ作りなどの公募採用候補者の母集団形成、社会人同期に劣後しない年次管理運用への転換などである。

 これまでであれば、中央省庁の組織と個人の関係性として、閉鎖型の国家公務員制度を維持することが可能であった。対応が求められた政策課題の性質という面でも、閉鎖型が有効な選択肢として機能してきた歴史もある。しかしながら、こうした前提が崩れつつある中、中長期的にはステージ3に軸足を移し、組織のクリティカルマスを超えるところまで中途採用を進め、組織変革の原動力として中途採用を活用することも考えられるのではないか。既存の組織ではなかなか得られない新しい発想やスキルを取り込み、組織運営や政策立案に活かすのである。

 その場合には、中途採用拡大を通じた組織変革を経営戦略として位置付け、その戦略目的を明らかにし、組織変革に必要なスキル・経験を得るため、中途採用を積極的に活用することが望ましい。その先駆け的な動きとして、経済産業省は今春、人材戦略担当の管理職を公募で民間から採用した。制度面でも、イギリスのような開放型の国家公務員制度にならい、省内外公募制度で省内外の応募を区別せず能力本位で異動・採用・昇格・降格を行い、職務を基本とする報酬を設定する仕組みへと移行していくことも考えられる。仮に霞が関がこのような開放型の組織運営を行うなら、官と民の双方にお互いの言語と事情が分かる人材が育ち、官民の政策対話の質が向上すること、霞が関の外の政策立案機能が育ち政策にも競争が生まれることも期待できる。

 こうした霞が関の取組みに対して、VOLVE株式会社では、民間企業だからこそやりやすいことに特化して、民から官への動きを後押ししている。イギリスの例に挙げた Civil Service Jobs には至らないが、中央省庁の公募情報を一括して検索することができる求人検索を提供している。その際、民間人材にとっては霞が関用語のままでは検索もしづらいため、日常用語による検索機能も提供している。例えば、一般的には「課長補佐」という職位は聞きなれない言葉だが、これを、「個々の案件の実務的リーダーとして政策立案・実行を推進したい(平均的な年齢層:幹部を目指すキャリアの30歳以降・それ以外のキャリアの40歳以降)」と翻訳している。霞が関用語を日常用語に翻訳するにあたり、正確性が犠牲になるところもあり、中央省庁自身がやることはなかなか難しいという意味で、民間でやることに意義がある。

 それに加えて、「(霞が関の中途採用は)給与すら分からない」という声に応えて、年収シミュレーターも提供している。これも、正確に計算するためには様々な条件設定が必要になるが、民間の取組みだからこそ、詳細を捨象して概算を知りたいというニーズに応えている。

 言うまでもなく、霞が関は日本社会の中で非常に重要な役割を担っている。その中枢において、人材確保もままならない状況が生じているということは憂うべきである。冒頭に示した通り、現在の霞が関の人材確保の困難は、長期トレンドとマクロトレンドに裏付けられており、単純に過去に戻ることは難しい。新卒一括採用・終身雇用時代の過去へのノスタルジーを捨て、人材の流動性が高い新たな時代におけるあるべき霞が関を目指して、中途採用の改善に戦略的に取り組むべきではないか。霞が関の人材市場「敗戦」からの復興のためには、まさに「他律的」な要素もあり、政治の理解と協力も必要になると考えられる。ただ、人事行政当局や各府省庁の人事機能においてできることも多々ある。そこで前向きな努力を積み重ねる人々に敬意を表しつつ、ソトナカプロジェクトやVOLVE株式会社の取組みが側面支援になることを願う。

カテゴリ: 社会 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
吉井弘和(よしいひろかず) 慶應義塾大学総合政策学部准教授。1981年、東京都生まれ。2004年東京大学理学部数学科卒業。11年米国コロンビア大学及び英国ロンドン大学政治経済学院より公共経営学修士(MPA)を取得。04年マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社入社、同ドイツ支社転勤、英国保守党本部インターン、同社アソシエイト・パートナー、社会保険診療報酬支払基金理事長特任補佐、厚生労働省保険局保険課課長補佐を経て現職。ソトナカプロジェクト共同代表、VOLVE株式会社代表取締役。専門は公共経営学。
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