中国軍の情報化をめぐる蹉跌――戦略支援部隊の解体と情報支援部隊の設置は何を示すか

執筆者:山口信治 2024年6月4日
タグ: 中国 習近平
エリア: アジア
米国的なモデルの追求に転換したのか[情報支援部隊の設立大会に臨んだ習近平国家主席=2024年4月19日、中国・北京](C)EPA=時事/XINHUA
戦略支援部隊はサイバー戦、電子戦、宇宙空間における作戦を含む情報戦を統括する組織として、2015年12月に鳴り物入りで設立された。そこからわずか8年後の解体は、1990年代から米軍の軍事革命に着目し情報技術の役割を研究してきた中国が辿り着いた結論――包括的な情報戦アプローチ――の蹉跌を示唆していると言えるだろう。背景には「縦割り」を解消できなかった問題と、包括的な情報戦アプローチそれ自体が実際のオペレーションに適合しなかった問題が考えられる。新たな3兵種の独立については、心理戦はどこが担当するのかなどいまだ不明な要素も数多い。

 2024年4月19日、習近平国家主席は、2015年年末の軍改革で設置された戦略支援部隊を解体し、情報支援部隊、軍事航天部隊(宇宙)、ネットワーク空間部隊(サイバー)の三つに分割することを明らかにした。軍事航天部隊は戦略支援部隊航天系統部を、ネットワーク空間部隊はネットワークシステム部を引き継ぐものとなるほか、戦略支援部隊情報通信基地を中心として情報支援部隊が新たに設置された。情報支援部隊は、「情報リンクを円滑にし、情報資源を統合し、情報保護を強化し、全軍統合作戦システムを統合し、情報支援を正確かつ効率的に実施し、各領域における軍事闘争を保障する」ことがその任務とされている。

 なぜ中国は鳴り物入りで導入した戦略支援部隊をわずか8年で解体したのだろうか。これについて、これまで反腐敗運動のあおり、指揮統制関係の明確化、智能化戦争に合わせたものなどの要因が指摘されてきた。もちろんこれらにはそれぞれ説得力があるし、そもそも現段階で確実な答えを得ることは不可能である。ここでは、戦略支援部隊を解体しなければならなかった固有の問題とは何か、という点に注目する。

 問題をより明確化するには、以下の二つの問題を考えなければならない。すなわち第一に、サイバー、電磁波、宇宙といった情報関連の作戦領域を総合的に扱う戦略支援部隊は、中国の情報に対する包括的アプローチを示す存在であった。これをなぜサイバー戦と宇宙に分割したのかという問題である。第二に、戦略支援部隊を分割する中で、なぜ情報支援部隊を立ち上げたのか、情報支援を特別に重視する理由は何か、という問題である。

 本文が示すのは、問題の根幹にあるのは、情報戦に対する中国のアプローチの限界と、この組織改編が中国の人民解放軍の情報化と統合化をめぐる問題だということである。

戦略支援部隊とは何だったのか:期待されたのは情報をめぐる闘争の中核

 戦略支援部隊とは何だったのだろうか。戦略支援部隊は、2015年12月に国防軍隊改革の目玉として設立された、陸・海・空・ロケット軍に続く第五の軍種である。この組織は、サイバー戦、電子戦、宇宙空間における作戦を含む情報戦を統括する組織であり、情報をめぐる戦いを一括して実施する中国の包括的な情報戦アプローチを象徴する存在であった。

 人民解放軍は、1990年代から米軍が示した軍事における革命に着目し、情報技術が果たす役割を研究してきた。その中で出された結論が、現代の戦争はシステムとシステムの戦いとなるという見方である。情報システムを通じた一体化の結果、情報化時代における戦争はシステムとシステムの戦いという様相を呈してくる。中国はこれを「システム対抗」と呼んでいる。すなわち、情報システムの発展の結果、戦場の状況認識、ネットワーク通信、指揮統制、精密打撃、支援保障などの各システムは高度に一体化しており、一体化した統合作戦が基本的作戦形式となる。

 このような一体化の進んだ状況において、情報は、もはや戦力を強化するための補助的な地位ではなく、情報をめぐる争いこそが焦点となる。情報を制する者が戦争を制するのである。『戦略学2013』(軍事科学院/編)によれば、情報化は根本的に戦争勝利のメカニズムを変化させた。従来の敵の意志を屈服させ、自己の戦力を保存するというものから、戦争の情報化がすすむにつれて、敵のシステムを統制・麻痺させることによって、敵の全体的抵抗能力を奪うことが戦争目的となった。そして敵の指導機関、指揮統制の中心、情報中枢などに対して直接打撃を与えることが中心的目標となった。

 そのため、情報における優位が戦争における優位に直結する。相手のシステムを麻痺させ、自国のシステムを相手の攻撃から保護することができれば、それは明白な優位を意味するだろう。中国はこのような情報における優位を、「制情報権」と呼んできた。

 戦略支援部隊は、まさにこの情報をめぐる闘争を行うために、ネットワーク情報システムに基づく統合作戦能力と全地域作戦能力を向上させる存在として、人民解放軍の中核的な能力を担うことが期待されていた。

 その特徴は、情報をめぐる闘争にかかわるあらゆる能力を統括することにあった。すなわちその職責は、情報支援、サイバー作戦、宇宙作戦、電磁波などを含んでいた。これは宇宙作戦やサイバー作戦が、それぞれ宇宙軍やサイバーコマンドなど独立した組織によって実施されている米軍とは大きく異なるアプローチであった。

 さらに、情報のコントロールは人々の心理や認知をも左右することから、心理戦の機能も戦略支援部隊に含まれていた。中国は世論戦、心理戦、法律戦の「三戦」というコンセプトを持つことで知られてきたが、三戦にかかわる機能の多くは総政治部から戦略支援部隊に移管された。例えば福建省の311基地は、台湾に対する三戦の最前線とされてきた基地で総政治部に所属していたが、これは戦略支援部隊の直属基地になったと考えられている。

情報支援をめぐる問題:克服できなかった「縦割り」

 しかしこのような洗練された現代の戦争に対する理解とそのための改革措置にもかかわらず、予期されたような効果は生まれてこなかったことが分かったのが、今回の組織改編であった。

 まず情報化について見ると……

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カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
山口信治(やまぐちしんじ) 防衛省防衛研究所地域研究部 中国研究室 主任研究官。専門は中国政治・安全保障、中国現代史、中国の党軍関係、米中関係。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学院を経て防衛研究所に入所。2015年から現職。単著に『毛沢東の強国化戦略』(慶應義塾大学出版会、2021年、アジア太平洋賞大賞受賞)、共著に川島真・小嶋華津子編『習近平政権の目指す中国――理念・政策・課題』(東京大学出版会、近刊)、川島真編『ようこそ中華世界へ』(昭和堂、2022年)、『防衛外交とは何か―平時における軍事力の役割』(勁草書房、2021年)、『よくわかる現代中国政治』(ミネルヴァ書房、2020年)、『現代中国の政治制度-時間の政治と共産党支配』(慶應義塾大学出版会、2018年)、『中国対外行動の源泉』(慶應義塾大学出版会、2017年)などがある。
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