アメリカは「制度のアップデート」が必要だ――ハーバード大学の有名教授に踏み込んだ発言をさせる危機感

スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジブラット(濱野大道・訳)『少数派の横暴 民主主義はいかにして奪われるか』(新潮社)

執筆者:砂原庸介 2024年11月2日
エリア: 北米
民主主義を支える規範は、共和党の強硬な姿勢と、それに対抗する民主党の規範破りで徐々に失われていった[ホワイトハウス近くのエリプス広場で集会に出席するドナルド・トランプ大統領(当時)=2021年1月6日](C)EPA=時事

 共和党のドナルド・トランプ前大統領と民主党のカマラ・ハリス副大統領が争うアメリカ大統領選は接戦が予想されるが、多くの識者が指摘するのは、どちらが勝ってもアメリカ政治の混迷は続くということだ。混迷の原因はどこにあるのか。アメリカはどこへ向かうのか。トランプ政権時代に『民主主義の死に方』を執筆し、世界的な民主主義の後退と権威主義の台頭を指摘したスティーブン・レビツキーとダニエル・ジブラット(ともにハーバード大学政治学教授)による注目の新著『少数派の横暴 民主主義はいかにして奪われるか』を、神戸大学教授の砂原庸介氏が読み解いた。 

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 前著『民主主義の死に方』(新潮社、原題:How Democracies Die)が世界的なベストセラーになった、著名な2人の比較政治学者が次に論じたのは「少数派の横暴」である。2021年1月6日に起きた国会議事堂の襲撃事件――この事件はイリノイ大学が提供するクーデターに関する国政的なデータセットではクーデター未遂と記録されている――のあとに書かれた本書は、前著よりもさらに強い危機感を持って現在のアメリカの民主主義が抱える問題が描写される。

 前著の焦点は、選挙によって多数派の支持を受けた権力者が、中立的な判断が期待される行政機関や裁判所といった「審判」を抱き込み、メディアや捜査機関、さらには暴力を行使して競争相手を弱体化させ、ゲームのルールを変えることによって、決定的に優位な地位を築いていくところにあった。民主主義は、長い歴史をかけて公式の制度とは別の書かれていない規範によって支えられており、他者への寛容さや自制心が権力の乱用を避けるための「ガードレール」を構築してきたが、政治家が寛容と自制心を失って、ライバルが脅威であるという信念を強めると、「ガードレール」のない政治が生まれることになる。つまり、それぞれの政党の支持者同士がお互いを脅威とみなして分裂し、どんな手を使ってでも優位を得ようとすることが、民主主義への信頼を損なって、結果的に民主主義を尊重しない勢力の台頭を招くことになる。

 以前のアメリカには柔らかい「ガードレール」が存在していた。しかし、民主主義を支える規範は、共和党の強硬な姿勢――その姿勢を生み出したのは後に下院議長を務めたニュート・ギングリッチであるという――と、それに対抗する民主党の規範破りで徐々に失われていく。さらに大きなダメージを与えたのがトランプ政権の出現であり、大統領が自ら進んで民主主義の規範を破ろうとしていくことは、トランプの直後に民主主義が破壊されないとしても、将来破壊される危険性を大きくしていくものだ。

「怒れる白人」に頼る共和党

 本書は、このような認識の上に立ち、民主主義を損なう行動を取っているとして、かなり厳しく共和党を批判する。人種を超えた支持を獲得しようとせずに、「怒れる白人」の愛国心に頼る共和党は、妥協を拒んで急進化し、民主主義を攻撃する準備を整えていく。そして、国会議事堂襲撃事件の前後の対応を見ると、共和党の政治家たちは、ごく一部を除いて、政治家が民主主義者として取るべき3つの行動、すなわち、勝敗に関係なく公正な選挙の結果を尊重すること、政治的な目標を達成する手段としての暴力を拒絶すること、そして反民主主義的な勢力との関係をつねに断ち切ること、これらを誠実に果たしていないというのである。

 本書のテーマである「少数派の横暴」とは、「怒れる白人」のみに頼り、相対的には少数派の支持しか受けていないにもかかわらず、なぜ共和党がアメリカ政治に大きな影響を与えることができるかを論じるものだ。そして、その問いに対する答えに、アメリカの憲法制度の中に、過剰なまでに反多数決主義的制度が組み込まれていることを挙げる。ここでいう反多数決主義的制度とは、憲法に書かれている市民的自由を定めた権利章典から、最高裁判所、連邦制、二院制議会、フィリバスター(議事妨害)や選挙人団に至る、多数派の決定が及ばない、あるいは多数派が決定できない領域を作り出すような諸制度である。多数派に委ねるべきである公職の決定や、立法府としての意思決定が、反多数決主義的な制度によってむしろ少数派――現在のアメリカの文脈で言えば共和党ということになる――の意思を反映するかたちで行われることを問題にするのである。

制度のアップデートは可能か

 このような主張は、比較政治学者としてはかなり踏み込んだものであるようにも思われる。なぜなら、比較政治学の文脈では、このような反多数決主義的な制度は、しばしば権力分立を保障し、多数派の横暴から少数派を守るための自由主義的な制度であると理解されるからである。実際、前著においてはこれらの制度はもう少し肯定的に評価されていた。つまり、相互的な寛容と自制心を前提として柔らかな「ガードレール」を作り出して民主主義を持続可能にする制度であるとしても捉えられていたのである。それに対して本書では、前提となるべき寛容さや自制心がなくなると、それらの制度は「ガードレール」になるどころか、公平な選挙で勝利を収めたわけではない少数派が様々な意思決定に過度に影響を与えることを助長することが強調されている。

 そこで著者たちが議論するのは、反多数決主義的な制度の漸進的な改革である。「有権者が示した多数派とは異なる」大統領を生み出す可能性を持つ選挙人団制度、著しい定数不均衡による農村地域の過剰代表と少数派の実質的な拒否権であるフィリバスターを持つ上院、終身在職権が与えられている最高裁、憲法改正の高いハードルを作り出している憲法の条項などがその対象だ。より多くの人たちに対して選挙権を保障し、選挙でより多くの得票があった者が実際に統治する仕組みを作り、反多数決主義的な制度の力を弱めて議会の多数派に権限を与える必要がある。これは建国の父たちが残した制度的な遺産を現代的なかたちにアップデートするべきだ、ということになるが、憲法改正への高いハードルが、そのようなアップデート自体を困難にするという問題を抱えている。

 憲法改正が難しいからより現実的な目標を定めるべき、という主張はありうるが、著者たちは彼らが提示するある種の「理想論」を念頭に置きながら変化を探ることの重要性を強調する。正統性の低下した制度は、すぐには変えられないとしても、そもそも変えようと思わなければ変わらないし、代替案がなければ実際に変えることができない。現在の憲法体制が最善でないことを受け入れながら、個人個人――著者たちが特に期待するのはいわゆるZ世代である――が民主主義のために行動することを呼び掛けるのである。

共和党を含む超党派の合意が不可欠

 現行の制度が抱える問題がかなりの程度明らかであり、代替案についてもイメージができている、しかし制度変更へのハードルは極めて高い。このような状況は、アメリカに限らず、日本も含めて世界中で観察されることだ。著者たちは、当然その状況を理解しながら、来るべき制度とそれを動かすための規範を説く。評者が翻訳に参加したベン・アンセル『政治はなぜ失敗するのか』(飛鳥新社、2024年)などとも共通するが、どのような個人であるべきかについて規範を説いてきた過去の政治学者たちに対して、制度とそれを動かすための規範について論じるというのは、現代の比較政治学者の流儀ということになるのだろう。

 そのように制度改革については控えめである本書も、現代のアメリカ政治に対するスタンスは極めて明確だ。多民族主義的な政党であろうとすることを放棄し、今後さらに少数になっていくことが明確な白人の怒りに依存し続ける共和党を舌鋒鋭く批判する。しかし、共和党を反民主主義的な性格を持つ政党として批判することと、民主主義制度の将来的な改革への期待はやや二律背反的ではある。民主主義制度の改革には、一つの政党が党派的に行うものではなく、超党派的な合意のもとに、新たな規範を埋め込むことが不可欠だ。二大政党の一つが「反民主主義的」であるとしたら、そのような合意はとてもではないが覚束ない。本書の最後に若年層への期待について触れられているように、制度によって共和党を変えるのではなく、変わった共和党が更なる未来の民主主義を守るために制度を変えるほかないのである。

 それでは共和党は――あるいは怒れる白人は――変わるのだろうか。本書が分析している通り、少数派であってもその主張を貫徹できるのであれば、なかなか変わろうとはしないだろう。それでも変化を期待するとすれば、改めて民主主義の価値を多くの人々が認識するしかない。自らの利益や地位を守るための合理的な行動が分断を促すのだとすれば、そのような価値の再認識を促すものは、人々の行動のフレームワークを変えるナラティブしかないのかもしれない。現実の政治もそれを分析する政治学にも行き詰まりの感が強いことの裏返しだが、それを打開する期待を将来世代だけに負わせるわけにはいかないだろう。現に行き詰まっている我々が、行き詰まりを認めてどのように行動するかが問われている。

スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジブラット(濱野大道・訳)『少数派の横暴 民主主義はいかにして奪われるか』(新潮社)
  1. ◎砂原庸介(すなはら・ようすけ)

1978年大阪生れ。2001年東京大学教養学部卒業、2006年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程単位取得退学。現在神戸大学大学院法学研究科教授。博士(学術)。著書にサントリー学芸書を受賞した『大阪――大都市は国家を超えるか』 (中公新書)のほか、『地方政府の民主主義』(有斐閣)、『分裂と統合の日本政治──統治機構改革と政党システムの変容』(千倉書房)、『新築がお好きですか?──日本における住宅と政治』(ミネルヴァ書房)『領域を超えない民主主義』(東京大学出版会)などがある。

  1. ◎スティーブン・レビツキー Levitsky,Steven

米ハーバード大学政治学教授。ラテンアメリカと発展途上国を対象に、民主主義の崩壊過程を研究している。米トランプ政権誕生後に出版された共著『民主主義の死に方』が世界的ベストセラーとなる。

  1. ◎ダニエル・ジブラット Ziblatt,Daniel

米ハーバード大学政治学教授。19世紀から現在までのヨーロッパを対象に、民主主義の崩壊過程を研究している。米トランプ政権誕生後に出版された共著『民主主義の死に方』が世界的ベストセラーとなる。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
砂原庸介(すなはらようすけ) 1978年大阪生れ。2001年東京大学教養学部卒業、2006年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程単位取得退学。現在神戸大学大学院法学研究科教授。博士(学術)。著書にサントリー学芸書を受賞した『大阪――大都市は国家を超えるか』 (中公新書)のほか、『地方政府の民主主義』(有斐閣)、『分裂と統合の日本政治──統治機構改革と政党システムの変容』(千倉書房)、『新築がお好きですか?──日本における住宅と政治』(ミネルヴァ書房)『領域を超えない民主主義』(東京大学出版会)などがある。
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